
四月は、気持ちの落ち着かない月だ。
二年前から毎月第三日曜日は、「ラジオ深夜便」にて本の紹介をしていたが、番組の改変に伴い、この四月からわたしの出演するコーナーも、偶数月の第四土曜日に変更になった。
第三日曜のアンカー(番組の進行役)は徳田章さん。徳田さんは「連想ゲーム」や「NHKのど自慢」、「ピタゴラスイッチ」など人気の番組を担当されていたアナウンサーだから、ご存知のかたも多いだろう。放送当日は、一時間ほど前にスタジオに入り打ち合わせをするのだが、そのほとんどの時間は雑談で終わった。過去の海外中継での苦労話や、震災の年、久慈から生放送した「のど自慢」の話など、どの話題もふだんわたしがいる世界からは縁遠いものだったから、徳田さんの話を聞くことが、いつの間にか毎月の楽しみになっていた。
あるときは、AIの話題で盛り上がった。
「もうアナウンサーの仕事はなくなりますよ」と徳田さん。
そういえばテレビで定時のニュースを見ているとき、声の質が少し変わったなと思ったら、それがAIの音声だったことがこれまでにもあった。
人が少ない時間の補助として、また読み間違いをしないことなど、AIを使うメリットはたくさんあるのだろう。しかし平板な口調で読み上げられたAIのニュースを聞いていると、個人の起こした個別の事件が、どこかで起きた架空の事件にすり替わったような気がして、だんだん世界から手触りというものが消えてなくなるように思われた。
ラジオで本を紹介することは、何もない空間に、本の姿を浮かび上がらせることだと思う。一冊の本を七~八分かけて紹介するので、その本の内容についてかなり詳細に話をすることになるが、そのくらいの時間をかけないと、本の全体像が浮かんでこないのだ。そして、ただ本のあらすじをなぞるのではなく、自分の「読み」を伝えるところに、声にそれとなく力を込める。
ラジオに出るようになり驚いたのは、たとえ多くの人が聴いている番組であっても、それをつくっている人の数はとても少ないということだ。制作スタッフは別にして、当日スタジオにいるのは、出演者を含めて四~五人くらい。だからスタジオの空気や出演者の個性がそのまま電波に乗りやすく、わたしが話す小さな声も、小さな声のまま聴く人のところにまで届いていく。そこでは無理に自分を取り繕う必要もないし、いつもの〈わたし〉のままマイクの前に座ればよい。考えてみれば不思議なことだ。
ラジオを聴いていると、番組のパーソナリティーが自分にだけ語りかけているように感じる瞬間があるが、それは本を前にしたときの感じとどこか似ている。遠くから直接語りかけてくる声を、耳を澄ませて受け取っている感覚。もちろん「自分にだけ」ということはないのだろうが、そう感じさせるだけの親密さが、本やラジオにはあるのだ。
毎回うまく話すことができず、反省することのほうが多くても、この夜の時間は話すわたしのほうでも、どこかほっとする時間になっている。たとえ誰が受け取ってくれるのかはわからなくても、どこかにいる誰かに向け、まずは静かに自分の声を発してみる。自分に帰るとは、そうした時間のことを言うのだろう。
今回のおすすめ本
本も、人生も、何度でも編み直すことができる。「紙の本」に魅せられているかたであれば、胸がときめかずにはいられない小説。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年6月6日(金)~ 2025年6月24日(火)Title2階ギャラリー
きみまでのおさらい
井上奈奈『うさぎまでのおさらい』刊行記念展
2018年ドイツにて開催された「世界で最も美しい本コンクール」にて銀賞を受賞し、話題となった絵本『くままでのおさらい』。そのスピンオフ作品として制作された『うさぎまでのおさらい』が、このたび装いもあらたにビーナイスより刊行になります。今回の作品展では、この『うさぎまでのおさらい』『くままでのおさらい』とともに、2024年に刊行になったエッセイ集『絵本を建てる』の作品も展示します。
◯2025年6月28日(土)~ 2025年7月14日(月)Title2階ギャラリー
Titleからほど近い阿佐ヶ谷にあった、大正末期に建てられた文化住宅・旧近藤邸。そのたたずまいは宮﨑駿監督の著書『トトロの住む家』のなかでも取り上げられました。緑に包まれ、静かに時を刻んできたこの家の在りし日の姿を活写したのが、このたび刊行された公文健太郎さんの写真集『バラの花咲く家』(平凡社)です。旧近藤邸は残念ながら2009年に不審火で焼失してしまいましたが、美しい写真プリントで、多くのひとに愛されたその姿があざやかに蘇ります。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【寄稿】NEW!!
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
「はたらき」を回復する /〈わたし〉になるための読書(5)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第5回。人の流動性が高まる春、さまざまな仕事とその周辺についての3冊をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。