
俳優・安藤玉恵さんのはじめての著書『とんかつ屋のたまちゃん』は、安藤さんがまるで目の前で話をしてくれているような文体が魅力です。当時の商店街の空気、大人たちの個性に引き込まれる名エッセイは、いかに出来上がったのか? 安藤さんと一緒に、マネージャーの山田恵理子さん、担当編集者の幻冬舎・竹村優子が振り返りました。
(写真:牧野智晃)
「自分以外の視点」を教えてくれた母
竹村 読んだり書いたりすることについては、お母さまの影響はありますか?
安藤 ありますね。実は母は、役者になるって言った時に、作家になった方がいいよって言ったんですよ。あと思い返してみたら、読書感想文も得意でした。楽しく書いていた記憶があります。その楽しく書くコツは母が教えてくれたんです。例えば、登場する動物になって書いてみたら、とか。自分が面白かったか面白くなかったかということとはまた別に、誰かになって話を読んでみた感想でもいいんじゃないかっていうので書いてた気がするんですよ。
竹村 役者の仕事、演じることにも通じてますよね。
安藤 そういう自分以外の視点があるよいうことを、結構早い段階から教えられてる感じがしますよね。
竹村 本の中で、お母さまが学校に提出する連絡帳に詩を書いていたというエピソードもありましたね。
安藤 大きくなってから読んだんですよ。なんだろう、これ?って。先生も困るだろうなっていう感じの文章です。表現する場所がなかったからだと思う。そこで自分を表現してたんですよね。自分の思いの丈を。
山田 当時は、インターネットなんかないですから、何か表現したい人がこう、ぱっと出すような場所がないですものね。
安藤 先生に提出する連絡帳は、母親にとって交換日記みたいなものだったのかもしれない。読者は先生。必ず読んでくれるから。お店やってて、忙しい身の上でも出せる文章だったんでしょうね。
竹村 そして、お母さまが子供に読んでくれる本は、太宰治の「走れメロス」と灰谷健次郎。
安藤 太宰治が好きすぎたんですよね。でも、子供に読める太宰の本は、「走れメロス」くらいしかなくて。日常でも、「私の人生は道化だ」みたいなことを言い出したりもしてました。言葉遣いに太宰が入ってましたね。
山田 その時はどう思ってたんですか?
安藤 そういう詩的な言葉が生活の中に入り込むことは時々あったので、ああ、またなんかやってるっていう感じです。でも同時に、私が変な発想をしても否定はされなかったですよね。
竹村 子供が何か言って大人に否定されないというのは最高ですね。
安藤 なんでも面白いねって感じでした。そのせいか、お芝居でダメ出しされてもあまりへこまないんですよ。最近、演出家の方に、「自己肯定感が強い」と言われて、はじめて自覚しました。

(第4回につづく)
とんかつ屋のたまちゃん

2025年5月28日発売『とんかつ屋のたまちゃん』について