
俳優・安藤玉恵さんがその唯一無二の演技力の原点ともいえる、実家のとんかつ屋がある東京・尾久の街と破天荒な家族を綴った『とんかつ屋のたまちゃん』。思いかげず、自分の記憶が掘り起こされる名エッセイです。安藤さん、マネージャーの山田恵理子さん、担当編集者の幻冬舎・竹村優子が振り返る制作秘話の最終回です。
(写真:牧野智晃)
出版界のカルチャーショック
竹村 原稿をいただいたあと、3回ゲラ(校正用の簡易印刷物)を確認してもらいました。その過程でカルチャーショックはありましたか?
安藤 校正さんの指摘をどう受け止めていいかはわからなかったですね。
竹村 「念のため」の細かい指摘がいろいろ入りますからね。今回は、子どもらしいストレートな言葉の表現にも「強いですが、OKですか?」みたいに入ってましたものね。
安藤 言葉遣いはね、できるだけ正直に書きたいって思ってました。言葉遣いの悪さも悪くないと思っていて。それは、私があんまり女の子として生きてこなかったから。小さいときも野球やりたかったし、なんでやらしてくんないの? なんで男の子だけなの? って怒ってましたから。男言葉みたいなのをわざとよく使ってたんですよね。言葉遣いも歴史のひとつだと思います。
竹村 あそこをやさしくしたら、その当時の安藤さんの店主に対しての嫌な気持ちは通じなくなっちゃいますよね。
安藤 でも、ゲラは確認するたびにいくらでも直したいなって思っちゃいますね。強制的に初日を迎える舞台俳優の気持ちにならないとダメだなと思いました。
みんなの「たまちゃん」時代を思い出してほしい
安藤 それにしても、何も成し遂げてない人たちだけで本になっているのが不思議です。別に誰も何でもない人たちですからね。でも、なんでそんな楽しいんだろうな。あ、サザエさんちもそうですね。ちびまる子ちゃんちも。
山田 何かを成し遂げるっていうのは、世間的な評価ですよね。実際は、何も成し遂げてなくても面白い人たちが街の中にたくさんいるんだろうと今回あらためて思いました。
竹村 そうそう、この本を読むと、自分の家族や親戚のことをいろいろ思い出しますよ。下町出身とかは関係なしに刺激する作用があります。面白かった子供時代が掘り起こされる。
安藤 記憶というのは、畑を耕すといっぱい出てくるちっちゃい虫みないなところがありますね。
山田 ちょっと言われるだけで、あふれるものがありますね。帯の裏にある「昔の記憶って、いったん思い出すと、どうして止まらなくなるんだろう」はまさにそうです。それこそ歴史。自分自身の歴史。
安藤 それぞれの「たまちゃん時代」を思い出してくれたらうれしいですね。

(おわり)