
今月で8回目となった、大竹まことさんによる老いのエッセイ。シティボーイズ3人の“老いの細道”をお届けします。久々に再会すると、それぞれが以前より壊れていた——そんな等身大の老いゆく日常の様子をお楽しみください。
* * *
便座から立ちあがろうとした時、私はグラッと揺れて、左手で壁をつかんだ。自分が今、立っているのか、座わっているのかがわからなくなった。
私はもう一度座って、自分がどうしているのかを考えた。私は何をしているのか。
この話をきたろう(メンバー)にしたら、クゥーと言う変な声を出して笑いはじめた。
座っているのか、立っているのかをもう一度座って考える。まったく何の行動なのか。
現に私はもう座っているのだから、そしてさっきは立っていたのだから。
久しぶり(3ヶ月)にSAYONARAシティボーイズの特番収録があり、3人が(きたろう・斉木)がそろった。コーナーに、3人がそれぞれ日記を書いて読み合うというのがある。斉木は忘れて書いてこなかった。さかんに、日記は書かなくて良いことになったと言い張ったが、彼のメールには「了解」の返信記録が残っていた。
この歳で3カ月のブランクは大きく、それぞれが以前より壊れていた。
斉木は自分の家の周りは薬局に囲まれており、8軒はあるといばっていた。大丈夫か。少し経ってから、薬局と調剤薬局であると言い直した。
そんなに薬局だらけなわけはないと3人でケンカになった。
もうどうでもいい。
きたろうの日記は、いかに自分がジャガイモが好きかを延々と書いていて、こいつは何が言いたいのかと私が訝しんでいたら、最後にジャガイモにそっくりな石をズボンから取り出し、「これだー」と叫んだ。
まさか日記の落ちがポケットから取り出した石とは。私はド肝を抜かれた。
きたろうは満面の笑みを浮かべて、「これがやりたかったんだョー」とのたまわった。
しかし、その石は色もつやの具合も見事にジャガイモそっくりで、テーブルに他のジャガイモに混ぜて置いてあったら、食べてしまいそうなほどのジャガイモ石であった。
聞けば、河原を歩いていたら足元にあって、「拾ってくれ」と声が聞こえたという。
きたろうは大福にそっくりな白い石も持っていて、それも「拾ってくれョ」の声が聞こえたという。
私はもう何も考えていない。手が、筆が勝手に動いて原稿が埋まっていく。「許してくれ」、自分ではどうにもならないのだ。
「誰が読む こんな文章」の声が遠くから聞こえているような変な気分。
でも、気にしない。
あ、言い忘れたが、斉木が帰りのエレベーターの中で8人は乗っていただろうか、まあまあよく通る声で私に向かって、「俺、血糖値を下げる方法を編み出したんだョ」と。
私は耳も眼もふさいだ。1人でエレベーターに乗りたかった。
それでも、まだ明るいうちに帰ることができた。いつも通り外苑から新国立競技場の大きな建物を回り込むように高速に入る。
誰が建てたんだ、こんな大きな競技場。前はここに団地があったのだが、それも今はない。
少し走ると、西の空にオレンジに燃える夕焼けが空を覆った。
太陽は見えないが、それでも秋のような細いすじ雲。手前は真っ青な空で。
このまま、どこまでも走り続けたいと思った。
私が今日見た初めての空、人工物に囲まれて、ちっ息しそうであったが、こんな都会でも遠く空だけは誰も侵すことはできない。
空の中に、壊れた3人のオヤジが現れた。
きたろうは裸でパンツを2枚重ねて穿いていた。聞けば、風呂上りにどうやら2枚はいてしまったらしい。私は風呂のふたを二枚手に持ってどうやら空を飛ぶ準備をしているようだ。
斉木はナポリタンを作っている。コロナが理由かわからないが、どうやら鼻が利かないらしい。多めに作って娘にわけたが、半分以上残されたと悲しんでいた。自分で食べても味がしない。鼻が利かないと味もわからなくなる。
大きなケヤキの木が3人を覆っている。
私は抱きつきたい衝動にかられたが、きたろうがケヤキの周りをぐるぐる回っているからそれができない。
斉木がオノを持った。何をするつもりか。
都会の木をこれ以上切ってはいけない。木は生きている。
俺たちが死んでも木は生き続ける。
斉木が笑っている。
きたろうも私も、笑っている。終わりは近い。
ジジイの細道

「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。