
エンジェルさま
「エンジェルさまなら、なんでも答えてくれるよ」
誰が最初に言いだしたのかわからない。
でも、夏休みが明けると、わたしの高校ではそんなウワサが広まっていた。
「ねぇねぇ、なに聞く?」
放課後。いつも一緒に帰っている遥が、わたしとひまりに聞く。
「結婚できる歳とか?」
「ひまり、気早くない?」
わたしたちの間でも、最近の話題はエンジェルさまのことばかりだった。
「ほら、未来も早く手を組んで」
ひまりと遥に急かされて、わたしは言われたとおりに両手の指と指をからませる。
よくわからないけど、これがエンジェルさまをよぶためのおまじないらしい。
「あとは、聞きたいことをみんなで言えばいいんだって」
エンジェルさま、エンジェルさま。
わたしたちが結婚できる年齢を教えてください。
* * *
「そんなことあったっけ?」
「あったよー。未来、覚えてないの?」
「もう何年前の話よ。逆に、ひまりはよく覚えてるね」
今日はひまりの24歳の誕生日。休日だし、ひさしぶりに高校のメンバーでランチに行こうって話になって、わたしたち3人はSNS映えのするおしゃれなレストランに来ていた。
「あたし、あのとき24歳って言われたから今年なんだ。全ッ然その気配ないけど」
「このあいだの彼氏はサイアクだったしねぇ」
遥とひまりは、高校を卒業してからも定期的に会って近況を報告しあっているらしい。わたしは2人と家が遠いこともあって、ひさしぶりの再会だった。
「なにかあったの?」
「えっ、未来聞いてくれる?」
ガバッと効果音が聞こえてきそうないきおいでひまりが食いつく。そんなにヤバイ彼氏だったんだろうか。わたしは興味がわいた。
「長くなるよー、ひまりの恋バナ」
「いいよ、いいよ。なんでも聞くよ」
笑いながら言う遥に、わたしはうなずいた。
「まあまあ。来年までに結婚できなかったら、また私らが誕生日祝ってあげるからさ」
壮大な恋愛模様を語りつくして涙するひまりに、遥が言う。ひまりの恋愛は、交際期間3ヶ月にしてはドラマがありすぎて、少女マンガを読んでいるみたいだった。
「そうだよ、エンジェルさまも今年だって言ってたんでしょ」
「そうだけどさぁ。遥、ぬけがけしたらゆるさないからね」
ぐすんぐすんと泣きながらひまりが言う。
「あれ、遥も24だったんだっけ?」
「うん。私はもう誕生日来たし、どうだろなあ」
左手をかくして遥がいう。その薬指に指輪がはまっていたのを、わたしは見逃さなかった。
(みんな、そういう歳なんだ)
毎日仕事のことで精一杯のわたしには程遠い世界だ。2人と距離ができてしまった気がして、すこしさみしい気持ちになった。
「またご飯行こうね」
「うん、またね」
お店の前で解散すると、ひまりと遥は同じ駅に向かって歩いていく。わたしは2人とは別の電車だったから、地図アプリで駅を調べながら反対方向に向かった。
歩きながら考えごとをしていると、やっぱりエンジェルさまのことが引っかかる。
(そういえばわたし、何歳って言われてたんだっけ?)
地図アプリの言うことにしたがって地下鉄に入ろうとすると、スマホがふるえた。遥からだった。
「もしもし、どうしたの」
「ひまりが、ひまりが……!」
切羽つまった声で遥が言う。電話の奥からは、うっすらとサイレンが聞こえた。
いやな予感がして血の気がサーッと引いていく。
――ひまりが車にひかれたの。
あとから遥に聞いた話では、2人は駅前の交差点で信号待ちをしていたらしい。おしゃべりしながら青信号を待っていると、ひまりは突然車道に向かって走っていった。そうして、走ってきたトラックにはじき飛ばされてしまったのだという。
「どうして……」
車道に動物や子どもがいたわけではないみたいだけど、ひまりにはなにか見えていたんだろうか。なぜ飛び出していってしまったのか、理由は誰にもわからなかった。
* * *
お葬式の日。遥は泣いていたけれど、わたしはついこのあいだ会った友達がいなくなってしまったことが信じられなくて、涙を流すことができなかった。
式場を出て、げっそりとやせてしまった遥に声をかける。
「夢に出てくるの、ひまりが何度も。『どうして止めてくれなかったの』って」
「……うん」
かける言葉が見つからない。事故を目の前で見てしまった遥は、わたし以上に大きなショックを受けていた。ひまりが車道に飛び出した理由も結局わからないままだった。
「エンジェルさまの呪いかもしれない……」
「エンジェルさま?」
ぽつりとつぶやく遥にわたしは聞き返す。でも、遥はそれ以上なにも答えてくれなかった。
「なんでもない。ごめん、帰るね」
おぼつかない足取りで、遥は式場を去っていく。
「うん、気をつけてね」
わたしはそれを見守ることしかできなかった。
数日後、遥は亡くなった。仕事の休憩中、遥のアカウントからお母さん名義のチャットが飛んできたのだ。わたしはおどろきのあまりスマホを落としそうになった。
遥は、住んでいるマンションのベランダから身を投げたらしい。
『遥はひとり暮らしをしていたので、最近のことは私たちも知らないんです。なにか、お友達から見ておかしなところはありませんでしたか?』
(ひまりに続いて、遥まで……?)
足の力がぬけて立っていられなくなる。立て続けに友達が2人もいなくなってしまうなんて、信じられなかった。
「呪いだ……」
お葬式の日に遥が言った言葉がよみがえる。
2人とも、エンジェルさまが教えてくれた年齢になったとたんに死んでしまった。
それも、自分から死を選びにいったかのように……。
エンジェルさま、エンジェルさま。
わたしたちが結婚できる年齢を教えてください。
――わたしは25歳かあ。
突然、あの日聞いた数字が頭の中にうかんできてゾッとする。
私は来年、どうなってしまうんだろう。
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