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危険なふたり

2023.04.25 公開 ツイート

樹木希林・内田裕也夫婦が実名で登場する、笑いと涙のエンタメ小説! 樋口卓治

デビュー以来、夫婦・家族の不思議をテーマに書き続けてきた樋口卓治さんの最新作は、樹木希林さん・内田裕也さんが実名で登場する、こんなお話。〈売れない脚本家・三林草生介(みつばやしそうすけ)は、人気大物監督に頼まれ、樹林・裕也夫婦を主人公にしたホームドラマの脚本を書くことに。ホームドラマとは一番かけはなれた二人に手こずり、執筆は難渋。なんとか書き上げた第一稿に全否定のダメ出しを喰らい、打ちひしがれた草生介が街をさまよっていると……〉。小説『危険なふたり』から、一部抜粋してお届けします。

*   *   *

草生介はあてもなく歩き続けていた。

行き先など考えず、むしろ迷子になりたいと知らない道へ歩を進めた。

太陽が雲に隠され風が出てきた。ひっきりなしに風が吹くので耳が痛くなる。流れる雲を見上げ、真っ白い息を一つ吐いた。

歩いても気持ちは癒えなかった。

入り組んだ道をくねくね、緩やかな坂道をだらだら、ひたすら歩き続けた。

ここはどの辺りだろう。スマホで調べる気にもなれなかった。

辺りは丘陵地になっていた。

大通りにはオフィスビルが建ち並んでいるが、一つ奥の道に入ると大使館、古い洋館、大きな邸宅が並んでいた。

都会の喧騒は消え、人通りも少ない。

そういえばこの辺りに希林の家があったはずだ。

也哉子さんと本木雅弘さんに子どもができた頃、希林は二世帯住宅を建てた。不動産が好きだった希林は、地価の高騰が収まった一番いいタイミングで買ったという。

散歩の最後にその家でも眺めて帰ろうと思った。

草生介は路地に入り、家並みを眺めながら探した。入り組んだ道をうろうろしていたらそれらしき家があった。ここか、と見上げた。

希林はこの土地に立った時、何を感じてここを住処(すみか)としたのだろう。裕也が酔って夜中にやってきたのもこの家だ。

家の塀を触ると冷たかった。裕也もこの冷たさを感じたのだろうか。

草生介が引き返そうとすると、勝手口の格子戸が少しだけ開いていた。

「……」

覗いてみると、その先は薄暗かった。

風が静かに通り抜けるような不思議な空間だった。

草生介は足を踏み入れた。

玄関に続く小道に飛石が並び、周りに苔が生えていた。

玄関のドアノブを回すと、開いた。

「ごめんください」

奥からは返答はなかった。

「誰かいますか」

やはり返答はなかった。

ふすまに木漏れ日が揺れていた。ふすまに描かれていたのは枯れた蓮だった。

リビングに足を踏み入れた。気忙しい日常を感じさせない整理された空間。

静かだった。窓から苔むした庭が見えた。古木が数本立っている。都会の真ん中とは思えない風情だった。

奥へ行くと、マリア像のステンドグラスがはめられたドアがあった。希林が裕也のために作った部屋だ。懺悔(ざんげ)室のようにも見えた。

別のフロアに行くと、少し広めの応接室があった。ここは記者会見用の部屋だ。裕也が何かやらかす度、ここで希林はリポーターたちに向かって話をした。謝罪を求めるというより、人気の尼さんの法話を聞きに来ているようだった。

希林の寝室を覗いた。

枕元の壁には額に入ったニューイヤーロックフェスティバルのポスターが飾ってあった。

渋谷西武劇場で行われた第一回のものだ。ちなみにデザインは横尾忠則だ。この音楽イベントは毎年年越しに開催され四五年以上続いている。夫婦の歴史はここから始まった。

日も暮れてきて、そろそろ出ようかと思った時だった。

「随分、淋しそうね」

誰かの声がした。

振り向くと、そこに立っていたのは希林だった。

*   *   *

この続きは小説『危険なふたり』でお楽しみください。

関連書籍

樋口卓治『危険なふたり』

売れない脚本家・三林草生介は、人気大物監督に頼まれ、内田裕也・樹木希林夫妻を主人公にしたホームドラマの脚本を書くことになった。 執筆は難渋。なんとか書き上げるも監督からはダメ出しが。 失意の底に沈み街中をさまよう草生介がたどりついたのは、希林の旧宅。 誰もいないはずの家からは、なんと希林が現れる。 「あんたが私たちのホームドラマを書くのに協力してあげる。代わりに手伝ってほしいことがあるの」 その日から、希林と草生介の不思議な共同生活が始まった――。 笑いと涙のエンタメ実名小説!

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危険なふたり

新婚3カ月で破綻! その後40年の別居婚生活!
樹木希林・内田裕也夫婦を主役に、よりによって「ホームドラマ」を書けだって!?
売れないバツイチ脚本家の受難が始まった
笑いと涙のエンタメ長編

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樋口卓治

作家・脚本家・放送作家。1964年、北海道生まれ。2012年、小説『ボクの妻と結婚してください。』(講談社)で作家デビュー。舞台、ドラマ、映画化される。2019年には、ドラマ『離婚なふたり』で脚本家としてもデビュー。ドラマ『共演NG』で第106回ザテレビジョン ドラマアカデミー賞脚本賞を受賞する。他の著作に『喋る男』(講談社文庫)などがある。また放送作家として『笑っていいとも!』『ヨルタモリ』『学校へ行こう!』『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』ほか多数の人気番組を担当し、『古舘トーキングヒストリー~忠臣蔵、吉良邸討ち入り完全実況~』で第43回放送文化基金賞優秀賞を受賞する。

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