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かくして彼女は宴で語る

2022.01.31 更新 ツイート

刊行記念インタビュー

どんな手でも尽くすので、“推し”の主人公を知って! 宮内悠介

宮内悠介さん著『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』は、明治末期に実在した耽美派サロン「パンの会」を舞台にした傑作青春ミステリ。詩人、劇作家として活躍し、のちに医学者としても足跡を残す木下杢太郎を中心に、北原白秋、石井柏亭、石川啄木といった面々が推理合戦を繰り広げます。ここでは本書執筆のきっかけや作家デビューの道すじなど、宮内悠介さんへのロングインタビューを掲載します。(構成/タカザワケンジ 初出/「小説幻冬」2022年2月号)

*   *   *

─まずは着想について教えてください。

以前から明治の文人や画家がたくさん出てくる話に挑戦してみたいと思っていました。明治ものってなんだかそれだけでわくわくするではありませんか

─いにしえの日本に通ずるわくわく感がありますね。ミステリとしては、生化学者でもあり、様々なテーマの小説を遺したアメリカの作家・アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』の形式を採られています。

毎回宴席がセッティングされ、そのつど謎が持ち込まれるという形式ですね。『黒後家蜘蛛の会』に、日本最初の耽美派運動と呼ばれる〈パンの会〉。この二つの組み合わせから始まった作品です。

どんな手でも尽くすので、“推し”の主人公を知って!

─〈パンの会〉と言えば北原白秋の名前が真っ先に挙がりますが、木下杢太郎を主人公にしたのはなぜでしょうか。

私自身がものすごく木下杢太郎を尊敬しているのでした。ですが、残念ながら北原白秋といったほかの顔ぶれと比べるといまひとつ認知度が低い。そこで、隠された狙いとしては「私の推しを知ってくれ!」があります。

作者にとってこういうモチベーションは大変強いものでして、知ってもらうためにはどんな手でも尽くすんです。というわけで、明治の文人についての知識がまったくない読者でも、安心して読めるものになっていると思います。

─杢太郎に惹かれたのはいつ頃からなんですか?

七、八年くらい前だと思います。妻が近代詩の研究をやっていまして、伝道活動的に月に一回読書会をしたりしているのですが、近代の詩人、作家の話がよく出ます。そこで杢太郎に興味を持ちました。

明治の文人と言うと、石川啄木のような八方破れな人が多い印象ですが、杢太郎は真面目なんです。それも、自分の芸術を究めるだけではなく、自分の利よりも世界の利を選ぶ、そんな人物だった印象です。

自分のメリットを度外視して行動するところがありまして、のちに医師としてハンセン病患者の隔離政策に反対したりしています。そのエピソードを知って、ちゃんと真面目な人もいたものだなあ、と思ったのが惹かれたきっかけですね。

原点だったミステリ。“旧本格”を標榜したい

─杢太郎はまだ東京帝大医学部の学生で、他の面々もみな若い。芸術家たちの青春時代が描かれています。宮内さんは大学時代、名門サークルとして知られるワセダミステリクラブに所属されていたそうですね。ミステリがお好きだったんですか。

そうなんです。もともと読者としてはミステリから出発しています。新本格ミステリから入って徐々に広げていきました。ワセダミステリクラブに入りたかったので、進学前に慌てて基礎教養的な古典を読みあさったりもしました。

小説を書くようになってからは、ミステリと並行してSF、日本文学、海外文学と広く浅く読んでいました。そういうわけでいろいろな小説を書く人になってしまったのですが……。

─原点にミステリがあったわけですね。

出発点はそうでした。今のミステリのシーンとしては、異世界論理から特殊設定ミステリと、ミステリのサブジャンルを一周した感がありますので、今回に限って言うなら、先祖返り的に「新本格」ならぬ「旧本格」を標榜してみたいところです。

ちなみに文体は、せっかく明治なのだからと、最初はウキウキと連城三紀彦さんに寄せようかと考えました。ところが、実際に書いてみると、私の腕ではどうも文章の装飾が推理の妨げになってしまう。結局、それは諦めて読みやすさのほうを選択しています。

─ミステリから読み始めた宮内さんが作家デビューされたのはSF小説でした。それはまたどうしてですか。

実はミステリを書いていたんです。二十歳くらいから十年ほど、新人賞に応募し続けてことごとく一次選考落ちしていたのでした。プロになって生活していくなら、新人賞くらい獲れて当然と言うかたもいますが、そんなことはないです。

─小説家志望の人は勇気づけられます。

人それぞれです。当然のように獲る人ももちろんおられるでしょうが。

私はプログラマーの仕事をしていたんですが、二十九、三十歳あたりで忙しくなってきたんです。その一方で、小説を応募しても通らない。だんだん憔悴してきて、もはや何が面白いのかがわからなくなってしまいました。

そんなときに、SFが元気になってきたんです。ワセダミステリクラブの同期に、書評家として活動されている酒井貞道さんがいまして、「ちょっとSFに目を向けてご覧よ」と。東京創元社さんの『年刊日本SF傑作選』ですとか、河出書房新社さんの大森望さん責任編集『NOVA 書き下ろし日本SFコレクション』などですね。新たな動きが生まれはじめた時期特有の勢いがあって、小説の面白さにあらためて目を開かされました。ちょうど『年刊日本SF傑作選』の最終ページにあった第一回創元SF短編賞の募集を見て、では一つ自分でも書いてみようと。その作品(「盤上の夜」)が選考委員特別賞をいただけたことで小説家デビューにたどり着けました。

登場人物の考えを可視化。執筆、とても楽しかった

──今回ミステリをお書きになったのは初志の実現でもあるわけですね。そういえば、アイザック・アシモフもSFでもミステリでも高い評価を受けた作家です。

ミステリが好きだから書いただけではあるんですが、同時にこうも思うんです。私を見いだしてくださったのはSFですので、SFを裏切るわけにはいかない。でも、まあ、アシモフもやっているからよかろうと(笑)。

ただ、ミステリ界隈では私の名前は認知度が低いと思いますので、この作品を読んで面白いと思われた方が広めてくれればとてもありがたいです。

──SFとミステリ。どちらも論理の楽しみが共通しますね。〈パンの会〉で繰り広げられる推理合戦で、仮説を立て検証するという議論を重ねていきます。推理合戦の会話は書いていてどうでしたか。

自分でも意外だったのですが、書いていてめちゃくちゃ面白かったです。木下杢太郎にせよ、北原白秋にせよ、石川啄木にせよ、この人ならこんな“迷”推理をするんじゃないかなと想像して書くのが実に楽しかった

それと、実は、ああいう推理合戦をするようなパートは、いつも私の小説では省いてしまっている部分なんです。私は説明を省いて一足飛びに論理を進めてしまう癖があるので、読者にとっては、そのとき登場人物たちが何を考えていたか、ということがブラックボックスになりがちでした。この作品ではその部分が可視化されたような気持ちです。そして、それを実際に書いてみたら面白かった。もしかしたら、この作品をきっかけに、私の作風も少し変化するかも知れません。

短編一話に資料読み二週間半。“風格”を考えて服装の創作も

──今回の作品では多くの資料を読み込まれたのではないですか。各編の「覚え書き」を読むと、登場人物の日記をチェックして行動に反映させるなど、かなり緻密に調べられたのではないかと思います。資料の収集、整理についてはどのようにされたのでしょうか。

たくさんの資料を突き合わせて書き、さらにその穴を校閲さんに見つけてもらって埋めるという、とても時間のかかることをやりました。特に今回は校閲さんに大変お世話になりました。

通常なら、こういう手間を省くために、既存の明治ものを参考に組み立てていくと思うのですが、私はものぐさと言うか適当と言うか、せっかく読んだものでも忘れてしまっているのですよ。

そこで執筆にあたって舞台となる明治末期そのものから調べました。一編ごとにまずアウトラインを立てまして、必要な資料をリストアップして、中心となるものを集め、そこからさらに参考文献をたどっています。一話あたり二週間半くらいを資料収集と読み込みにかけています。

─〈パンの会〉の参加者の日記を調べてその日の裏をとったりしていますよね。

基本は木下杢太郎の日記と、野田宇太郎さんという方がまとめた『パンの會』という本です。ほか、今日ここで紹介したその時代についての資料その他を参照しています。

もちろん小説ですので、書いていない部分、史実を曲げている部分もあります。例えば杢太郎は終始、制服制帽で参加していた可能性が高いのですが、小説では最初だけそうして、羽織を着せています。せっかくの明治ものですし、こっちのほうが風格があるかなと。

もう一つあえて書かなかったことを挙げると、当時であれば、西洋料理屋の女中さんが酌をした可能性が高いんです。でも、〈パンの会〉のメンバーは若く、学生もいるのですよ。それが女中さんに酌をさせるって、腹立たしくありませんか? というわけで、作中人物には手酌してもらっています(笑)

─〈パンの会〉が開かれる「第一やまと」で出てくる料理も毎回楽しみでした。

本格ミステリ定番の形式なので、宴席である限り、料理をみんなでつつく場面がないと物足りないですよね。

私自身、料理をつくるのが好きなので、当時こういう洋食がもしかしたらあったのかも知れない、という想像を加えています。洋食の歴史改変と言いますか、ifの要素を採り入れても面白いのかな、と。

たとえば、当時はほぼ使われていなかったであろうオリーブオイルを、こうすれば使えたかも知れないとか。もしかしたらこういうこともありえたかも知れない、くらいの創作を加えています。

明治東京の名所めぐり、実際の事件の見立ても

─それぞれの作品についてお聞きします。まず一編目の「菊人形遺聞」は、団子坂の菊人形が日本刀で刺されるという事件。団子坂と言えば森鴎外の住居があり、ミステリでは江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』。菊人形と言えば横溝正史の『犬神家の一族』ですよね。探偵小説好きにはたまらないアイテムが使われています。

最初の一編ですから、菊人形、団子坂、鴎外の家という、明治っぽい材料を使って、当時の雰囲気を味わってもらえたらいいなと思いました。ここは導入ですので。

それと、この後の章もそうなんですが、ある程度は観光名所めぐり的にしたほうが読者も喜んでくれるのではないかと考えました。たまたま資料を読んでいて思いついたものもあるんですが。

─明治の東京の観光名所めぐりという意味では、二話の「浅草十二階の眺め」はまさにそのものずばりですね。いまは無き浅草の高層タワーで起きる事件を描いています。

浅草十二階からの眺めを読者に楽しんでいただきつつ、謎解きも面白がっていただければと。ただ一話と二話は事件や解決がやや地味かなと思ったので、次の「さる華族の屋敷にて」は、言い方が大変難しいのですが、もう少しミステリならではの派手さもほしいなと。そういう章になっています。

─殺人事件ですね。しかも猟奇殺人。たしかに強い印象を残す事件です。

当時実際に起きた事件の見立てっぽいものも入っていますね。

─作中で語られる明治の猟奇殺人事件がかなり刺激的で、「旧本格」にふさわしいかと。次が「観覧車とイルミネーション」。明治四十年の東京勧業博覧会が描かれています。こんなに規模が大きいものだとは知りませんでした。

私もびっくりしました。東京勧業博覧会そのものは、エピグラフに使った漱石の『虞美人草』がずばり扱っていましたね。ぜひ入れたかったイベントです。

─第五話は「ニコライ堂の鐘」。いまも御茶ノ水にある、ギリシア正教の教会が舞台です。

団子坂の菊人形も浅草十二階も東京勧業博覧会ももうありません。ニコライ堂はいまもありますから読者に身近に感じてもらえるかなと思い、取り上げようと調べ始めたら面白いことがたくさんありましたもので。

作中に書きましたが、古事記から法華教まで日本の文化、宗教を理解した上での聖ニコライの布教の仕方がとてもユニークで。実在する人物が事件の関係者になってしまいますので、書き方を工夫したところはありましたが。

─この回から石川啄木が登場します。明治ものの人気キャラですが、そのつかみどころのなさをお書きになっていますね。

わからないんです。よくネタ的に、啄木はこういうクズだった、といった話が語られますけど、その一方で、夭折の天才であり、一人で大逆事件のことを調べていた反骨の人だとも言われます。あまりにも多面的で、どういう人だったのかが想像しにくい。類型的な啄木像にはしたくなかったので、自分なりの解釈で書いています。

これは他の作中人物もそうなのですが、基本的には史実に寄り添いつつ、なるべく読者の夢を壊さないように、というアプローチをとっています。

─最後の「未来からの鳥」はもっとも複雑かつ驚きのある作品です。読者にはぜひ予備知識ゼロで読んでほしいですよね。最終話の構想はいつ頃からあったんですか。

舞台やモティーフはだいたい決めていました。山田風太郎の『明治断頭台』あたりから続いているであろう、明治ものの連作ミステリのまとめ方みたいなものがきっとあるはずで、この作品の場合はどうなるのだろう、と第一話を書くあたりから考え始めていました。書きながら考えを進め、総集編的にまとめに入ったのがあの最終話です。

─現代から見ると、舞台となった時代の後には、大正デモクラシー、そして、ファシズムの時代が待ち受けています。〈パンの会〉の芸術家たちのその後を思うと物語に描かれていること以上の想像をしたくなります。

作中の年代の芸術家たちは、まだ無邪気にと言うか、心のままにと言うか、素のままの芸術家でいられたエアポケット的な時代にいたと思います。ただ、そうした歴史的な事実よりも、ミステリとして楽しんでもらいたいというほうが強いです。せっかくの推理合戦ものですから、議論の中に出てくるしょうもない推理で笑ってほしい。でも、興味を持って調べてもらうと別の楽しみ方ができる。それぞれの方法で楽しんでほしいと思います。

─デビュー作の『盤上の夜』が刊行されたのが二〇一二年。今年は作家生活十周年ですね。SFから出発してジャンルを横断して執筆されていますが、なぜでしょう。

新しい作品の執筆にあたって、まず第一の条件が、「そのとき自分が書きたいもの」。次の条件が、「その次もオファーが来そうな内容」。この二つをにらみつつ、脳内芸術家と脳内営業担当が落としどころを探ります。

いつ死ぬかもわからないですし、先の保証もない。時代も変わっていくので、次に何を書いて、その次は何を、といった先々のプランは立てていません。理想は「毎回遺作のつもりで書く」です。しかし、こんなことを書きたいというメモはとっていて、だんだんたまっていきます。なんだかんだと書きたいものも多いので、遺作のつもりで、という境地にはまだ至っていません。

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宮内悠介 作家

1979(昭和54)年東京生れ。1992(平成4)年までニューヨークに在住、早稲田大学第一文学部卒。在学中はワセダミステリクラブに所属。2012年の単行本デビュー作『盤上の夜』は直木賞候補となり、日本SF大賞を受賞。2013年、『ヨハネスブルグの天使たち』も直木賞候補となり、日本SF大賞特別賞を受賞。同年に「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。2016年、『アメリカ最後の実験』が山本周五郎賞候補になる。2017年、『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞、前年芥川賞候補となった『カブールの園』で三島由紀夫賞を受賞。2018年、『あとは野となれ大和撫子』で第49回星雲賞(日本長編部門)受賞。2020年『遠い他国でひょんと死ぬるや』で芸術選奨新人賞受賞。そのほか『偶然の聖地』『黄色い夜』『超動く家にて』など著書多数。
 

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