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とんかつ屋のたまちゃん

2025.06.24 公開 ポスト

気概は、ドストエフスキー、ハン・ガンを目標に。俳優・安藤玉恵のはじめての書籍執筆 - 制作裏話1安藤玉恵(俳優)

話題作に次々と出演し、舞台でも映像でも鮮烈な存在感を放つ俳優・安藤玉恵さん。その唯一無二の演技力の原点ともいえる、実家のとんかつ屋がある東京・尾久の街と破天荒な家族を綴った『とんかつ屋のたまちゃん』が5月28日発売になりました。なつかしくて、おかしくて、泣ける名エッセイは、いかに出来上がったのか? 安藤さんと一緒に、マネージャーの山田恵理子さん、担当編集者の幻冬舎・竹村優子が振り返りました。5回にわけてお届けします。
(写真:牧野智晃)

実家のとんかつ屋「どん平」の1階で

馬鹿にできない幼少期の記憶

竹村 『とんかつ屋のたまちゃん』が出来上がりました。私が、イラストでいきたいと思ってます、とデザイナーの岡本歌織さんに相談して、アサバマリエさんをご紹介いただき、アサバさんに原稿を読んでもらったあと、岡本さんと私の3人で相談して、たまちゃんの後ろ姿にしようと決めました。あらためて、「これしかない」と思える佇まいの本になったと思います。

セーターの柄、カバーをはずした表紙、見返しの色、別丁扉など
注目していただきたいところがたくさんある造本です(竹村)

安藤 作品を発表するという意味ではたくさん経験しているわけですが、本ははじめて。その重みをまだわかってないのかもしれないです。

竹村 安藤さんはそもそも気になる俳優さんでしたが、文筆を生業にしていない方に「本、書きませんか?」とご依頼するにはきっかけが難しくて。そんなふうに思っていたところに、安藤さんが出演している舞台「桜の園」をパルコ劇場に見に行ったら、山田さんが安藤さんの文章を見せてくださって。「ひとり暮らし」についてのすごくいい文章でした。すぐに「なにかやりましょう!」と思いました。

安藤 私が最初にエッセイを書いたのは「群像」だったんです。2009年。ドラマ「深夜食堂」の頃で、「場末の女」がテーマでした。それが意外と大変だったんですよ。面白かったんだけど、これは真剣にやると「(自分を)削るな。」と思って。その後すぐに「書きませんか」という話もあったのですが、その「削るな。」っていう経験があったのでお断りしました。当時は子育てと俳優の仕事で精一杯だったんですね。

竹村 今回は、ようやく「書く」タイミングが来たという感じだったんですかね。

安藤 そうかもしれないです。書くことは、多分好きだったんですよね、嫌いじゃないような気はしてました。今回書くとき想定してたのは、ドストエフスキーですからね。

竹村・山田 えっ、どういうことですか。

安藤 打ちのめされるような作家っているじゃないですか? ドストエフスキーだけじゃなく、ハン・ガンさんもそうですし、日本人だと夏目漱石。そういう打ちのめされる作家と、書きながら一緒にいた感じです。もちろん及ばないですよ。当たり前ですけど。でも気概くらいはそれぐらいないと読んでもらえないと思って。命がけで書く、というのはドストエフスキーとハン・ガンさんの文章から教わったんです。

竹村 相当没入して書いたということですね。

山田 ディティールの描き方が、子供のころのことなのに、よくここまで覚えてるなって思いました。

竹村 ほんと、その時の匂いとか音とかが立ち上がってくるみたいな書き方だなと。

安藤 幼少期の記憶って馬鹿にできないですね。どの時の記憶より覚えてますもんね。高校生の時とかの日々のことよりもね。高校、ぼーっとしてたのかな、と思いました(笑)。

なぜ、家族のことだったのか?

竹村 商店街と家族のことを書くというのは、最初から思ってましたか? 本の原型になる原稿が届いたのが、2024年3月末でした。メールを掘り起こしたら、1月24日に山田さんに「企画通りました!」と送ってます。2023年12月29日がはじめての打ち合わせでした。

山田 たぶん、最初の段階で書くんだったら家族のことだっていうことは、安藤さんが言っていたと思います。その時はまずウェブで連載だけする案もあったので、毎回無理なく書けるものがいいと。

竹村 そうでした。野球場でお父さんがとんかつを揚げた話なんかを最初に聞いて、「とんかつ屋の娘」というタイトルで企画書を作りました。年明けすぐの会議で提案したんです。

安藤 年末にお会いしたあとからちょっとずつメモしてたんですよ。それで、3月のひとり芝居の舞台「スプーンフェイス・スタインバーグ」が終わってから、ぶわっと集中して書いたんです。一気に書いた。でも筆が進まなくなって、一度送ってみようかなと思ったんです。意見をもらったほうがいいなって。

竹村 その原稿が届いたのは、3月27日。内容も文体も今のものでしたね。だいぶ完成してました。

安藤 よくよく考えたら、書けたのは、「スプーンフェイス」のおかげかもしれないです。7歳の子供の役で、それをひとり語りとしてずっと喋ってましたから。影響を受けたのでしょうね。

山田 「スプーンフェイス」も、お父さんとお母さんの家族の話だけでなく、スパッドさんというお手伝いさんや、病院の先生について話していきましたよね。しかも、子供だから、順序立ててなくて、ひとつの話題に触発されて、次の話題がやってくる。

安藤 人間の頭の中ってそんなに順序立ててないっていうか、記憶の蘇り方ってそういうところがありますよね。

(第2回につづく)

関連書籍

安藤玉恵『とんかつ屋のたまちゃん』

昔の記憶って、いったん思い出すと、どうして止まらなくなるのだろう――。 実家は、元花街、東京・尾久のとんかつ屋「どん平」。 話題作にひっぱりだこの個性派俳優が綴る破天荒な家族と愉快な街の記憶 話題の映像作品や舞台で鮮烈な印象を残す俳優の安藤玉恵さんの実家は、元花街、東京・尾久のとんかつ屋「どん平」。阿部定事件が起きた尾久三業通りの待合茶屋は、「どん平」から20メートルくらいのところ。一家の大黒柱だった祖母、放蕩する祖父、数々の地元の伝説を持つ父、太宰治好きで、ファンキーで臥せがちな母、そんな母を一緒に看病した兄。まわりにはいつも商店街の人たちがいた――。若手芸人が小学校の通学路で稽古し、着物を着たお姉さんが歩いていた時代、昭和の最後のほうの話。 なつかしくて、おかしくて、バカバカしいのに、涙が出ちゃう。そんなノスタルジックな感情を呼び起こす名エッセイ。

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とんかつ屋のたまちゃん

2025年5月28日発売『とんかつ屋のたまちゃん』について

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安藤玉恵 俳優

1976年生まれ、東京都荒川区出身。早稲田大学演劇倶楽部で演劇を始め、舞台、テレビドラマや映画と幅広く活動。映画『夢売るふたり』で第27回高崎映画祭最優秀助演女優賞を受賞。たしかな演技力で様々なジャンルの役を演じ、注目を集める。
連続テレビ小説『あまちゃん』『らんまん』、『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』(以上、NHK)、ドラマ&映画「深夜食堂」シリーズ、舞台『花と龍』『命、ギガ長ス』など多数の作品に出演。『とんかつ屋のたまちゃん』がはじめての著書となる。
(写真:T.MINAMOTO)

 

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