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なりたくない人のための裁判員入門

2020.09.05 公開 ポスト

「加害者の人権ばかり守るな!」と叫ぶ人たちが見落としているもの伊藤真

一般市民が裁判官とともに刑事事件の審理をする「裁判員制度」。自分には関係ないと思っている人も多いかもしれませんが、一生のうちで裁判員に選ばれる確率は「約65人に1人」。決して他人ごとではありません。伊藤真さんの『なりたくない人のための裁判員入門』は、意外と知らない裁判員制度のしくみや問題点をわかりやすく解説した入門書。いざというとき困らないために、知っておきたい知識が詰まった本書から、一部をご紹介します。

※記載されているデータや制度は書籍刊行時のものです

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誤解されている刑事裁判の役割

無惨な殺人事件が起きれば、誰でも被害者やその遺族に同情します。その気の毒な人々を脇に置いたような形で裁判が行われるのは、どうしても納得がいかない。その心情は、私もわからないわけではありません。刑事裁判への批判として、「加害者の人権ばかり守って被害者の人権を蔑ろにしている」という声もよく聞きます。

(写真:iStock.com/BrianAJackson)

しかし、犯罪の被害者が十分なフォローを受けていないとすれば、それは刑事裁判が間違っているせいではありません。それとは別に、犯罪被害者の損害や苦痛を軽減させるような制度がほとんど存在しないことが問題なのです。

これまで日本は、犯罪の被害を「個人の不幸」として片付けてしまう傾向がありました。そのため被害者は、周囲のプライベートな援助や同情を受けながら、自力でその苦難を乗り越えるしかなかったのです。いわゆる先進国の中で比較しても、日本ほど犯罪被害者をケアする公的制度が遅れている国はありません

しかし、今日の社会では誰もが等しく犯罪の被害に遭う危険にさらされているのですから、それを個人だけに負担させるわけにはいかないでしょう。社会全体の問題と考え、国民みんなで引き受けるべきだろうと思います。貧困や失業などの問題と同様、国家が福祉政策の一つとして取り組んではいけない理由などありません。

それを政治や行政が真正面から取り上げてこなかったからこそ、被害者は刑事裁判に期待せざるを得ない状況に立たされていました。裁判員制度を通じて「被害者を救済しよう」と考えてしまう人が多いのも、それが原因です。

この誤解をなくし、刑事裁判を正しく運用するためにも、被害者救済制度のさらなる充実は急務と言えるでしょう。裁判員制度そのものよりも、そちらを先に改革すべきだったとさえ言えると思います。

被疑者の権利が手厚く保障されるわけ

先ほども触れましたが、今の刑事裁判が「被害者よりも加害者の人権を守ろうとしている」という不満を抱いている人は少なくありません。たとえば少年事件で加害者が刑事罰を免れたり、心神喪失で責任能力のない被告人が無罪判決を受けたりすると、「被害者の人権は無視するのか」といった批判が出るのです。

しかし、これは問題の立て方自体が間違っています。被疑者・被告人の人権と犯罪被害者の人権は、決して対立するものではありません。どちらを優先するかという問題ではなく、どちらも別々に守られるべきなのです。

(写真:iStock.com/BrianAJackson)

そして、被害者の人権に関しては、憲法でもしっかり保障されています。たとえば「犯罪被害者のプライバシーが守られていない」という声がありますが、これは「個人の尊重」と「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を定めた日本国憲法第13条で保障されていると解釈すべきでしょう。

同様に、「被害者の知る権利」は言論出版の自由を定めた第21条、被害者の経済的な権利や生活権などは第25条で保障されています。少なくとも、憲法は被害者を蔑ろにしてはいません。憲法の理念が、現実の福祉政策として政治の現場で具体化していないことが問題なのです。

一方、被疑者・被告人の権利のほうも憲法はかなり手厚く保障しています。日本国憲法は第10条から40条までを「国民の権利及び義務」の規定に割いていますが、そのうち第31条から40条までは刑事手続きに関する人権規定。

3分の1が犯罪捜査や刑事裁判などに関係する内容になっているのですから、それだけを見ても、いかに被疑者や被告人の人権が重視されているかがわかるでしょう。

逆に言えば、これは明治憲法時代の刑事手続きがいかに人権侵害の温床になっていたかということを表しています。その反省から、日本国憲法では刑事手続きにおける人権保障に関して多くの条文が設けられました。

 

刑事事件の被疑者や被告人は、国家権力からの人権侵害をきわめて受けやすい存在です。過去の歴史を振り返ってもその危うさが明らかだからこそ、近代憲法は刑事裁判における被疑者・被告人の人権保障を強く要請しているのでしょう。

刑事訴訟法の第1条で、刑罰法令の実現に当たって「個人の基本的人権の保障」を全うせよという歯止めをかけているのも、そのためです。また、「事案の真相を明らかにし」という部分も非常に重要だと言えるでしょう。被告人の人権を守る上でもっとも大事なのは、裁判で事件の真実を明らかにすることだからです。

刑罰はただでさえ強力な人権制限ですが、もし真犯人ではない者を処罰してしまったら、これ以上の人権侵害はありません。「真犯人でなければ刑罰を科してはいけない」というのは、当然ながら刑事裁判でもっとも重んじなければいけない大前提です。

関連書籍

伊藤真『なりたくない人のための裁判員入門』

ついに始まる裁判員制度。国民の大半は、できれば選ばれたくないし、自分にはきっと回ってこないと思っているが、一生のうちで裁判員に選ばれる確率は約六五人に一人と案外高い。しかも一般人が死刑判決まで下せる制度は世界中で日本だけ。選ばれて法壇に着けば責任は重大である。本書では、裁判の歴史から、刑事裁判の基本原則、裁判員の役割まで、Xデーを迎える前に知っておくべきことを、法教育のカリスマが熱く分かりやすく解説する。

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なりたくない人のための裁判員入門

一般市民が裁判官とともに刑事事件の審理をする「裁判員制度」。自分には関係ないと思っている人も多いかもしれませんが、一生のうちで裁判員に選ばれる確率は「約65人に1人」。決して他人ごとではありません。伊藤真さんの『なりたくない人のための裁判員入門』は、意外と知らない裁判員制度のしくみや問題点をわかりやすく解説した入門書。いざというとき困らないために、知っておきたい知識が詰まった本書から、一部をご紹介します。

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伊藤真

1958年生まれ。東京大学法学部卒業。弁護士。伊藤塾塾長。司法試験、法科大学院、公務員試験、法律資格試験の受験指導を幅広く展開。高度で親身な講義と高い合格率により「カリスマ塾長」として熱烈な支持を集める。「憲法の伝道師」としても精力的に講演・執筆活動を続けている。『伊藤真の憲法入門』(日本評論社)、『続ける力』『なりたくない人のための裁判員入門』『説得力ある伝え方』(いずれも幻冬舎新書)、『超凡思考』(岩瀬大輔氏との共著、幻冬舎文庫)など著書多数。

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