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検事の本音

2025.10.04 公開 ポスト

「トイレも我慢」「服も破れる」――検事の花形業務"家宅捜索"の過酷すぎる現実とは村上康聡(元検事・弁護士)

起訴した事件の有罪率は99%以上、巨悪を暴く「正義の味方」というイメージのある検事。

取調室での静かな攻防、調書づくりに追われる日々――華やかなイメージとは裏腹の検事のリアルな日常と葛藤を、検事歴23年の著者が語り尽くす。『検事の本音』、その真意とは。

本書より、一部を再編集してご紹介します。

*   *   *

過酷な捜索現場の実情

検察は、警察とは異なり、報道されることを好まない。

それは、捜査情報がオープンにされると、証拠隠滅されてしまったり、犯人を特定する目撃者の供述が、すでに報道されている内容に影響されてしまう可能性が生じて、裁判でその証言の信用性が否定されてしまうからだ。

そこで、検察が関係場所を捜索する場合には、捜索当日、検事など職員は情報が事前にマスコミに漏れることをおそれ、捜索現場から離れた待ち合わせ場所に一旦、通行人を装って集まってから執行するなどの対策を講じることがある。

それでも、マスコミの取材力の方が上手で、我々が捜索現場に入ろうとすると、すでに建物の前でテレビカメラが向けられ、係官が建物に入っていく場面が撮影されてしまうことも多い。

皆さんも、テレビのニュースなどで、東京地検特捜部の検事や事務官が颯爽と捜索現場となる建物の中に大勢で入って行くのを観たことがあると思う。

その出で立ちはというと、検事も事務官もきちんとしたスーツ姿である。その際、検事は手ブラで、立会事務官は手提げ鞄を一つ持って建物の中に入る。

これを見て、「さすが、検察は威厳があるなあ」などと吞気に思って観ている人も少なからずいるのではないだろうか。

しかし、捜索現場の実情は想像を超えた世界である。

知られざる現場のリアル

建物の中での作業は、肉体労働に尽きる。

捜索現場では、警察が行うときと同様に、全員、指紋が付かないように手袋をはめる。手袋は別に専用のものがあるわけではなく、各自で用意したものを使う。

室内に上がる場合には、各自、持参したスリッパを履く。

早朝に捜索に着手しても、終わって引き揚げるのは深夜になることも多い。

なぜそんなに時間がかかるのか?

それは、差し押さえる書類や現金などの証拠品になりそうな物品が大量にあるためだ。

差押えを終了すると、立会人に対して「押収品目録交付書」を交付する。これは、差し押さえた証拠品を記したリストだ。

現金や債券の場合には、番号まで全部記載する。

しかも、どの部屋のどの場所にどのように置いてあったか、どのように発見したのかについても詳細に記録し、捜索差押調書を作成しなければならない。

だから、現金や証拠品が多いと、かなり手間取ることになる。

普通の民家やマンションの一室であっても大変なのに、これが、会社ビル全体や倉庫を捜索するとなると、もはや完全な肉体労働である。

室内の作業であっても汚れるのは免れない。

だから、ベテランの事務官は、現場に入ると、室内で作業着に着替え、着替えた服は自分の手提げ鞄にしまう。

しかし、経験の浅い検事は、作業着を持ってきていないから、埃にまみれてしまう。

私は、初めて捜索に参加したとき、捜索の最中にワイシャツが破れてしまい、着替えを持ってきていなかったので、泣く泣く破れたままの姿で電車に乗って帰宅したことがあった。

作業が長時間に及ぶ場合、その間、食事が一切できない。私のこれまでの体験では、捜索に入った現場では、作業がすべて終了してから外で食事をしていた。

飲み物については、今ではペットボトルを持参して飲んでいると思われるが、私の時代には、そうしたことをした記憶がない。

大変なのは、トイレ対策である。

現場のトイレを借りることは、関係者に便宜を図ってもらうことになり好ましくない。

それで、現場に行く前は、なるべくトイレに行かなくて済むように水分を控えなければならない。

どうしてもトイレに行きたくなったら、近くの公共の建物のトイレを使うしかない。そのためにも、捜索の前にトイレの場所を確認しておくことが必須なのである。

このように、ニュースを観ると、颯爽と建物に入る捜索作業であるが、現実は極めてストイックかつ過酷な現場なのである。

協力要請のための検事の繊細さと大胆さ

かつて、ヨーロッパのある国から脱税事件に関する捜査の共助要請があり、私がこれを担当することになった。

被疑者は世界的に有名な人物であり、共助要請事項は、日本の法人からの営業記録の入手とこれらに関わった人物への事情聴取などであった。

調べてみると、該当する日本の法人には、一部上場の有名企業や政財界の大物が理事になっている財団、有名スポーツ選手が経営する会社などが含まれていたため、これらの役員への事情聴取は必須であった。

そこで、マスコミに知られないようにするため、事情聴取の前に策略を練る必要があった。

事件の被疑者や捜査内容もさることながら、これから捜査協力を依頼する法人や参考人は、いずれも社会的に影響力のある団体・人物ばかりであったため、この件がマスコミに知られてしまうと、大変な騒ぎになることは確実だったからだ。

しかも、ヨーロッパにいる被疑者に知られることなく隠密裡に捜査を行わないと、海外から証拠隠滅が行われてしまうおそれがある。

参考人は大物ばかりであるため、検察庁に来てもらうとマスコミに分かってしまう。

どの事件でもそうであるが、著名人を参考人として事情聴取をする場合には、マスコミに知られてしまうと、協力を拒否されたり、日程調整に支障をきたし、ひそかに捜査を行うことが困難になる。

そこで、考えた挙げ句、まず一番重要と思われた会社に検事の私と事務官が乗り込んでトップダウンで協力を取り付けることにした。

捜査を前に、会社に有無を言わせず協力を取り付けなくてはならない。また、そうすることが会社にとってベストだと理解してもらう必要があった。

早速、実行に移すことにした。

まず、事務官に、捜査対象となる会社の法務室長か総務部長に電話してもらい、「検事が直接御社に出向いて、法務担当役員にお話ししたいことがある」と告げてもらった。

会社の方は、突然の電話で驚いた様子だった。

「どのようなご用件でしょうか?」

と折り返し電話がかかってきた。

そこで、事務官には「電話では一切話さない。検事が行って直接お話をする。マスコミに知られると御社にとっても困るだろう」と話してもらった。

この説明で、さらに会社は慌てた様子だった。

会社から了解を得たため、調整した日時に私と事務官は、直接この会社に赴くことになった。すべては、秘密裡に──。

会社近くまで検察庁の車で行き、車を帰して、そこから二人だけで歩いて会社に入った。

玄関には、約束の時刻より十分ほど前に、年輩の職員が一人で私たちを出迎えてくれた。

私も、他の社員には、私たちが検察庁から来たことが分からないように、検事バッジを裏返しにして、職員との対応はすべて事務官に任せ、一言も言葉を発しないまま事務官の後に続いた。会社側に協力させるためには一定の不安を与える必要があったので、私はわざと険しい表情を作り、検察が大変な事件で会社に乗り込んできたように思わせた。

私たちはエレベーターに乗って、広い役員応接室に通された。

そこで、私は、社長が座ると思われる席にわざと座り、事務官も近くに座った。

相手になめられないためである。

部外者がいきなり社長の席に座ることで相手は驚愕する。

そういうとき、相手は、想定外のことであるため、どう判断したらいいのか頭の中が混乱するものだ。むしろ、多少は混乱させた方がいい。

その結果、相手は、こちらのペースに自然にはまってしまい、協力が取り付けやすくなるのだ。

この手法は、誰かに学んだわけではなく、相手の心理を読んだ上でのやり方として長年の検事人生での経験から自分で会得したものである。

私は、てっきり法務担当役員と総務部長が対応してくれるものと思っていたが、しばらくすると、ぞろぞろと何人も部屋に入ってきた。

そして、先頭で入ってきた恰幅のいい年輩の男性が、愛想笑いを浮かべながら「わざわざ直接お越しいただいて申し訳ありません」と低姿勢で挨拶して、私に名刺を差し出した。見ると、この会社の代表取締役社長だった。

社長自らがお出ましになったのか、とこれには私も驚いた。そうであるなら、全面的に協力してもらえるのではと内心ほくそ笑んだ。

あとは、会社の役員や法務担当職員が数名続いた。

当時、上場会社が総会屋に利益供与していた事件が相次いで摘発されていたので、社長は自分たちもそのような容疑で検事から捜索を受けるのではないかとビクビクしている様子が見て取れた。

社長は、普段座っている席に私が座っているのを見て、私と向き合う形で他の役員らと一緒に座った。

社長との心理戦

社長らは相当緊張していた。

そこで、私が初めて口を開き、自己紹介した後、「外国から御社について、捜査の共助要請を受けているので、御社とその関連会社、団体、関係者に協力してもらいたくお願いにうかがった」というようなことを話した。

そして、「このことがマスコミに知られてしまうと、御社にとっても大変なことになると思われるので、こちらも一切秘密裡に進めたいと思っている。本当は、個別に正規の方法で動いてもよかったが、マスコミに漏れるのを防ぐため、また、御社の信用に悪影響が出ないようにと考え、社長のトップダウンで進めたいと思っている」と話した。

すると、社長の表情がぱっと明るくなり、「そうでしたか。それは喜んで協力させていただきます」と快諾を得た。

その後、検察庁との窓口担当を決めてもらい、席を立った。

私も、社長にその場で了解してもらったので、内心、安堵した。

すると、社長から「車はどちらに駐めていますか」と聞かれた。

「マスコミに知られるとお互いに困りますから、車は使いません。電車で帰ります」と言ったところ、社長は「電車で帰るのですか」と驚いて、恐縮していた。

検事といえども、通勤は電車であり、会社の社長のような専用の車などは一切ない。

だから、電車で職場に戻るのは普通のことなのだ。

社長たちは全員、私たちの乗ったエレベーターのドアが閉まるまで、頭を下げたまま、身じろぎもしなかった。

この社長の力業のおかげで、その後の関係者への事情聴取も捜査も難なく進み、マスコミに知られることなく終了した。

その後、捜査共助の結果は法務省、外務省を通じて要請国に回答したが、我々はそこまでで、その後、被疑者の運命がどうなったのかについては今もって知らされていない。

*   *   *

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関連書籍

村上康聡『検事の本音』

“検事はつらいよ” 世間では「正義のヒーロー」 現実は「地味な調書作成に追われ、口を割らない被疑者に泣かされる日々」 起訴した事件の有罪率は99%以上、巨悪を暴く「正義の味方」というイメージがある検事。 しかしその日常は、捜査に出向き、取調べをして、調書を作成するという、意外に地味な作業ばかりだ。 黙秘する被疑者には、強圧するより心に寄り添うほうが、自白を引き出せる。 焦りを見せない、当意即妙な尋問は訓練の賜物。 上司の采配で担当事件が決まり、出世も決まる縦型組織での生き残り術も必要だ。 冤罪を生まないために、一切のミスも許されない検事の日常を、検事歴23年の著者が赤裸々に吐露する。

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検事の本音

起訴した事件の有罪率は99%以上、巨悪を暴く「正義の味方」というイメージがある検事。しかしその日常は、捜査に出向き、取調べをして、調書を作成するという、意外に地味な作業ばかりだ。黙秘する被疑者には、強圧するより心に寄り添うほうが、自白を引き出せる。焦りを見せない、当意即妙な尋問は訓練の賜物。上司の采配で担当事件が決まり、出世も決まる縦型組織での生き残り術も必要だ。冤罪を生まないために、一切のミスも許されない検事の日常を、検事歴23年の著者が赤裸々に吐露する。

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村上康聡 元検事・弁護士

1960年、山形県生まれ。中央大学法学部卒業後、1985年検事任官。東京地検等で殺人事件、特捜事件、外国人事件等の捜査・公判に携わる。外務省出向、内閣官房参事官、福岡地検刑事部長等を歴任。退職後、2007年に弁護士登録。上場会社の社外監査役、民事、刑事事件の弁護活動を行なっている。二十三年間の検事生活で、そして弁護士となった今も、人間は法の下で平等であるべきとの信念を徹底的して貫いている。最近は、YouTube番組「RMCAチャンネル」で時事問題の解説をはじめ、新聞・TVでのコメントも多数寄せている。著書に『元検事の目から見た芥川龍之介「藪の中」の真相』(万代宝書房)などがある。

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