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ウクライナ戦争と米中対立

2022.11.05 更新 ツイート

中ロが脅威であるかぎり、国連に頼っているだけでは国を守れない 細谷雄一/峯村健司

米中関係に精通するジャーナリスト峯村健司さんが、国際政治のエキスパート5人と、これからの世界の勢力図を描き出した『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』。慶應義塾大学教授・細谷雄一さんと議論を戦わせた第5章「パワーポリティクスに回帰する世界」から一部抜粋してお届けします。

2022年11月11日19時からは、峯村さんと細谷さんの刊行記念トークイベントがあります。

*   *   *

国連安全保障理事会(UN Photo/Evan Schneider)

ロシアや中国に「既成事実」を与えないことが重要

細谷 グローバル・サウスが中国、ロシアに取り込まれつつあり、NATOが国際社会でマイノリティーになりつつある。マドリード・サミットでも、そのことが何度も指導者たちの口から出ていました。それによって国際的な不正義がますます拡大し、国際社会がかつてわれわれが経験したことのないようなジャングルになってしまう。まさに19世紀的な国際秩序への回帰であり、剥き出しのパワーポリティクスですよね。

われわれはそれに対して、ウクライナでの戦争によって生じた傷以上に、深刻な懸念を抱くべきだと思います。

峯村 私も19世紀的な秩序に戻る可能性が高いと見ています。しかし一方で、影響力が落ちたとはいえ国連は存在しているし、国際法という規範もそれなりに機能しています。19世紀的なジャングルにまではならない要素もありませんか。

細谷 むしろ、将来の国際社会がそういうジャングルになるのを避けるために、いま欧米諸国はウクライナを支援していると考えるべきでしょう。ここで現在の秩序が崩れてしまうと、ロシアや中国に既成事実を与えることになってしまうんですね。

そこでわれわれが想起すべきは、満州事変です。あのときも、国際社会によってより深刻なダメージだったのは、満州事変そのものではなく、イタリアやナチス・ドイツがその後に日本の手法を真似たことでした。日本が軍事行動を起こしたときに、各国が自己利益に基づいて行動した結果、日本と全面的に対決ないし戦争をすることに対する非常に強い抵抗があったことからも、結局は日本の行動を放置した。それが、イタリアのエチオピアの侵略やナチス・ドイツによる戦争につながってしまったわけです。

ですから今回も、国際法を無視したロシアが、自国の歪んだ正義に基づいて大国主義的な侵略をすることが許されるのか、あるいはその挑戦が国際社会の結束によって挫折するのかという点が重要なんですね。

ちなみにソ連は冷戦時代に、第一次ベルリン危機と第二次ベルリン危機の2度にわたって西ベルリンを自らの支配下に収めようとしました。しかし国際社会は結束してそれを跳ね返したわけですね。それによってソ連は、力による現状変更はうまくいかないことを学習した。同じようなことが朝鮮戦争でも起きましたね。中国が支える北朝鮮の侵略を、国連軍という形で抵抗した国際社会は許さなかった。

秩序が大きく変わろうとするとき、あるいは従来の国際的規範が崩壊しそうになったときは、国際社会の対応がそれ以後の国際政治を規定するわけです。

ですから私は、いささか冷酷な言い方にはなりますが、重要なのはウクライナが勝つことそれ自体よりも、ロシアの野望を挫折させることだと思います。それができれば、将来的に中国が強権主義的な行動を起こそうとしたときに、ロシアの挫折を想起して「自分たちも国際社会の抵抗を受けて挫折するかもしれない」と思うでしょう。国際秩序のためにはそこに大きな意味があるので、ロシアの野望を挫折させることが、この戦争における最大の目標であるべきですね。

峯村 国際秩序はいま重要な分岐点にきているわけですね。プーチンは最近の演説で自分のことをピョートル大帝になぞらえていました。大北方戦争(1700~1721)でスウェーデンから領土を奪ったロシア皇帝です。プーチンによれば、ピョートル大帝は何も奪っておらず、スラブ系民族が住んでいた土地を「奪い返した」だけだというわけですが、これはもう、19世紀どころか17世紀終盤から18世紀の頃にまで戻ってしまうような話ですよね。

細谷 これについては、ロシアは歴史上一貫して自らの不安の感情から領土を拡張してきたことを指摘したジョージ・F・ケナンの認識に尽きると思います。ロシアの行動については、この認識に留意することが重要です。そういう国ですから、NATOの拡大にロシアが不安を感じていることは間違いありません。その不安を解消する手段が領土の拡張以外にないので、今ウクライナで戦争が起きている。これはまさにピョートル大帝の時代から続いてきたことです。

しかし、それを21世紀の世界でやっているのがいけない。ピョートル大帝の時代から19世紀までならば、誰もそれを咎めませんでした。でも現在の国際社会では、国連憲章をはじめとするさまざまなルールがあり、侵略戦争は認められないことになっているわけです。

卑近な例としてはパワハラやジェンダー差別などもそうですが、かつて放置されていたことも時代が変われば許されなくなりますよね。いくらプーチン大統領がピョートル大帝を尊敬していても、同じことをやってはいけないのです。

国家の安全を守る「自衛」「同盟」「国連」という3つの手段

峯村 そこで「今の世界でそれは許されない」とプーチンを止める役割を果たすのは、本来ならば国連ですが、今回の戦争ではほとんど機能していません。ある鼎談(API地経学ブリーフィング2022年6月27日)で細谷先生が、「そもそも国連は安全保障問題に関して機能しないことを前提に作られている」と指摘されているのを読んで、なるほどと思いました。

冷戦時代には対立するアメリカとソ連が互いに拒否権を行使したために、安全保障理事会の機能は麻痺していました。今回の戦争では、拒否権を持つ常任理事国が自ら軍事行動を起こすと、たとえそれが武力行使を禁じた国連憲章に違反するものであっても、誰も止めることができないことを証明しました。その意味で、たしかに機能しないことは最初から想定されていたはずです。

では、常任理事国が起こした侵略戦争をどうすれば止められるのでしょうか。

細谷 端的に申し上げると、国家の安全を守る手段は基本的に3つあります。個別的な自衛権を用いた自衛、集団的自衛権を用いた同盟、そして集団安全保障としての国連。この3つの組み合わせで安全保障を考えるわけです。その中でいちばん重要なのは自衛、次に重要なのは同盟、いちばん効力が弱いのが国連。これは昔から一貫して変わっていないと思います。

日本の左派系知識人の多くはこれまで、自衛隊廃止を訴えて自衛を否定し、日米同盟にも批判的だった。だから国連だけに頼るべきだ、となる。その国連安保理で拒否権を持つ中国やロシアが攻めてきたときに、どうやって日本を守るのか、という疑問が生じます。このきわめて簡単な疑問にさえ、自衛隊や日米同盟に批判的な知識人は、答えていない。

国連はそもそも、安保理常任理事国の軍事行動を止められない組織ですから、われわれが中国やロシアを脅威と見なしているかぎり、単純に国連に安全を委ねるべきではない。だからスウェーデンやフィンランドも、ロシアという脅威に対して国連を頼ることはできず、自国の防衛力だけでは足りないので、NATOという同盟に加盟するという選択をしました。これは論理的な必然です。

それと同様、日本が防衛費を増強し、日米同盟を強化するのも論理的な必然でしょう。国際社会の平和と安定を守る上での国連の機能が低下しているのであれば、ほかに選択肢はありません。国連に過剰な期待をするのは間違いです。

ただし国連を過小評価するのも間違いだと私は思っています。国際社会の緩やかな規範や正義を生み出す機能は、今の国連にもありますから。今回のウクライナ危機に対しても、国連安保理は常任理事国の拒否権によって機能していませんが、国連総会ではロシア非難決議を出しました。国連人権理事会も、ロシアの追放を決議しましたよね。それだけでも、国連は正義や規範を生み出す重要な役割を果たしたと思います。

侵略を止めることはできなくても、国連にはそういう機能がある。それが活用できることを知っているから、それこそ中国も大量の外交官や政治家を国際機関に送って、トップの座を取ってるわけです。そういう動きに対しても、われわれはもっと強い警戒感を持つべきかもしれません。

*   *   *

2022年11月11日(金)19時より、峯村健司さんと細谷雄一さんの刊行記念トークイベントを開催します。会場参加とオンライン参加の同時開催です。詳細・お申込みは幻冬舎大学のページからどうぞ。

関連書籍

峯村健司/小泉悠/鈴木一人/村野将/小野田治/細谷雄一『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』

2010年代後半以降、米中対立が激化するなか、2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。世界情勢はますます混迷を極めている。プーチン大統領はロシア帝国の復活を掲げて侵攻を正当化し、習近平国家主席も「中国の夢」を掲げ、かつての帝国を取り戻すように軍事・経済両面で拡大を図っている。世界は、国家が力を剥き出しにして争う19世紀的帝国主義に回帰するのか? 台湾有事は起こるのか? 米中関係に精通するジャーナリストが、国際政治のエキスパート5人と激論を戦わせ、これからの世界の勢力図を描き出す。

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ウクライナ戦争と米中対立

​2010年代後半以降、米中対立が激化するなか、2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。世界情勢はますます混迷を極めている。プーチン大統領はロシア帝国の復活を掲げて侵攻を正当化し、習近平国家主席も「中国の夢」を掲げ、かつての帝国を取り戻すように軍事・経済両面で拡大を図っている。世界は、国家が力を剥き出しにして争う19世紀的帝国主義に回帰するのか? 台湾有事は起こるのか? 米中関係に精通するジャーナリストが、国際政治のエキスパート5人と激論を戦わせ、これからの世界の勢力図を描き出す。

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細谷雄一 慶應義塾大学教授

1971年、千葉県生まれ。立教大学法学部卒業。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。北海道大学専任講師などを経て、現在は慶應義塾大学法学部教授。専門はイギリス外交史、国際政治学。著書に、『戦後国際秩序とイギリス外交 戦後ヨーロッパの形成 1945年~1951年』(創文社)、『倫理的な戦争 トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会)、『国際秩序 18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(中公新書)、『戦後史の解放Ⅰ 歴史認識とは何か:日露戦争からアジア太平洋戦争まで』『戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 前編 敗戦から日本国憲法制定まで』『戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 後編 冷戦開始から講和条約まで』(いずれも新潮選書)等がある。

峯村健司 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員・ジャーナリスト

​1974年生まれ。青山学院大学客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。ジャーナリスト。青山学院大学国際政治経済学部卒業。朝日新聞で北京・ワシントン特派員、ハーバード大学フェアバンクセンター中国研究所客員研究員などを歴任。「LINEの個人情報管理問題のスクープと関連報道」で2021年度新聞協会賞受賞。2010年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『宿命 習近平闘争秘史』(『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』を改題、文春文庫)、『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)がある。

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