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僕の悲しみで君は跳んでくれ

2025.05.24 公開 ポスト

幻冬舎のとっておき 著者インタビュー 前半

「短歌の下の句」にとっていたフレーズが、タイトルになり、小説の“肝”になっていく岡本雄矢(歌人、芸人、小説家)

短歌は一瞬を切り取る。小説は一瞬から広げていく。31文字の世界の達人の小説は、あまりにもエモーショナル!

お笑いコンビ・スキンヘッドカメラとしての活動のかたわら、唯一無二の“歌人芸人”として短歌を発表してきた岡本雄矢。短歌にエッセイを添えた著作『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』(2022年)は、穂村弘、俵万智、板尾創路の三氏から絶賛を受け話題となった。『僕の悲しみで君は跳んでくれ』は、初挑戦となる長編小説だ。北海道を舞台にした、大人の青春群像劇となっている。

(「小説幻冬」2025年6月号より抜粋)

(写真:マタヒラタカマサ)

構成/吉田大助  

*   *   *

──岡本さんの短歌は、自分の「トホホ」な部分をじーっと見つめたり、日常の中に訪れたちょっとした「不幸」を掬い上げる作風で知られています。

『僕の悲しみで君は跳んでくれ』にはそういった要素もありつつ、短歌とはだいぶ雰囲気が違っています。この変化は、小説を書くという選択から来る必然だったのでしょうか。

 

岡本 このタイトルだったから、青春の方向で、登場人物たちが未来に向かってジャンプする話になっていたんだと思います。もともと「僕の悲しみで君は跳んでくれ」という言葉は、いつか短歌の下の句(八八)で使えるかもと思ってブログに羅列していたうちの一つだったんです。

それを、短歌とエッセイの連載から書籍化まで担当してくださっている編集さんが見つけてくれて、「これ、小説のタイトルっぽいですね」と。以前から編集さんに「小説も書けたらいいですね」と言っていただいていたこともあり、これがタイトルだったらどんなお話になるんだろう、と考え始めたのがこの作品を書くきっかけでした。

短歌に使おうと思っていた「下の句」がタイトルとなり、さらに……

──北海道の高校で同級生となった、男女5人組が軸となる物語です。プロローグの2ページで活写されるのは、仲間の一人である壮平が高校3年生の文化祭の中庭ステージで跳ぶ場面。

「やります」/激しい演奏とは不釣り合いな丁寧な言葉の後に、ギターの音が再びジャーンと鳴って、と思ったら、体を屈ませた壮平君が、そのまま跳んだ

かっこいいオープニングです。

 

岡本 タイトルに「跳ぶ」という言葉が入っているなら、誰か跳ばなきゃいけないなと思ったんです(笑)。高跳びや幅跳びとかもいろいろ考えたんですが、自分はスポーツはよくわからない。でも、音楽は好きでよく聴いてきたし、ライブでギタリストが「ジャーン」とギターを鳴らして跳ぶ瞬間はかっこいいなとずっと思っていたんですよね。

 

──そのライブを見ていたかおりは、こんな感想を抱きます。

自分が今持っているモヤモヤとしたものを、壮平君が抱えて跳んでくれた。そんな気が、たしかにした

「第一章 君の未来が美しくあるように 藤かおり」では、それから6年が経ち25歳となった今もモヤモヤを抱えている、かおりの日常が描かれていきます。

高校卒業後に東京へ出た壮平は気鋭バンドのフロントマンとして活躍している一方で、地元に残った4人は同窓会と称して月イチで飲み会を開いている。ある日、高校の中庭がなくなってしまうことを知ったかおりは、中庭でもう一度壮平のステージが観たいと願い仲間たちに協力を仰ぎます。大人になっても繋がっている関係性が、羨ましくなるくらい素敵です。

 

(写真:マタヒラタカマサ)

岡本 お互いの環境が大きく変わったり、距離が離れても一緒にいられるみたいな友達って、僕もまったくいないわけではないんですが、こういう友達が欲しかったなぁという憧れで書いていきました。短歌とエッセイは基本的には事実というか、実際にあったことを書いているんですが、小説は憧れを膨らませて書くことができるんですよね。

あと、短歌は一瞬のことを切り取ることが多いんですが、小説は逆に、一瞬からストーリーやキャラクターたちを広げていくという作り方でした。壮平がジャンプした場面から、「跳んだことによって、周りの人が変わる」というイメージが生まれて、起承転結のざっくりとした流れや作品の空気感ができあがっていったんです。

 

──短歌を作るのが趣味という同性の親友・渚、壮平と高校時代にバンドを組んでいた晴太、母校の高校で教師として働く優作。かおりだけでなく他の3人も、悩みやモヤモヤを抱えている。

岡本 だから、壮平のジャンプを大人になった今、もう一回見たい。1回目のジャンプでは変われなかったけれども、もしも2回目が実現したら、今度こそはと思っているんです。

 

──章ごとに語り手が変わり、それぞれのストーリー、それぞれの内面が記録されていく構成です。自分ではなく他者を書く、この点でも短歌と小説には大きな違いがあると思うのですが、登場人物たちはどのように創造していきましたか?

 

岡本 壮平はバンドマンとして有名になりつつあるというか、光を放っている人なので、他は普通の人がいいなと思いました。あとは、5人以外にも学園祭の壮平のジャンプを見ていて、もう一度見たいと思っている人がいたら面白いんじゃないかな、と。高校の同級生なんだけれども、当時ほとんど交流がなかった二階堂さんという女の人を出すことにしました。彼女を車椅子ユーザーにしたのは、跳べるし自由に動ける壮平君との対比です。物理的な話で言えば、二階堂さんは跳ぶことができない。でも、二階堂さんは絵を描くことができる。絵を描くことで跳ぶ、ということが表現できたらなと思ったんです。

 

──二階堂さんが登場することで、物語が仲間5人のサークルの外へ外へと広がっていきますよね。二階堂さんから、彼女の恩師である西岡先生へとリンクが張られ、西岡先生からさらに……と。かおりと、高校の近くにある海で出会った板垣さんの関係もそうなんですが、複数存在する「子供と大人」「生徒と教師」の描写は、間違いなく本作の魅力です。

(写真:マタヒラタカマサ)

岡本 そこに関しては、自分が今まで出会ってお世話になってきた大人の人たちの、素敵だなとか、助けられたなって部分を集めて書いていきました。上の世代の人たちに「やるだけやってみなよ」みたいな感じで、背中を押してもらったり見守ってもらってきたおかげで、今の自分があるなと思うんです。

高校で先生をしている松永君が教え子の相川美羽のためにいろいろと行動するところは、あの辺りには僕自身のお笑い芸人としての経験が反映されていると思います。僕も40歳になり、年の離れた下の世代ができてきました。大それたことはできないけど、自分でできる範囲で下の子達に何かしてあげたい、という思いが自然と出てくるようになった。

下の世代だけでなく、上の世代の気持ちにもちゃんと入り込んで書けたのは、今だったからかなと思います。短歌やエッセイのように「そのまま書く」というやり方ではないんですが、自分が見てきたことや考えたり感じたことが、登場人物たちの中に滲み出ているみたいなんです。

(後半に続く)

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僕の悲しみで君は跳んでくれ

『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』『センチメンタルに効くクスリ トホホは短歌で成仏させるの』と、短歌とエッセイを出して来た、歌人芸人の岡本雄矢さんが、初めての小説を刊行!
短歌という”31文字”の制限の中で、表現に挑んできた岡本さんが、初めて生んだ長編が、とにかくヤバかった!

18歳の時に “あいつ”が放った光を、もう一度見たい。「その一瞬」のために始まった青春の延長戦は、あまりにも――。読んだら、誰かを“応援”したくなる!全ての人の感動スイッチを押す、胸アツ青春小説の登場です。

〈あらすじ〉
札幌で高校時代を過ごした仲間たちには、共通した「忘れられない瞬間」がある。学校祭の中庭のステージで見た、瀬川壮平の姿だ。
当時の仲間たちが同窓会と称して集まっていたある日、母校の中庭が無くなるというニュースが。
もう一度、あの場所で壮平を見たい!
しかし、東京でプロの活動を始めた壮平のステージは果たして実現するのか?
10代を共に過ごした仲間と、もう一度青春することはできるのか?
掴めそうで手放してしまった「欲しかった未来」に、もう一度手を伸ばしてもいいのか?
大人になってなんとなく流されていく日々に、「あのとき感じた希望の感触」が蘇る!

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岡本雄矢 歌人、芸人、小説家

詠み始めるとなんでも”トホホ短歌””不幸短歌”になってしまうという特徴を持つ、「日本にただ1人の歌人芸人」。1984年北海道生まれ。吉本興業所属。コンビ「スキンヘッドカメラ」で活動中。YouTubeで「芸人歌会」を開催。北海道新聞等で連載も。

短歌とエッセイを収録した初の著書『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』には、俵万智さん、穂村弘さん、板尾創路さんからアツい推薦文が寄せられた。その後、『センチメンタルに効くクスリ トホホは短歌で成仏させるの』も刊行。

このたび、初めての小説『僕の悲しみで君は跳んでくれ』を、朝倉かすみさん、まさきとしかさん、加藤千恵さん、宮田愛萌さん、バイク川崎バイクさん、内田剛さん…と錚々たるみなさんからの推薦文とともに刊行。

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