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文庫解説の知られざる世界

2022.03.03 公開 ポスト

リフォーム会社経営者が「人が永久リフォームに陥る理由」をリアルに解説――町田康著『リフォームの爆発』山本多津也(「猫町倶楽部」主宰)

文庫の解説を誰にお願いするか? それは編集者が文庫を作るときの最大の悩みであり、楽しみです。町田康さん邸のリフォームの顛末を綴る『リフォームの爆発』(2019年8月発売)の解説をさんざん考え、ふと、日本最大の読書会、猫町倶楽部の主宰者である山本多津也さんがリフォーム会社経営者であることを思い出したのときの喜びときたら――。文庫の解説であり、リアルなリフォームの解説でもあるという稀有な文章をご紹介します。(担当編集者)

いやぁ、リフォームって大変ですね。

施主の方にこれほどの煩悶があろうとは。かれこれ25年、リフォーム業界に身を置く私でも、改めて気付かされることが数多くありました。

お前は誰なんだ、と今これを読んでいる方は戸惑いを覚えていらっしゃるかと思います。

私は、猫町俱楽部という読書会を主宰している代表の山本多津也と申します。猫町俱楽部は東京、名古屋、大阪、金沢、福岡と全国五地区で、年間約二百回の読書会を開催している民間団体です。一応、日本では最大規模の読書会と言われていますが、それはこのようなものをわざわざ全国規模で運営しようという物好きが他にはいない、というだけのことでしょう。その物好きである私は全精力の三分の二くらいのエネルギーをこの読書会の運営に投入していますが、一方でここからは一銭の生活の糧も得ていません。では何で生きているかと言うと、リフォーム会社の経営なのです。

もとをたどれば猫町俱楽部の始まりも同業者であるリフォーム屋さん数人からなる勉強会だったのです。ところがあるとき、この会を気まぐれにSNSを使って宣伝してみたところ、みるみるうちに老若男女、沢山(たくさん)の人が集まりだし、十三年目の今では年間延べ九千人が参加してくれるようになりました。これだけでも信じられないことですが、この活動が転じて、まさかリフォーム屋として、あの町田康さんの本を解説させていただくことになろうとは! 人生何があるかわかりません。

私で本当にいいのかという不安を抱えつつ、話を続けさせてもらいます。

私がリフォーム会社を始めた二十五年前、この分野は住宅業界の中でもことさら地味で、目立たない存在でした。花形と言えば当然、新築や建て替えです。ところが昨今、少子高齢化のあおりを受け、新しく家を建てようと考える人はどんどん減っています。その結果、リフォーム業は今や、この業界の主役に躍り出た感があります。

しかしよく誤解されることなのですが一般的なリフォーム業者は、町田邸のような規模の工事ばかりしているわけではありません。むしろ普段は、もっと小さな工事ばかりやっています。町田邸のリフォームを担当した美奈美乃工務店のU羅君も、おそらく町田邸の他、数多くの物件を同時に担当していたはずですが、ひとつひとつの内容は、例えば一部屋だけのクロスの貼り替えや、便器の取り替え、玄関ドアの取り替えというように、部分的な工事がほとんどだったことでしょう。

リフォーム業というのはこのような小工事が主たるものであって、「大改造!! 劇的ビフォーアフター」を彷彿させる、家の印象をガラリと変えるような工事というのは、実に二十~三十物件にひとつ、あるかないかというくらいなのです。そしてほとんどのリフォーム業者というのは、社員数で言えば十人以下の小さな規模の会社ばかりです。コツコツと小さな仕事で地域の信頼を獲得しながら、たまに大きな仕事をさせていただく、という業態が一般的なのです。ですからこの仕事というのは派手好きな人には決して向きません。加えて、ある程度根気がなければ務まらない仕事であることもたしかです。

町田さんも書かれているとおり、我々リフォーム業者の仕事というのは、基本的には「不具合の解消」です。それだけ聞けば、なんら難しいことはないように思えるでしょう。ところがその実「不具合の解消」のためにはさまざまな方法があり、さまざまな問題が次から次に浮上します。

例えば、「リビングのフローリングと壁・天井のクロスを新しくしてほしい」という依頼があったとします。これらはリフォーム業界の中ではよくある依頼と言えますが、それでも、完工までに施主の方の考えるべきことは山のようにあるのです。

床板やクロスのグレードをどのランクにするのかというわかりやすいところから、古いフローリングはそのままにして上に張り増すのか、あるいは解体して張り替えるのかという問題。また下地材はそのまま利用するのか、下地材ごとやり直すのかという問題。床下に断熱材が入っていない場合は新たに入れるに越したことはありませんが、当然その分コストもかかります。また壁のクロスを貼り替える際、エアコンを外して貼るのか、つけたまま貼るのかという施工方法の問題もあります。

さらに、施工範囲の問題も出てくるかもしれません。というのも、施主の方のご要望どおりフローリングと壁・天井のクロスを貼り替えます。すると往々にして「この古い巾木(はばき)はそのままですか?」ということになります(巾木とは床と壁の継ぎ目の壁の最下部に取り付ける部材のことです)。フローリングとクロスが新品になった途端、残った巾木の古さが際立って見えてくるからです。そこで、今度は巾木を新しいものに取り替えます。すると次は「この古い窓枠はそのままですか?」ということになるのです。そうですよね、お気持ちわかります。ということで窓枠を塗ります。床・壁・天井、それに巾木と窓枠が新品になった次には、二十五年前の古びたデザインのドアが目立ってくる。ではいっそのことドアも取り替えちゃいましょう。

……これで一件落着? いやいや。今度は廊下側から見ると、取り替えてピカピカのドアが異様な存在感を放って、全体とは不調和で浮いて見えます。バランスをとるために廊下のクロスも貼り替えて、と。でも廊下のこのクロス、階段から二階廊下まで繫(つな)がってますけど……。

と、往々にしてこんな具合に、部分的なリフォームの範囲はみるみる広がっていきます。くれぐれもお伝えしておきますが、これは決して私たち業者がけしかけたり、そそのかしたりしているわけではないのです。部分的なリフォームでは、取り替えずに残る古い部分と、リフォームで新品になる部分とが隣り合う「接点」が発生します。そしてこの接点というのは、どうしても目立ってしまうのです。そんなわけだから、リフォームをどこで終わらせるかを決める、というのは実はとても難しいのです。難しいからこそ、世の多くのリフォームは、ビッグバンのごとく爆発しどんどん膨張します。これも、町田さんが命名された「永久リフォーム論」の一例ですね。

では、なぜ人はこうしばしば永久リフォームに陥ってしまうのでしょうか。それは、多くの人が、生活の中に不具合があることだけはわかっているけれども、その根本的な原因を誤解していたり、あるいはそれを解消したあとの、正確なイメージを持てなかったりするからです。

私たち業者は打ち合わせと称する対話によって、施主の漠然とした不満の中身と真の理想とを探っていきます。打ち合わせのたびに、施主の要望が変わっていく、ということもよくあります。とはいえ、これは仕方のないことでもあります。私たちの欲望には終わりがありません。ひとつ手に入れると、またひとつ欲しいものが出てくるし、問題の解決策を見つけたと思っても、また別の問題を見つけてしまいます。

それでもなんとか出た答えを、ひとつひとつ、家に反映させていく。これがリフォームなのです。だからこそ業者が、プロとして施主に根気強くお付き合いしていくことが大事だと私は思っています。

作中で町田さんはこのように書かれています。

〝リフォームは不具合の解消である。それは間違いのない永遠の真実であるが、不具合の解消というとマイナスをゼロにすることと思われがちである。しかし、右のようにマイナスの要素に積極的な意味を与えていく。そのことによって希望と活力を得る。これを体験しなければ真の意味でリフォームをなしたとは言えぬ。〟

この部分は特に、リフォームの真髄を的確に理解し、表現してくださっていると、ありがたく感じました。施主が最初に感じ、私たちに持ちかけてくださる不満や不具合というのは、往々にして問題のほんの表層に過ぎません。設計者や現場監督、職人らが、ここを皮切りとし、持ち得るかぎりの知恵や技術でもって、お客さんの真意に迫る。その上で、マイナスをプラスに変え、古いものの上に新しい価値を創造していく。築ウン十年の家とのある種のマンネリを打破し、これから先、何かいいことが起きるかもしれないと漠然と予感させる、そんな住まいを形作ることがリフォームなのです。

普段私は建物のリフォームが終わるところまでのお手伝いをしているだけです。しかし、施主にとってはリフォームの終わりは生活のリフォームの始まりでもあります。新しい生活に私が立ち会うことはできませんが、そのリフォームがどのような分岐点になり、その後皆さんがどのような人生を見つけたのか、とても興味があります。

本作もまた町田邸のリフォームが完了したところで終わっていますが、その後の町田さんや、犬や猫にはどんな変化が訪れたのでしょうか。何しろリフォームは永久に爆発しますから、新たに生じた変化が新たな問題を生み出しているかもしれません。

仕事部屋を猫の居室にしたはいいが、床暖房で暖かくなったダイニングキッチンを猫に占拠されていたりして、結局は猫にゆずった仕事部屋を、また町田さんが使っているということが起こっていたりはしないでしょうか……笑。

家をリフォームすることで、人の暮らし方は変わります。しかし、そうかと思いきや、家を考え得るかぎりベストな状態にしてもなお、そこに絶対に収まるまいとする頑固な人の性(さが)というものもあったりします。そう考えるとリフォームというのはある種、家と人との終わりなき戦い、と言えるかもしれません。

工事がすべて終わったあとの町田さんの暮らしは、一体どう変化したのか。ぜひまたどこかで読ませていただけることを願っています。

─────猫町俱楽部代表/リフォーム会社経営


『リフォームの爆発』試し読み

 

町田康『リフォームの爆発』

マーチダ邸には、不具合があった。人と寝食を共にしたいが居場所がない大型犬の痛苦。人を怖がる猫たちの住む茶室・物置の傷みによる倒壊の懸念。細長いダイニングキッチンで食事する人間の苦しみと悲しみ。これらの解消のための自宅改造が悲劇の始まりだった――。リフォームをめぐる実態・実情を呆れるほど克明に描く文学的ビフォア・アフター。

山本多津也『読書会入門 人が本で交わる場所』

本の感想を複数人で語り合う「読書会」は、一人の読書よりも格段にメリットが多い。誰かの意外な感想が、自分に足りない視座を教えてくれ、理解できなかった箇所は、他の参加者が補ってくれる。課題本は、ビジネス書、小説、哲学書なんでもいい。感想を自分の言葉で表現する行為は、新しい自分の発見へもつながる。参加の仕方、会の開き方からトラブル対処法まで、日本最大規模の読書会主催者がその醍醐味を伝授。

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