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アリアドネの声

2023.08.25 公開 ツイート

どんなジャンルもミステリーになる。仕掛けを考えてしまう作家の性【井上真偽×阿津川辰海対談④】 井上真偽

6月21日に発売した『アリアドネの声』が話題沸騰中の井上真偽さんと、大学在学中に発表した『名探偵は嘘をつかない』でデビュー後、ミステリー界の第一線で活躍を続ける阿津川辰海さんの共演が実現。いま最も熱いお二人の対談をお届けします。(2023年7月25日対談)

*   *   *

作品にテーマは設定するか?

井上 ちなみに、自分は海外ミステリーなどに造詣が深いわけではないので阿津川さんとの対談と聞いて恐縮していたんです。本当にすごいですよね。ジャーロの読書日記を拝読していますが、阿津川さんは一日に何冊読んでるんですか?

阿津川 実はごく最近専業作家になって、逆に読書量が減っているんですよ。兼業作家だった時代は、通勤電車でいくらでも読めました。職場まで片道一時間なので、行きに一冊、帰りに一冊、昼休みに一冊、という読み方をしていました。でも、通勤電車がなくなると本当に読めなくなってしまって……。なので最近は、「今日は読む日」と決めたら執筆をしないで一日に七、八冊一気に読んでます。

井上 専業になって逆に読書量が減るって珍しいですね(笑)

阿津川 通勤中は他にやることないので、本でも読まないと面白くなかったんです。今は、家にいて執筆をしないと罪悪感を覚えてしまって……。読書が捗らなくなってしまいました。

井上 意外な落とし穴でしたね。阿津川さんにとっては通勤時間が必要な時間だったと。

阿津川 そんなことはないはずですが、読書以外に使える時間ではなかったので(笑)ちなみに井上さんはどんな風に執筆しているんですか?

井上 自分はまず書きたいシーンとか、書きたい展開を最初に思いつくところから始めますね。テーマなどは後からついてきてくれると思うので、作品の世界や作品の芯の部分をドンっと通すことからまず考えます。そこから、物語づくりに注力するような書き方です。阿津川さんは?

阿津川 私はシチュエーションから入る人間です。ネタ帳も大体一行で、入りだけ書いてありますね。謎だけ書いておいて「解答はあとで自分で考えなさい」というスタイルです。

井上 テーマでいうと、初期の作品では「探偵はどう在るべきか」という主題の作品を多く書かれていませんでした?

阿津川 「探偵の在り方」って机上の空論なんですよね。でも、この机上の空論がものすごく気になっていた時期があったんでしょうね。読書をしていると、出てくる探偵、出てくる探偵、気に食わないと感じる時期がありました(笑)

井上 そんな時期が(笑)

阿津川 大学生の頃に「英国探偵小説のはじまり」という講義を受けていたんです。その講義のメインメッセージは、原初の探偵小説では、探偵と犯罪者の距離は限りなく近かった、というもので、色んな探偵の人間性や行動を当時の文化を踏まえながら読み解くものだったんですね。そのせいか、あらゆる探偵の嫌なところや、駄目なところが見えてしまったんです。デビューしたての頃は、自分の作品ではこの問題をどうやって書くかってことを考え続けていましたね。そうであっても、なぜ当時、あそこまで自分にとって切実だったのかは、なかなか説明が難しいですね。

井上 きっと最初に吐き出しておかないといけない何かだったんでしょうね。執筆の方法はどうでしょうか? 自分は音声入力をすることもあります。ただ、今は音声入力をやるほど、筆が進まないですけど(笑)

阿津川ビロードの爪』などの〈ペリー・メイスン〉シリーズで知られるE・Sガードナーみたいですね。彼はディクタフォン(編集部注:当時のレコーダーのようなもの)に声を録音して、それをタイピストに打たせていたと聞いたことがあります。

井上 音声入力の良いところって文量が書けるところだと思います。でも、今は書くよりも考える時間の方が長いので、キーボード入力の方が多いですね。

阿津川 私は常に考えながら執筆するので、話す速度で執筆はできないかもしれません。先ほど伝えたように私はシチュエーションから考えるので、原稿に謎を書き出して、書きながら解くスタイルです。だったらもっとスケジュールを出版社に緩めてもらえよって話ですが……。

井上 一日に執筆する文字数とかは気にしていますか?

阿津川 最近は、20枚を超えるとだんだん筆が荒れ始めるので、そろそろ終えようかなって思います。

井上 20枚は凄いですね! 400字詰めの原稿用紙で8000字ですね。

阿津川 でも調子がいい日で20枚です。読書日記だけは例外的に筆が早くて、直近で書いた回は一日で36枚ぐらい書けました。

井上 阿津川さんの読書日記で個人的に好きな箇所があるんです。最初の数回ぐらいまではたしか、400字詰め原稿用紙で2~3枚ぐらいに収めていたじゃないですか。それが、ある回からタガが外れたみたいに文量が増えて(笑)ミステリーへの想いに溢れているなと感じました。

阿津川 読書日記のお陰で二週間に一回は自分が作家だったことを思い出せます(笑)

作品で描きたい物

井上 自分が一番目指している、書きたいのは『ハリーポッター』みたいな老若男女に広く愛されて、かつ世界自体に読者が浸れるような作品なんです。そんな誰もが物語に入り込めるような本を書いてみたいですね。阿津川さんは何かこんな作品を書いてみたいとかありますか?

阿津川 私は作品毎に照準を変えているので、目指すものもそれぞれ違っています。プロットを書く際に最初の三、四ページで「前例分析」っていうのを書いているんですよ。

井上 「前例分析」って初めて聞きました。何ですか?

阿津川 例えば『午後のチャイムが鳴るまでは』だったら、学園ミステリー物の前例分析をしました。意識する作品、目標にする作品として「過去に○○という作品があって、××という特徴があります」という感じで、裏読書日記的なものを3、4ページ使って書くんです。作品によって理想とする形が違うので、『午後のチャイムが鳴るまでは』では、実際に青崎有吾さんの『早朝始発の殺風景』をはじめとした諸作を分析しましたし、他にもハリイ・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』や、米澤穂信さんの〈古典部〉シリーズも参考にしています。前例を踏まえながら、独自性を付加するための研究パートですね。

井上 なるほど。阿津川さんは今はきっと、自分の書く物の可能性を広げている段階ですよね。自分もそうなんですけど、得意分野を固めずに色々と書くのが、やっぱり一番良いスタイルだと思っています。だから『午後のチャイムが鳴るまでは』を読んで「うわっ凄い」って思いましたよ。ゴールを設定せずに書きたいものを書いたからこそ、今までにない作品が生まれたのかなって。

阿津川 今思い返すと恥ずかしいですが、 昔はそれこそ法月綸太郎さんの作品を、一つ一つ追いかけるようなことをしていたこともありました。『星詠師の記憶』で『誰彼』を意識していたり、短編の「六人の熱狂する日本人」は『ふたたび赤い悪夢』があるからアイドルものは一つ書こうという意図がありました。最近はそんな風になぞることはありませんが。

井上 なるほど。阿津川さんはじゃあ、ミステリー以外のものを将来的に書きたいってことはないんですか?

阿津川 そこが悩みどころでもあるんですけど、私は他のジャンルの作品を書こうとしても、何か仕掛けが入れられないかって常に考えちゃうんですよね。

井上 ミステリー的な仕掛けをつい考えてしまうんですね(笑)

阿津川 例えばファンタジーで書いてみたい作品を考えると、田代裕彦さんというライトノベル作家さんの『魔王殺しと偽りの勇者』という二巻完結の作品が思い浮かびます。勇者が魔王を倒して世界平和が訪れた世界の話なのですが、魔王を倒したと主張する「勇者」が四人いるので、誰が本物かを推理で導き出そうという話なんです。そんな風に、ファンタジーの王道をメタにして遊ぶような話なら書いてみたいですね。なので普通のファンタジーは絶対に書けない(笑)

井上 どんなジャンルでも、ミステリー的な視点で見ちゃうんですね(笑)

阿津川 そうですね。確か貴志祐介さんの『硝子のハンマー』が文庫化された時に、法月綸太郎さんが巻末でインタビューをしているんです。その時、貴志さんがこうおっしゃっていた。「SFっていうのは『テーマ』であって、ミステリはむしろ『手法』だろうと」。ミステリーはどのジャンルとも掛け合わせられるんです。このインタビューを中学生の頃に読んで、どんなジャンルを書いてもミステリーはやろうと思えばできるんだなって思ったんです。

井上 確かにミステリーはジャンルではないですよね。とても共感できます。

(第5回に続く)

 

〈対談者紹介〉

井上真偽(いのうえ・まぎ)

神奈川県出身。東京大学卒。2015年、『恋と禁忌の述語論理』で第51回メフィスト賞を受賞してデビュー。2017年『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』が「2017本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。

阿津川辰海(あつかわ・たつみ)

1994年東京都生まれ。東京大学卒。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」により『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。2020年、『透明人間は密室に潜む』が「本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。2023年、『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で第23回本格ミステリ大賞《評論・研究部門》を受賞。

関連書籍

井上真偽『アリアドネの声』

救えるはずの事故で兄を亡くした青年・ハルオは、贖罪の気持ちから救助災害ドローンを製作するベンチャー企業に就職する。業務の一環で訪れた、障がい者支援都市「WANOKUNI」で、巨大地震に遭遇。ほとんどの人間が避難する中、一人の女性が地下の危険地帯に取り残されてしまう。それは「見えない、聞こえない、話せない」という三つの障がいを抱え、街のアイドル(象徴)して活動する中川博美だった――。 崩落と浸水で救助隊の侵入は不可能。およそ6時間後には安全地帯への経路も断たれてしまう。ハルオは一台のドローンを使って、目も耳も利かない中川をシェルターへ誘導するという前代未聞のミッションに挑む。

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アリアドネの声

二度読み必至の書下ろし長編ミステリ―。井上真偽さんの『アリアドネの声』最新情報をお届けします。

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井上真偽

神奈川県出身。東京大学卒業。『恋と禁忌の述語論理(プレディケット)』で第51回メフィスト賞を受賞してデビュー。2017年『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』が「2017本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。

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