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命知らず 筑豊どまぐれやくざ一代

2021.08.25 公開 ポスト

四代目工藤会・会長代行を務めた天野義孝が小学2年で起こしたドッボーン事件本堂淳一郎

特定危険指定暴力団工藤会の総裁野村悟被告に死刑判決、会長の田上不美夫被告には、無期懲役の判決が下されました。そもそも工藤会とはどのような組織なのでしょうか。暴力団組織には、それぞれ複雑な背景、歴史があるようです。

幻冬舎アウトロー文庫より2002年に発売された『命知らず 筑豊どまぐれやくざ一代』は四代目工藤会・会長代行を務めた破天荒ヤクザ・天野義孝の半生を描いた、荒ぶる魂のドキュメントです。一部を抜粋してお届けします。

*   *   *

進学を見据えて祖父母の家に預けられた天野

天野義孝が尋常小学校に入学したのは昭和5(1930)年春である。10月には東京─神戸間で特急つばめ号が運転を開始し、その平均時速が67.4キロ、9時間で行けると話題になった年であった。また「祇園小唄」や「酒は涙か溜息か」が流行した頃であり、昭和初期のよき時代といえるが、すでに農業恐慌は一般に波及し、2年前のちようさくりん爆死事件が旧満州にかげりを投げかけていた頃でもあった。

もちろん小学1年生にとって、そんな時代背景は無関係である。しかし、そうした時代を微妙に感じ取っていたのは、天野家の祖父や父のほうだった。天野が入学したのは父のいる赤池町ではなく、田川市に隣接し、駅で2つ離れた祖父のいる糸田町の小学校だったのだ。

当時の筑豊地帯では、現在のように優秀な成績をわが子に期待するという考え方はあまりなかった。ましてで生活する人たちは、男の子には侠気が育つことを望みこそすれ、学業は期待せず、それより頑強な肉体と人に対する思いやりが育つことを願った。

(写真:iStock.com/svet110)

逆に彼らは脆弱な肉体に卑怯と利己主義が育つことを拒んだ。それは子供が成長して炭坑に入るとき、人に迷惑をかけるばかりか、自分だけ危険を避け、同僚を見殺しにすることになるからであり、彼らはそれを炭坑で働く者の最大の敵として憎んだのである。

いわば筑豊気質の底流だが、といって一部の階層では、それらに加えてやはり学業成績を望んでいたことも事実だった。経営者や町の富裕層がそれで、彼らは軍部のたいとうにみる将校、また大手会社の役職社員の優雅な生活から、時代がゆるやかに学歴社会へ向かっていることを察知していたからである。

天野家もその階層に属していた。旧制中学以上の高等教育を子供に課し、実際に2つ違いの兄はその通り歩んでいる。もちろん義孝にも同じ期待がかけられていた。まして幼い義孝は兄と同様に才気煥発でありながら、次男特有の気の強さが先に立つ子だった。祖父の虎吉はそこに己れの血筋をみたのかもしれない。糸田から赤池の家へ来てはよちよち歩きの義孝の手を取り、胡座あぐらの膝の間から離さず可愛がったあげく、義孝は3歳にして祖父母と糸田の家で暮らすようになるのである。

義孝に2つ下の妹ができたこともあった。しかしそのとき、祖父・虎吉と父・友次郎の間でどんな会話が交わされたかは想像に難くない。

「どうや、義孝を糸田に預けんかい」

「あれも爺ちゃんになついとるき、もう決めてもよか。学校のことも考えよるけん」

「田川中学なら歩いても通えるばい。小学校出る頃にはその気になるち」

実際に糸田から田川中学までは5キロほどで、電車では場合によって2つの乗り換えがあるため、現在なら自転車通学のほうが便利なほどである。それが赤池からでは電車で30分以上かかり、徒歩では三角形の一辺を近道して歩いても10キロ以上になるのだ。

後年の話になるが、自民党の政調会長、官房長官などを歴任した故・田中六助氏は、生家が赤池の天野家と300メートルほどと近く、田川中学でも一級上になる因縁はともかく、その田中氏が中学の5年間を徒歩通学した話は有名である。

そういう時代だったゆえの祖父と父の会話だったろうか。

小学2年で起こしたドッボーン事件

しかし、そうして入学した糸田小学校で、義孝のどまぐれぶりは学校に馴れるに従って次第に芽を出して行った。

2年に進級した頃には、すでにこんな話が語り草になっている。

当時の便所は、もちろんすべて汲み取り式であった。便器の下には、いわば肥溜め式の大きなかめがあり、そこに溜まった糞尿を外からしやくで汲み取って肥料にするわけで、その汲み取り口はきちんと板の蓋で塞がれている。

ところが彼はそこに目をつけるのだ。蓋を外しておいて、昼休みなどに女の先生が入るのを物陰から窺い、はかまをたくし上げて金隠しのついた便器にまたがった頃を見計らっては、用意しておいた10センチ強の石を投げ込むのである。

ドッボーンと上がる糞尿の飛沫は確実に便器に達し、下半身と袴を濡らすと同時にキャーッという悲鳴があがるが、もうそのとき彼は走り去っているのだ。

(写真:iStock.com/Stegarau)

だいたいが泣いて帰ったらどつかれるのが筑豊の風習であり、天野家もそれは例外でないうえ、後述するように祖父と父の血を色濃く受け、さらに才気煥発である。餓鬼大将は当然だから、ドッボーン事件が続くとやがて天野義孝の名前がささやかれるようになった。

そうしてある日、彼は現場を見つかってこっぴどく叱られることになるが、ほとぼりがさめた頃にはまたドッボーンである。やがて職員室で天野の名を知らない者はいなくなり、5年生になる頃は数々の悪戯で2日に1度は教室で立たされるか、職員室で小突かれない日はなくなっていた。

担任の先生は天野を目の敵にした。勉強はできるほうだけに始末が悪い。ほかの者がした悪戯でも叱られるのは天野であり、そうなれば子供なりに復讐心も湧いてこようというものである。

担任への復讐も石を使って…

彼は幼心にも一計を案じた。その先生が通勤する道には切り通しがある。小高い丘の下が急な崖になっていて、そこに登れば先生が自転車で通るのが真下に見下ろせるのだ。

そこで彼が用意したのは再び石である。といってドッボーン用の石では危険だから、今度は沢山の小石だった。そして夕闇に紛れ、先生の自転車が崖下へ差しかかるのを待って、ドドーッと落とすのだ。

(写真:iStock.com/Alexandr Yakovlev)

先生のほうは驚いたろう。小石の飛沫が体に当たり、自転車に当たってカチンカチンと跳ね返る。慌てて避けながら崖を見上げてもそれきりだった。なにかの偶然で落下したのだろうとその日は帰ったが、それが翌日も続くのである。しかも3日、4日。

さすがに先生は悪意と気づき、石が落下するのを注意深く視線を走らせ、寸前で止めて方向転換でかわすようになったところで、今度はその時刻に崖上で誰が細工しているのか待ち伏せすることにしたのである。

一方の天野は、石を落としては逃げ去っていたから、そんなことには気づいていない。いかにもどまぐれ萌芽期らしいが、毎日、石は命中していると思い、よいもと石を用意してきたところで逮捕となるのである。

こらあ天野、やっぱりお前かあ

夕闇に響く声に天野は観念したが、先生は怒っても体罰は加えなかった。そのかわり命じられたのが登校無用である。つまり義務教育で退学も停学もできないから、祖父と父へ向けての転校のすすめであった。

彼は祖父と父から懇々とさとされたが、転校先といってもそもそも行くはずの赤池へ戻ればいいのである。落魄の心を持つでもなく、彼は明るく母や兄妹たちの家へ戻った。

昭和10年冬、義孝11歳のときである。

関連書籍

本堂淳一郎『命知らず 筑豊どまぐれやくざ一代』

命知らずの底抜けぶりで、男にゃ強いが情けにゃ弱い。成り行きで揉め事に関わっては指名手配され、度重なる留置場生活、懲罰、拷問、脱走――。兄弟や舎弟は各地にいても、組織嫌いの愚連隊を公言し、揉め事あれば常に一番乗りで大暴れ。現在、四代目工藤會・会長代行を務める九州のヤクザ、天野義孝の破天荒な半生を描いたドキュメント。

本堂淳一郎『<兇健>と呼ばれた男』

九州のヤクザがもっとも恐れたという、伝説の男がいた。闇に葬られし者、数知れず。GI襲撃事件、別府殴り込み、急行高千穂事件など、想像を絶する剛腕を振るった逸話も枚挙に暇無し。常にその日を精一杯に生きて、"関門の虎"という誇りを心に強く持っていたヤクザ――大長健一。その秘められた荒ぶる生涯を辿る壮絶なドキュメント。

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命知らず 筑豊どまぐれやくざ一代

特定危険指定暴力団工藤会の総裁野村悟被告に死刑判決、会長の田上不美夫被告には、無期懲役の判決が下されました。そもそも工藤会とはどのような組織なのでしょうか。暴力団組織には、それぞれ複雑な背景、歴史があるようです。

幻冬舎アウトロー文庫より2002年に発売された『命知らず 筑豊どまぐれやくざ一代』は四代目工藤会・会長代行を務めた破天荒ヤクザ・天野義孝の半生を描いた、荒ぶる魂のドキュメントです。一部を抜粋してお届けします。

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