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君が面会に来たあとで

2025.09.02 公開 ポスト

「ボクは司令官」“保守界の希望”と呼ばれたSNSの英雄の素顔Z李

Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる数々の不思議な事件を描く!

 

今回の主人公は、SNSの人気者。

政治のニュースに物申せば、大量のレスがつき、フォロワー数もうなぎのぼり。

一部からは「英雄」とも呼ばれているようですが……。

 

*   *   *

ボクは司令官

 

俺は何をやっても駄目だった。中学ではクラスで浮き、高校は2年でやめた。自然消滅みたいな感じ。話す相手もいないし、徐々に行かなくなって、2年の冬休みが明けてからは一度も行かなかった。退学届も親に出してもらった。

バイトは3日坊主、履歴書の志望動機も空欄のまま。

20代後半からは親の年金で生き、30を超えても生活は変わらない。

朝は昼過ぎに起き、レンチンの焼きそばと500㎖の麦茶。

窓は遮光カーテンを閉めっぱなし、外気も陽も入れない。

湿った畳と俺自身の体臭が染み付いた六畳間が、世界のすべてだった。

 

それでも俺は日本人だった。

金も友達も恋人もないが、「俺は日本人」という一点だけは揺るがなかった。そのことが、俺の存在を裏付けた。気づいたのは、今から4年前。

最初は何気なく、ニュースサイトのコメント欄で中国や韓国を叩いた。短い罵声に「正論すぎw」「よく言った」なんてレスがつく。それが妙に嬉しくて、やめられなくなった。

掲示板のネトウヨスレでは「司令」と呼ばれるようになり、裏サーバーでは「作戦開始!」の一声で十数人が敵のSNSに突撃する。現実では誰にも相手にされない俺だが、ネットでは部隊を動かしていた。

選挙のたびに保守候補を持ち上げ、対立候補を罵った。俺の一声で、保守勢力の票は何千票か増えたように思う。

 

唯一のリアルの友、中村とも政治の話で盛り上がった。でも、あろうことか、そいつが韓国ハーフの女と付き合い始めたと聞いて俺は止めた。

「絶対やめろ、あいつらは反日だ」「おまえは何も知らないんだ」と強く言った。

数日後、中村からブロックされた。既読すらつかない。

なぜ分からないんだと思った俺は、その夜掲示版で、韓国叩きを300レス以上書き込み続けた。

 

そこから半年後、SNSフォロワーはもう50万を超えていた。

旭日旗のアイコン、プロフィールには「日本を守る」。

配信すればスパチャが飛び、「保守界の希望」と持ち上げられた。

机の下にはペットボトルの尿、カビたカップ麺、山積みの洗濯物。

しかし、画面の中の俺は英雄だった。

 

ある日、DMが届いた。

 

《司令、オフ会やります。ぜひ来てください》

 

有名コテやまとめ管理人も来るという。緊張で吐きそうになったが、戦友たちに会える好奇心が勝った。

 

十数年ぶりに電車に乗った。安物のジャケットに、ヨレたチノパン。不安になってコンビニで買った、CMでやっていたボディフレグランス。

居酒屋の扉を開けると拍手と乾杯。

 

「おお! 司令だ!」

 

ビールが一巡した頃、誰かが聞いた。

 

「司令、本業は?」

 

俺は笑みを作り、見栄を張った。

 

「えーっと……俺は早稲田の戦争学科出身で……」

 

一瞬の静寂、すぐ爆笑が広がる。

 

「は? 早稲田にそんな学部ねえよw」

「戦争学科wwwww」

「国士様、学歴まで捏造w」

 

俺は笑いを引きつらせながらジョッキを握った。

それからは地獄だった。

 

「司令ってさ、結婚してんの?」

「彼女は? え、いたことない? w」

「年収は? ……え、ゼロ? www」

 

言葉が出ない俺を尻目に、スマホをいじるやつ、隣同士で盛り上がるやつ。

二次会の誘いもなく、会計の時にだけ「割り勘で」と声を掛けられた。

駅までの帰り道、ショーウィンドウに映る自分は、顔を真っ赤にしてうつむく惨めな太った中年だった。

 

俺を笑ったのは外国人じゃない。

同じ日本人、同じ旗を掲げていたはずのやつらだった。

玄関を開けた瞬間に、俺の世界はひっくり返った。

 

次の日から、俺は日本人を叩いた。

 

「日本人は陰湿で排他的」「この国の同調圧力が人を殺す」「戦争で日本人がどんな悪事を働いたかわかってるのか」。

 

かつての仲間は「裏切り者」と罵った。だが、それすら心地よかった。やがて俺は、ある結論に達したんだ――そうだ、この国ごと消せばいい。

海外の過激派フォーラムで、爆弾製造のマニュアルを入手。

塩素系漂白剤、アルミ粉末、ガスボンベ、タイマー、導線。ホームセンターと通販で材料を揃える。

地図に赤ペンで演説会場の警備の死角を書き込み、動線を叩き込む。

 

決行の日、リュックに爆薬と起爆スイッチを詰めた俺は、人混みをかき分ける。

汗が首筋をつたう。総理の姿が見える。

 

「……作戦開始だ」

 

右手の親指がスイッチに触れた、その瞬間――

 

テレビのニュースが映し出す。

 

『本日午後、首相演説会場で爆発物を所持していた男が現行犯逮捕されました。男はSNSで数十万のフォロワーを持つ……』

 

それを見ながら、アパートの六畳間で、一人の男がキーボードを叩いていた。

 

《司令が捕まったか。オイラは前から、あいつは偽物だと思ってた。オイラ言いましたよね? 》

 

書き込んだ瞬間、一気に300レスがつく。

彼は“閣下”と呼ばれる新世代のエース。

反日勢力を皆殺しにするべく立ち上がった、愛と正義の無職なのだ。

 

 

Photograph:TOYOFILM @toyofilm

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君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。

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Z李

座右の銘は「給我一個機会,譲我再一次証明自己」。経歴不詳、表と裏の境界線上にいるインフルエンサー。X(旧Twitter)のフォロワー約90万人超。週刊SPA!にて2021年より2年にわたり、長編小説『飛鳥クリニックは今日も雨』を連載、2023年に書籍化。2025年4月17日より、配信サイトLeminoにてドラマ化される。

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