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すくえた命 太宰府主婦暴行死事件

2023.12.18 公開 ツイート

死因は外傷性ショック。継続的に暴行されていたものとみられる。 テレビ西日本 塩塚陽介

12月13日に発売された『すくえた命 太宰府主婦暴行死事件』は、テレビ西日本の報道特別番組「すくえた命~太宰府主婦暴行死事件~」の取材班リーダー・塩塚陽介さんによるノンフィクションです。発売当日には、テレビ西日本のニュース番組で特集「警察組織と対峙した“戦いの記録” なぜTNCの記者たちは事件を取材し続けたのか」が組まれました。こちらもぜひご覧ください。

*   *   *

事件が発覚したのは、2019年、福岡ダイエーホークスが日本シリーズ3連覇をかけて戦っていた頃のことだった。

変死体の発見

ここ数年、福岡の街は毎年10月になると騒がしくなる。私が子どものころは弱小だった福岡ダイエーホークスがソフトバンクに買収されて約15年。王、秋山、工藤と球史に輝くレジェンドたちが強者のマインドを植え付けて常勝軍団となった若鷹軍団は、日本シリーズの常連となっていた。

福岡でスポーツといえば野球だ。サッカーの日本代表戦も、W杯でもない限りホークス戦の視聴率には遠く及ばないほど街に根付いている。タクシーに乗ると聞いてもいないのに「ホークス勝ってますよ」なんて言われるほどだ。この年ホークスは、レギュラーシーズンこそ2位だったものの、短期決戦での無類の強さを発揮してクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本シリーズ3連覇をかけて戦っていた。

事件の一報が入ったのは、まさにその決戦の最中だった。

「変死体の発見について」 福岡県警からの広報文は、警察班に所属する記者たちには24時間メールで届くようになっ  ている。その内容は「殺人事件の発生について」「窃盗被疑者逮捕について」、ほかにも「盗撮」「ひったくり」など様々だ。

そんな中で「変死体の発見について」という表題が実は一番ドキッとする。

「殺人事件の発生について」であれば、早朝だろうが深夜だろうが警察班は臨戦態勢を整えるが、変死体とは「通常あり得ない状態で亡くなっている人」を指す。

路上で亡くなっている人、用水路に浮いている人なども含まれ、調べてみなければ殺されたのか病死なのか事故死なのかがわからないため、念のため広報される。これまでの経験上、事件に発展するのはこのうちの1割程度だが、取材の初動態勢に悩む分、万が一事件だった場合に初動が出遅れてしまえば致命的となる。

しかし今回の広報文は、「明らかに事件」だという要素をたくさん孕んでいた。

警察による事案の覚知は2019 年10月20日の午前6時15分頃。

福岡県太宰府市高雄のインターネットカフェ駐車場において、男性から「車内の30代後半の女性が呼吸をしていない」旨の119 番通報。心肺停止状態で病院に搬送された女性は搬送先の病院にて死亡を確認。女性の下半身などにはアザ様のモノ多数あり。車に同乗していた20代と30代の男性と、40代の女性に状況を詳しく聞いているが、いずれも「叩いていない」と話している……。

初報というのは大抵情報が少ない。というのも警察はミスリードをしないように確定的な情報しか出さないので、記事にするための最低限の要素しかないことが多い。

しかしこれは……どう考えても「事件」だ。

というより警察も「事件」であることをたくさん匂わせてくれている。

なぜなら初報の段階でまだ逮捕もされていない同乗者の「叩いていない」という供述をこちらに知らせることはあまりない。死因は司法解剖しなければわからないだろうが、この女性が何か事件に巻き込まれ、この同乗者たちが関わっていると考えるのが自然だ。

私が勤めるテレビ西日本(略称TNC)は、主に福岡県を放送エリアとするフジテレビ系列の放送局だ。

本社はJR 博多駅から西に車で約20分、晴れた日には湖水のように穏やかな海面が青色に光る博多湾が社屋の目の前に広がる。右手にはホークスが本拠地とする福岡PayPayドーム。そばには県内外から観光客が絶えない福岡タワー。社屋から5分ほど歩いたところには、サザエさん誕生の地と言われる白い人工砂浜を有した百道浜があり、こちらにも中国・韓国からの観光客が多数訪れる。

そんなロケーションにあるTNC放送会館の5階に、私が所属する報道局報道部があり、デスクや記者を中心に約30名ほどが働いている。

報道部には地元の福岡県警察を担当する「警察班=サツ班」があり、県警から発表される情報などを基にニュースを出稿する役割を担っている。

サツ班は2期上の先輩、西川剛正がキャップ、私がサブキャップを務めていた。

西川さんをアタマに、2期下の後輩・水谷翔が県警本部の捜査第一課と第三課を担当。私はサブキャップとして西川さんのサポートをしつつ捜査第二課と通称・四課を担当し、各警察署は4人の後輩記者がそれぞれ分担しながら、7人で事件・事故のニュースを24時間態勢でカバーしていた。

警察の業務内容は課によって分けられ、殺人や強盗などいわゆる「強行犯」と呼ばれる事件を担当するのが捜査第一課。政治家・公務員の汚職や、詐欺などの知能犯罪を扱うのが捜査第二課。空き巣やひったくりなどの窃盗犯を扱うのが捜査第三課。暴力団などの組織犯罪を扱うのが通称四課(昔の名残で四課と呼ばれているが、実際は組織犯罪対策課や暴力団犯罪捜査課などの複数の部署がある)だ。

ほかにも生活安全総務課や少年課、薬物銃器対策課、サイバー犯罪対策課など多くの部署があるが、基本的に県警本部の記者室に常駐している西川さんがそれらをカバーしながら、事件の発生や容疑者の逮捕に備えているという具合だ。

こうした警察取材に加えて「きょうは暑い!」みたいな日々のニュースや、「街にこんなすごい人がいますよ!」みたいな少し物語チックな企画ネタも取材してVTR を作る。ここまでですでにわかるかもしれないが、ローカル局のニュース番組制作は在京局に比べると非常に心許ない体制でおこなわれている。

2019 年10月20日。日曜の朝に広報された「変死体発見」の一報は、すぐにサツ班LI NEで共有された。日勤だった記者の報告から、すぐに「事件」という判断はできたものの、まだ容疑者も捕まっていないし、被害者の人物特定も済んでいなかった。

西川さんは、現場の映像撮影をして「女性の変死体が見つかった」という事実を50秒にまとめた短いニュース出稿を指示し、それが夕方のニュース番組で放送された。

翌21日、やはり予想通りの展開が待っていた。

午前9時30分。「太宰府市高雄における死体遺棄事件被疑者の通常逮捕について」が捜査第一課から広報された。始業したばかりの県警記者室が慌ただしくなる。各社の記者が一課のある県警本部2階へ争うように一気に駆け上がると、エレベーター前で一課次席によるレクが始まった。

「だいたい各社揃ったかね? では死体遺棄事件被疑者の通常逮捕についてです。亡くなったのは太宰府市青山一丁目X番Y号の職業不詳、高畑瑠美さん36歳。被疑者は同居していた無職・岸颯24歳。同じく同居していた無職の山本美幸40歳。それと博多区の会社役員太田陽斗35歳(仮名・後に不起訴)。被疑者らは共謀の上、令和元年10月20日午前5時05分ごろから同日午前6時15分までの間、福岡市博多区中洲3丁目から太宰府市高雄1丁目の施設駐車場までの間、車両内に被害者の死体を積載したまま走行して運搬し、死体を遺棄した疑いです」

次席が概要を説明すると、各社から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

「3人の認否は?」

「全員否認。まず岸は『車を運転したのは間違いないが、遺体を乗せたまま運んだということに関しては、途中高畑さんの様子を確認していないので死んでいたかはわからない』、山本は『寝ていると思った』、太田は『逮捕事実は誤解。ツバサとミユキに巻き込まれた』と供述しています」

「被害者の発見状況を教えてください」

「車の後部座席にいて縛られたりはしてない。司法解剖の結果、事件概要に書いてある午前 5時05分より前に亡くなっていて、死因は外傷性ショック。複数箇所にアザやケガがあり、継続的に暴行されていたものとみられるが主犯は不明。今後の捜査で明らかにしていきます」

「車は誰の名義?」

「岸の名義」

「同居している3人の関係性は?」

「親族関係にも確認中ですが、知人関係であることは間違いない。関係者がほかにもいるかもしれないのでそこも捜査中……」

どういうことだ?

レクを聞いた記者たちは、この不可解な状況を今ひとつ飲み込めずにいた。

年代もばらばらで血縁でもない男女が、ひとつ屋根の下で同居している状況がすでに普通ではない。警察はとりあえず死体遺棄容疑で逮捕して、勾留期間目いっぱいかけて調べ上げ「殺人」あるいは「傷害致死」容疑で再逮捕するつもりだということはわかったが、否認事件ということもあるし全容解明には時間がかかるだろうなという予感はしていた。

そう、レクはいつも事件解明のヒントと同じくらい、多くの謎を残す。

警察から入ってくる情報だけでは全容がつかめないため、メディアの人間は独自に「地回り」をして事件の状況を掘り下げる。地回りとは容疑者や被害者の居住地周辺に赴き、周辺の住民などから容疑者や被害者の人となりや印象など、事件につながる情報を聞いて回ったり、卒業アルバム等から顔写真を見つけたりすることだ。

この「地回り」という作業は地味な上に意外と難しく、記者の中でも毛嫌いする人間が多い。容疑者や被害者の特徴や属性がよく映し出されている写真を入手できれば、事件の真相により近づくのだが、そのような写真を持っている人というのは当然当事者のことをよく知っている場合が多い。

時には、事件や犯罪に巻き込まれ憔悴しきっている遺族に対してマイクを向け、さらにその上で図々しくも被害者本人の写真を貸してほしいとお願いする場合もある。取材する側のメンタルもなかなか辛いものがある。

また、周辺の住民に話を聞こうとしても、余計なことに巻きけ げん込まれたくないからなのか基本的に取材に協力的な人は少ない。近隣住民に話しかけても怪訝な顔をされるし、関わりたくないからと口を閉ざす人も多い。自分がその立場になったことを想像してみると、彼らの対応も無理もないと頷く人も多いだろう。

地回りは、そういう状況下で真相解明に迫る情報を足でコツコツと探していかなくてはいけない作業だ。

しかし、この日のサツ班は異様に忙しかった。

太宰府事件の広報文が出た数時間後、福岡県宗像市にある保育園で、女性副園長が園児(当時6歳)の男の子を転倒させて唇を切るケガをさせた疑いで逮捕された。本来、子どもにとっても親にとっても安心できる場であるはずの保育園で、よりによって副園長が暴力をふるうというショッキングなニュースは、すぐに全国でも話題となり、捜査第一課担当の水谷はそちらにかかりっきりとなった。

一方の私は、日本シリーズ第1戦、第2戦を連勝したホークスに関する福岡の盛り上がりについてのVT R 制作を任されていて、2つの事件の状況をLI N E で逐一確認しながらも局の編集室にこもりきりとなって四苦八苦していた。

そうした中、この事件の地回りを担当することになったのは記者になってまだ1ケ月弱の新米女性記者だった。

いずれ通る道とはいえ、こんな複雑な事件の地回りは難度高めだな……。と、少々同情を寄せていたが、ものの数日の間に「瑠美さんによる高校の恩師への金の無心」の証言を得られただけでなく、結婚して姓が変わっていた瑠美さんの実家にどのマスコミよりも早く辿り着き、遺族に接触することができたのだ。

関連書籍

テレビ西日本 塩塚陽介『すくえた命 太宰府主婦暴行死事件』

あの時、警察が動いていれば、 死なずに済んだのに――。 2019年10月。福岡県・太宰府市で平凡な主婦の凄惨な遺体が見つかった。 大事な家族を惨たらしい形で失った遺族の悔恨、慟哭。 洗脳し暴行の限りを尽くした犯人の非道、残虐。 落ち度を否定し続ける佐賀県警の無謬主義、厚顔。 ローカル局若手記者の逡巡、苦悩。

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