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コンサバ会社員、本を片手に越境する

2024.02.09 公開 ツイート

「名前負け」と「音楽コンプレックス」を脱してようやくクラシック音楽を愉める大人になれた! 梅津奏

音楽を奏でる家族のなかで育ったという梅津奏さん。でもそこには、複雑な気持ちがあるようで。今回は音楽と家族と本の話。

幕間の時間をホワイエで楽しむ、人生の先輩兼年の離れた友人

 

音楽好き一家の落ちこぼれ

「なにか音楽をされているんですか?」

名前を名乗ったり名刺を渡したりすると、よくそんな風に話しかけられる。

それがビジネスシーンであれば「アイスブレイクのひとネタをありがとう」と両親に感謝するところだが、正直私にとっては複雑な問いだ。「ええ、昔はピアノを少々…」と無難に流すこともあれば、「音楽好き一家の落ちこぼれなんですよ、私。完全に名前負けしておりまして」と自虐トークに持っていくこともある。

「奏(かな)」という名前は父がつけた。兄も弟も音楽にまつわる名前で、我が家族ながら、三兄弟の名前の並びはとても美しい。クラシック音楽愛好家の父、ピアノ教師の母、バイオリンをやっている兄と弟。学校や地域に一家庭はいるであろう、いわゆる「音楽一家」である。

兄も弟も今や普通のサラリーマンだが、楽器を弾くことは今でも楽しんでいる様子。音楽がアイデンティティに自然と組み込まれている家族たちを見ながら、疎外感と共に育ってきたのがこの私。私も母に言われてピアノを習い、中学校時代は吹奏楽部、高校時代は合唱部に入っていたもののセンスはゼロ。兄弟に強い劣等感をもち、卑屈なことばかり言っていた時期もある。私が偏屈な皮肉屋の傾向があるのは、絶対にここに元凶がある。

「楽器を弾かない」という意味では父は私の側だったが、「聴く」ことにかけて父は典型的なマニアだった。私もたまに「本の虫ですね。マニアですね」なんて言われることがあるけれど、父という強烈な「マニア」の生態を知っているから、私なんてまだまだと思ってしまう。年末年始に帰省したときも、実家の壁を覆うCD棚と本棚(父は本の虫でもある)を眺めながら、「この人は終活が大変そうだな…」と不謹慎にも心配してしまった。

 

「私はみんなとは違う。クラシック音楽なんて嫌い」

そう公言して憚らなかった私が、30代になって「聴く」に開眼した。東京に住んでいると、コンサート情報には事欠かない。何かのきっかけでピアノコンチェルトのコンサートを聞きに池袋の東京芸術劇場に行ったのがはじまりだったか。数時間、ひとり静かに精密に作り上げられた音楽にひたる非日常体験。聴く前と後とでは、頭の中も体の中も綺麗なものに入れ替わってしまうような……。

 

自分で調べたり、友人・知人に誘ってもらったりしてコンサートに通うようになって早数年。回数を重ねるほどに、半ば封印していた子供時代の思い出も蘇ってきた。

日曜日の朝起きると、リビングからバッハが聴こえてくること。兄弟のバイオリンレッスンが終わるのを、父と駐車場で待っていたときに車内で流れていた曲、暗がりで読んでいた本。普段は怖い父がそのときだけ買ってくれる缶のコーラ。私の指がピアノをするには柔らかすぎると、関節を固めるように手を添える母の強い力。三兄弟でお風呂に入ると自然とはじまる「カエルの歌」が、いつも辛かったこと。先生についていないのにピアノも上手な弟が即興で弾き始めると、それが聞こえないように急いで二階に上がったこと。

苦かったりすっぱかったりする記憶がほとんどだけれど、一周回って懐かしく思えるのは私が大人になったからだろうか。家族という狭い世界で生きていたときは「音楽が苦手」なことが苦しかったが、今では自分の価値はまた別にあると分かっている。そして、純粋な楽しみとして、クラシック音楽と付き合えるようになってきた。

「大人になるって、いいな」

ホール内がだんだん静かになり、照明が少しずつ落とされていくひととき。決まってそんな気持ちになる。

クラシック音楽にまつわる本を読むのも大好きだ。関連本を本棚から集めながら、先日聴きに行った上原彩子さんのラフマニノフを思い出して笑みがこぼれる(写真は、幕間の時間をホワイエで楽しむ、人生の先輩兼年の離れた友人お二人です)。

指先から旅をする』(藤田真央/文藝春秋)

昔から「いつも明るく浮ついた音だ」と評されてきました。そんなとき、必ず言われるのです。「きみは真に悲しい経験をしていないからだ」と。――『指先から旅をする』より

注目の若手ピアニスト、藤田真央さんによる初エッセイ。ドイツに拠点を置きながら、日本を含む世界各国を演奏して回る藤田さんの2年間。現役ピアニストの貴重な記録であると同時に、藤田さんの演奏から感じる「明朗さ」「オープンで率直な語り」の秘密がひも解かれるファンにはたまらない一冊。「明るく浮ついた音」と評されることもあるという藤田さんは、モーツァルトはオプティミストである自分に合っていると語る。

小澤征爾さんと、音楽について話をする』(小澤征爾・村上春樹/新潮文庫)

大病も悪いことばかりではない。なにせヒマだらけになるから。征良ありがとう。お前のおかげで春樹さんに会えたから。
春樹さんありがとう。あなたのおかげですごい量の想い出がぶりかえした。おまけになんだかわからないけれど、すごく正直にコトバが出て来た。――『小澤征爾さんと、音楽について話をする』より

世界的指揮者である小澤征爾さんと、ジャズ・クラシック音楽愛好家(小澤さんに言わせると「正気の範囲をはるかに超えている」らしい)の小説家・村上春樹さんの音楽対談。ボストンで交友を深めたという二人が、小澤さんの病をきっかけにして、一年間かけて音楽について語り合った。小澤さんが指揮したコンサート・巨匠たちとの交流・そして音楽を奏でることの舞台裏がこれでもかこれでもかというほどたっぷり綴られる贅沢な一冊。

親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』(吉原真里/アルテスパブリッシング)

あなたの音楽を聴いていると、私たち日本人はあなたといっしょに心が拍をうつのを感じ、ひとつひとつのクレッシェンドやディミヌエンドから、あなたの情感を心から感じることができるのです。――『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』より

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』にも登場する巨匠・レナード・バーンスタイン。本書では、戦後日本を舞台に、バーンスタインの大ファンだった日本女性、そしてバーンスタインと特別な関係を築いた日本男性による膨大なバーンスタイン宛の手紙から見えてくる、巨匠と日本のあたたかい交流が描かれる。素晴らしい音楽やカリスマがいかに人の心をうつか、人生を豊かにするか、または変えてしまうかが、二人のリアルな筆致からひしひしと伝わる。

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梅津奏

1987年生まれ、仙台出身。都内で会社員として働くかたわら、ライター・コラムニストとして活動。講談社「ミモレ」をはじめとするweb媒体で、女性のキャリア・日常の悩み・フェミニズムなどをテーマに執筆。幼少期より息を吸うように本を読み続けている本の虫。ブログ「本の虫観察日記

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