
私の漫画がドラマ化するので、先日その撮影現場を見学させてもらった。
端的に言えば出演者、つまり芸能人に生で会えるということである。
正直行っていいものか迷った。
別に「原作者? 会わなきゃダメなの?」という懐かしの塩対応をされるとは思っていないし「ダメなの?」と問われたら「ダメではないですね」と言わざるを得ない。
別に先方の心配はしていない、たた経験上、自己肯定感が低い割に自意識過剰な陰キャはこういうとき相手よりも、それに対する己の言動のキモさばかりが記憶に残ってしまうのだ。
相手にも申し訳ないし、こっちは「謝罪するぜ、この世の全てに」と言って手首にナタを当てることになってしまう。
だからと言って「勇退」もできないのが自分である、そんな一生に一度のことに誘われれば、やはりノコノコ行ってしまうのだ。
結果から言うと、大体思った通りでありその時撮った写真もなかなか見返せないのだが、先方からの待遇は極めてよく、こんなに歓迎されたのは母親の股間から顔を出した瞬間以来だ。
演者の人たちにも金網越し、最低でもアクリル板を隔てて口輪をつけた状態じゃないと会わせてもらえないと思っていたが、想像以上に普通に会わせてもらった。
芸能人というのは、画面で見るより生で見た方がすごいという、逆パネマジみたいなところがある。
主演女優の方は言わずもがな「3次元の男への感度が死んでいる」でおなじみの私でさえ、相手の男性役の方のことを「立体でこんなにイケメンなのすごいな」と思ってしまった。
多分、彼ら彼女らにとって「一般人が自分たちを前にキモくなる」という現象は親の顔より見ており、むしろキモ足りなかった説さえある。
ともかく「日常風景」であり、いつも通り「気にしているのは自分だけ」なこともわかっている。
しかし、その場には数十人の人がいたのだが、キモくなっているのは私だけなのである、同行してもらった私の夫も相当キモくなっていたかもしれないが、正直他人のキモさにまで気が回っていなかった。
その場にいたのは私たち以外だとほぼ現場スタッフ、そして私の担当など出版社側の人間だ。
私たち以外全員「仕事」でその場にいるのだ。
つまり、目の前にどれだけテレビでよく見るグッドルッキングがいようとも、それが仕事になったらはしゃぐことはできないのである。
これは漫画家の世界でもあるらしく、例え出版社のパーティーでレジェンド作家に出会ったとしても、同じ漫画家であれば同業の大パイセンとして恭しく接するべきであり「す、好きです、サインしてください!」と、カバンから無限にレシートを出したあと「ここに!」と半裸でTシャツを差し出していいのは、一読者の内だけだという。
確かに例え数十年来の推しが目の前にいようとも、その場に来た理由が「照明担当」であれば、個人的に話しかけることはできないし、突然「無理……」とこめかみを抑えてどこかへ消えてしまったら、推しの顔が薄暗くなって却って迷惑をかけてしまう。
好きなことは仕事にすべきではないというよくある話だが、そもそも、好きや憧れなしで何かを目指す方が珍しく芸能界などは特にそうだろう。
逆に言えば、推し活は無邪気に楽しめる位置にいるから楽しいのかもしれない。
2次元を存分に楽しめるのは、こっちが3次元という位置以前に違う次元に存在するせいもあるかもしれない。
推しが3次元の場合は次元が同じ分だけ、無邪気に楽しめない部分が増える可能性はある。
ただ推しとの距離感も人それぞれだ、私のように推しは遠くにありて思うものなタイプもいれば、リアイベなどで積極的に生の推しの見ようとする人もいるだろうし、何とか合法で推しと知り合おうとする人もいるだろう。
むかし、知り合いの知り合いに、某声優のファンで、何とかこの声優と知り合うために、声優と関わる会社に勤め、実際に会うまでに至ったのだが、その後その声優が極秘に結婚していたことがわかり消息を絶った人がいたそうだ。
この前、その声優が、極秘に結婚していた相手と極秘に離婚してて再婚したという情報が多いニュースを見て、久しぶりにその人を思い出した。
その人は今無事だろうか、しかしその再婚相手が本人という可能性もゼロではない。
2次元は安全だが、リアルで知り合うことはできないし、現行の法律では結婚できる可能性はゼロ%と言う意味で3次元よりシビアである。
カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

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