日陰
突如大きな影が現れ、夏の直射日光を浴びまくりだった私を覆った。何事かと顔を上げると、ヴィジュアルバンドの宣伝カーだった。願ってもない日陰だ。妖艶なメイクをしたバンドがメジャーデビューしたおかげで、私は熱中症を免れた。
娘よ
結婚前夜、娘が私達の前で三つ指をつき「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう」と言って頭を下げた。嬉しさと寂しさが入り混じり、涙が溢れ出て思わず愛娘を抱きしめようとしたその時、私の頭にブーメランが直撃した。
写真
写真を撮る。遺影のことを考えて撮るならば笑顔が良い。悲しみが際立つ。一方、もしも逮捕されてニュースで使用されることを考えると笑顔は避けるべきだ。サイコさが際立ってしまう。笑顔にするか、しないか。今日も写真が撮れない。
パラレルワールド
どうやら私は現存する世界とは別に並行している世界“パラレルワールド”に迷い込んでしまったようだ。調べた所、今までの世界と違う部分は秋刀魚の塩焼きの黒い内臓の部分が苦くない事だけで、それ以外は全て一緒だ。
仁王立ち
「あれ、先輩じゃない?」と友人の声。私の胸は高鳴った。向こうに憧れの先輩らしい制服姿があった。私は体勢を色々と変え、必死で先輩かどうか確かめた。でも、目の前で無数の矢を受けた弁慶が仁王立ちしているのでよく見えない。
メガネ
おや?眼鏡が無い。「母さん、ワシの眼鏡は?」と妻に尋ねると「嫌ですよ、お父さんたら」と笑うだけ。気付いた私は照れ笑いを浮かべながらハーレーに跨り、西海岸沿いを突っ走り、戦友の墓の前に置き忘れていた眼鏡を掛けた。
灰皿
演出家が灰皿を投げてきた。私は避けようとした。しかし灰皿は無回転で不規則に変化していた。動きが全く予測できないではないか。これでは避けられない。そういえば灰皿の握り方が変だった。あの握り……そうか、ナックルか! 衝突。
涙
「バカ野郎、この俺がそんな下らない話で泣くとでも思ってんのか。あれ?おかしいな、今日の味噌汁、ヤケにしょっぱいじゃねえか、塩加減間違えやがって」私はこの時の涙のせいで味見を失敗し、一流料亭の板長をクビになりました。
マジック
「マリックだ!」と若い女性が駆けよってきて「マジック見せてよ!」と無茶を言った。マリックが丁寧に断っても「いいから見せてよ!」と騒ぐ。そこでマリックは唇で女性の唇を塞いだ。女性は静かになった。これぞ最高のマジック!
サヨナラの場面
九回裏、二死満塁、0対3の場面。代打で俺の名前が呼ばれる。一発が出ればサヨナラ勝ちでチームの優勝も決まる。球場の全ての人間が俺に注目する中、柄にも無く俺はバックスクリーンを指差す。するとその指に大きな蛾が止まった。
煩悩短編小説の記事をもっと読む
煩悩短編小説
貪、瞋願、痴、慢、疑、見……など、衆生の心身をわずらわし悩ませる煩悩に、せきしろ×木村明浩が挑む。108字(以内)×108編の文学誕生!!
※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2011/10/01のみの掲載となっております。
- バックナンバー