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転落

2023.04.22 公開 ツイート

Nスペ出演! TKO・木本の視点で描く「あの事件」の真実【小説試し読み】 TKO/浜口倫太郎

NHKスペシャル「若者を狙う“闇の錬金術” ~調査報告 借金投資の罠(わな)~」出演。TKO・木本の視点で描く「あの事件」の真実とは?お笑い芸人「TKO」激動の半生を作家・浜口倫太郎が綴った小説『転落』から試し読みをお届けします。

第五章 転落

二〇一七年

目の前には、東京の夜景が広がっていた。

ここは、港区のタワーマンションの最上階だった。

高層と言われるビル群が眼下に見える。ビルにもランクがあって、上には上があるのだ。

田舎では澄んだ空気の夜空に、燦然と星が輝いている。ところが東京の淀んだ空気の中では、夜空は暗闇に浸っている。

そのかわり地上では、光り輝く電気の星々が見える。東京では、空と地上が反転している。

そんな中で一際輝きを放っているのが、東京タワーだ。

ライトアップされて、赤く燃え上がっていた。なんだか神々しさすら感じる。

東京を司る神の像を、こんな目線で見られるのか。成功者の景色と言われるわけだ。

「雨上がりなんで、東京タワーが綺麗ですね」

男が話しかけてくる。この部屋の主である、春名さんだ。

「雨上がりだと綺麗になるんですか」

「空気には車の排ガスや塵などの汚れが含まれていますからね。特に東京は。それを雨が降って洗い流してくれると、空が綺麗になるんです。だから東京タワーも輝いて見えるというわけです」

「なるほど」

「この部屋に住んで、やけに東京タワーが綺麗な日があるなって調べたら、雨上がりだったんですよ。それでネット検索しただけなんですけどね」

はははっ、と春名さんが白い歯を見せた。

タワーマンションに住まないと湧かない疑問だろう。生まれる疑問の種類にも、収入が関係するのか……。

「……ちなみにここって、家賃おいくらですか?」

東京の住居とは思えないくらい広い。離島の小学校ならば運動会ができる。

家具も一級品ばかりで、銀座のショールームみたいだ。

「たしか350万円ですね」

くらっときた。ということは、年間4千万円以上払っているのか。

「着てる服は、全部ユニクロですけどね。これも同じの10着以上持ってます」

春名さんが嬉しそうに、自分の服を指でつまんだ。地味な黒いトレーナーだ。

そういえば初対面の時の服装も、いたってシンプルだった。

家賃は4千万円も払うのに、服はユニクロですませるのか。金額のバランスがおかしすぎる。でもこれが、お金持ちの感覚なのだろう。

彼は、起業家だった。

幼少の頃からプログラミングに親しみ、学生時代に起業した。その会社を成長させて大企業に売却したのだ。

その資金でまた起業し、事業を軌道に乗せて売却する。そういう人達を、連続起業家と呼ぶらしい。

知り合いの紹介で彼と出会ったのだが、その時はじめて、連続起業家なんて言葉を知った。

「起業して会社がうまくいったら、そのまま会社を続けた方が儲かるんじゃないんですか?」

「起業家の能力と、経営者の能力は違いますからね。僕は0から1が得意で、1から100は得意じゃないんです。それに事業を立ち上げる時が一番面白いんですよ」

「……なるほど」

ぜんぜんわからない。

「ただ今はベンチャーキャピタルがメインですね。個人的には少額ですが、エンジェルもやってます。エンジェルだとシードから応援できるんで」

キャピタル? エンジェル? シード? なんのことだ。エンジェルは天使で、シードは種のことだろ?

天使が羽をパタパタさせながら、微笑を絶やさず種まきをする。

そんな想像をしていると、春名さんに褒め称えられた。

「そんなことより木本さん、ドラマ見ましたよ。ほんと演技うまいですね」

俺が、この前出演したドラマだ。NHKの朝の連続テレビ小説に出てから、役者の仕事も増えている。

相方の木下も、役者として人気がある。TKOを絶賛してくれた三谷幸喜さんの映画をはじめ、いろんなヒット作に出演している。

俺達がコントで培った表現力は、演技の世界でも評価されている。

春名さんの話にあいづちをうちながら、俺はちらっと窓の方を見た。

築地の方角……俺が、ダンボールにくるまり泣いていた公園……。

絶望の涙に溺れていたあの時から、もう10年が経つ。

レッドカーペットでブレイクして、俺達は全国区の芸人になれた。奇跡が何度も起きて、終電ギリギリで電車に駆け込めた気分だ。

だが10年という年月は、奇跡を日常に変えてしまった。

ブレイク当初は寝る間もないほど忙しく、体力的にきつかったが、それも次第に落ちついてきた。今は、仕事とプライベートのバランスが取れている。

ライブもできて、テレビも出られて、俳優業もできている。生活も安定し、普通のサラリーマンよりも高収入を得られている。

知名度が上がったので、社会的地位や資産のある人達とも知り合えた。

そこでわかったが、富裕層というのは極力表に出たがらない。

彼らは目立つことを嫌う。こちらが有名にならないと、出会う機会すらない。

こんな家賃350万円の家に住む大金持ちが、TKOのファンだと熱っぽく語り、自宅に招待してくれている。

10年前と比べれば夢のような状況なのに、なぜか満たされない自分がいる……。

春名さんが、力を込めて言う。

「木本さん、もっとMCとかやった方がいいですよ。ゴールデン番組とかの」

「オファーがあったらやりたいんですけどね」

悪気がない分、胸にグサグサくる。現状、俺はその位置にまでたどり着けていない。

仕事も金もない頃は、売れたいという一念しかなかった。そしてやっとその夢が実現した時、ふと気づいた。

俺達には、売れたあとの目標がなかった。

ブレイク後に自分達はどうするべきか、何がしたいのか?

トップの芸人とは、常日頃から自分にそう問いかけている人達だ。売れない頃からその視点を持ち、山の頂上を目指している。

一方俺達は、ただ足元だけを見て歩いていた。ただ目の前の仕事をこなすだけで精一杯で、はるか先を見る余裕なんてなかった。

そのかつての視点の差が、今現実の差となってあらわれている。

TKOはあきらかに、山の上層部に行けていない。その高くも低くもない中途半端な位置が、どうにももどかしい。

春名さんと別れて、マンションを出る。

去り際に、コントライブ見に行かせてもらいますね、と春名さんが笑顔で手を振った。

金持ちもあのクラスまで到達すると、いい人しかいなくなる。

高級マンションの最上階から地上に下りると、劣等感がうずいてきた。

城にせよ、タワーマンションにせよ、古今東西の成功者が高いところに住むわけだ。まさに天上人だ。

表舞台の芸人が地上人で、ファンが天上人──なんでそうなるんだ?

「木本さんじゃないですか」

ピカピカの黒塗りのバンの窓を開けて、誰かが手を振っている。

その人物はデザインパーマをかけて、派手なサングラスをしている。黒いジャケットが艶めいていた。

やばい人かと一瞬身がまえたが、すぐに警戒を解いた。

「小寺」

それは、小寺という男だった。陽気で愛想がよく、俺にとっては弟分みたいなやつだ。

俺は、目を丸くしながら車に近づいた。

「これ、アルファードのエグゼクティブラウンジか」

800万円近くはする高級車だ。車を見れば、値段がパパッとはじき出せる。

「そうなんっすよ。いいでしょ」

小寺が、軽い口ぶりで応じる。30代だが、年齢より若く見える。

「どうしてん。こんな高級車」

「木本さん、ちょっと呑みに行きません?」

「ええけど、おまえ車やろ」

「運転手雇ったんでぜんぜん大丈夫です」

言われてみれば、小寺は後部座席だ。

高級車に運転手……急に小寺の羽振りがよくなった。誰かが噂していたが、あれは本当だったのか?

そのアルファードに乗って、西麻布のバーに向かう。

2階のVIPルームに案内される。高級ソファーがコの字形に配置され、壁には薄型のモニターが貼りつけられていた。

ここは、小寺がオーナーを務めるバーだ。お忍びで芸能人がよく訪れる。毎日のように、誰かの誕生日パーティーが開かれていた。

小寺は人懐っこい性格で、とびきり社交的だ。交友関係も広く、それを活かしてバーをはじめたのだ。

それにしても出会った頃は、まるで金がなかったのに……一体、この短期間で何があったんだ?

ソファーに腰を下ろすと、小寺が尋ねた。

「木本さん、あんなとこで何してたんですか?」

「ちょっと知り合いの家に呼ばれたんや。あのタワーマンションの最上階に住んでる人」

小寺が前傾姿勢になる。

「あそこ家賃うん百万円ですよ。何されてる方なんですか?」

春名さんの説明をする。小寺が興味津々で聞いていた。

あらかた話し終えると、やっぱりという感じで、小寺が声を高めた。

「結局投資なんですよね」

ベンチャーキャピタル、エンジェル、シードというのは、投資の世界の用語だそうだ。

春名さんは、TKOファンなので訊けなかった。プライドが邪魔したのと、ファンの春名さんを幻滅させたくなかった。

でも小寺には、気軽に尋ねることができる。そう思わせるキャラクターも、小寺が人脈を広げられる要因だ。

「でもおまえも羽振りよさそうやん。バーの調子がええんやな」

やっと核心に入れた。

「バーの利益なんてたかが知れてますよ」

「じゃあなんで運転手付きのアルファードに乗ってんねん?」

「だから言ったでしょ。投資ですって」

「おまえもなんか!」

たまげた。こいつが投資なんてできるのか?

「俺は不動産投資ですけどね。労働者じゃなくて資本家にならないと、お金持ちになれないって気づいたんです。お金にお金を稼いでもらわないと」

お金がお金を稼ぐ……やけに印象的な言葉だ。

「お金が勝手に入ってくる、収入の自動化の仕組みを作るんですよ。それで収入の柱を増やしていくんです」

「収入の柱か……」

口が自然と動き、そうくり返していた。

小寺が軽快にまくしたてる。

「俺も不安定ですけど、芸能人なんてもっと不安定ですからね。世間の人は芸能人に儲かってるイメージ持ってますけど、今はそんな時代じゃないでしょ。実際そんな大金を稼いでるのって、一部のトップだけじゃないですか」

芸能人の知り合いが多いので、懐事情に精通している。

「テレビ局も景気が悪くて、実入りも少ない。人気がなくなれば、その微々たるギャラも消えてなくなる。バー経営もそうですけど、どっちも水商売なんですよ」

その言葉が、身に染みてならない。

水商売の語源は、水のように収入が不安定で、人気に左右される商売だからと言われている。

諸説あるそうだけど、俺達芸能人には、この説が一番しっくりくる。

「その点、不動産投資はちゃんと勉強して、情報を精査できれば、着実に儲かりますからね。労働者ではなく、資本家になれます。水の反対は土なんですよ。土はしっかりしてるでしょ。不動産投資は土なんです」

芸人でもないのに、やたらとトークがうまい。妙に説得力がある。

「木本さん、今何歳ですか?」

「……46歳や」

「木本さん実力あるのはわかりますけど、もう芸能界で活躍できる年数限られてるでしょ。本業の芸事ばっかりじゃなくて、飲食店経営とか何か別の収入の手段を考えるのも、そろそろありじゃないですかね」

「……」

黙るつもりはなかったが、声が喉を通過しない。おぼろげな不安を、彫刻刀で浮き彫りにされている気分になった。

関連書籍

TKO×浜口倫太郎『転落』

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TKO お笑い芸人

木本 武宏(きもと たけひろ)と木下 隆行(きのした たかゆ き)によるお笑いコンビ。1990年結成。1994年、『ABCお笑い新人グランプリ』 新人賞を受賞。2006年に5回目の挑戦にして初めて東京進出を果たし、以降、テレビ東京系バラエティー『イツザイS』、フジテレビ系バラエティー『爆笑レッドカーペット』など多数のバラエティー番組に出演。人気お笑いコンビと しての地位を確立する。TBS系『キングオブコント』ファイナリスト(2008年、2010年、2011年、2013年)。コント経験を生かし、バラエティー以外にもドラマ、映画など多数出演するも、両者ともに 不祥事を起こし、松竹芸能を退社。現在は再びコンビとして、フリーで活動中。

浜口倫太郎 小説家、放送作家、漫画原作者

1979年、奈良県生まれ。放送作家として、『ビーバップ! ハイヒール』(ABCテレビ)、『クイズ! 紳助くん』(ABCテレビ)、『たかじん胸いっぱい』(関西テレビ)などを担当。2010年『アゲイン』(のち、『もういっぺん。』に改題して文庫化)で、第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、小説家デビュー。『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年4月、講談社) が20万部を超えるベストセラーとなる。その他の著作に『私を殺さないで』(2019年2月、徳間書店)、『AI崩壊』(2019年11月、講談社)、『お父さんはユーチューバー』(2020年7月、 双葉社)、『ワラグル』(2021年7月、小学館)、『闘資』(2021年11月、双葉社)などがある。

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