『夢みるかかとにご飯つぶ』でエッセイストデビューした清繭子の、どちらかといえば〈ご飯つぶ〉寄りな日々。
命を喜んでくれる人
週末、家族と少し遠出をした。住宅街を歩いていたら、懐かしい看板が目に入った。
「S堂薬局」。それは、かつて「赤ちゃん育てられない、私なんにもできない」と泣きながら電話した漢方薬局だった。
そこの先生は、健康雑誌の編集をしていたとき、よく取材させてもらった。中国(モンゴルと言っていた気もする)ご出身の先生は、いつもニコニコ、かわいいイントネーションの日本語を身振り手振りを交えながら早口でお話しされ、会うだけで元気が出るような人だった。
懐かしいな、先生いるかな、と窓を見上げると、まさに先生が窓際のいすに座って、誰かに電話しているところだった。電話相談を受けているのだろう。伝わりようもないのにせわしなく手で何かを表して、懸命に電話の向こうの誰かを励ましている。
思わず上の子に「あの人、ママの命の恩人なんだよ。こんなところで会えるなんて。〇〇ちゃんを産んだとき、血がいっぱい出て、死にそうになって、もう〇〇ちゃんを育てられないかもしれないって泣いちゃったとき、お薬くれたんだよ」
すると子どもは「え! じゃあ、おれい、いったほうがいいんじゃない?」と私の手を引っ張った。
え……。でも先生、私のこと覚えてないかもしれないし、先生、めちゃくちゃお忙しい人だし……。「今お電話してるから」と大人の対応で通り過ぎようとすると、子どもは窓へ引き返し、「でんわ、おわったみたいだよ!」と私を呼んだ。
人見知りの子がこんなに積極的になるのは珍しい。その勢いに背中を押されて、家族みんなで薬局のドアを開けた。
「先生~、清です。おぼえていらっしゃいますか。〇〇編集部の……」
すると、先生がぴょこっと顔を出し、「きゃあー! キヨシさん! わあー! お子さん!? 元気そうヨ! 全然変わってないネ! 私はちょっと太りましたヨ! お子さん、キヨシさんに目が似てますネ! こっちのおちびちゃんはパパ似なんですネ!」と飛び跳ねながら喜んでくださった。「いま、おやつあげるからネ!」と子どもたちにお菓子を配り、「からだに悪いことしないおやつヨ!」と言った。子どもたちはモジモジしながらそれを嬉しそうに食べた。
ちょっと泣きそうになった。先生があんまり喜んでくれるから。
私が元気でいたことを。子どもたちが無事に育ったことを。
帰り道、「〇〇ちゃんのおかげでお礼言えたよ、ありがとう」と言うと、上の子はホクホクとした顔で頷いた。下の子は即興で先生への感謝の歌を作ってくれた。童謡「うみ」の曲に合わせたこんな歌だ。
マーマーの おんじーん せんせいがー おーやーつ くれたーよ おいしいーな
いーのーち おんじーん うれしいなー せんせーい どーうーも ありがーとう
先生、どうもありがとう。
夢みるかかとにご飯つぶ
好書好日連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。
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