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恐怖の構造

2020.07.12 公開 ツイート

映画より怖い?『エクソシスト』の超クレイジーな演出方法 平山夢明

なぜ日本人は「幽霊」を恐れ、アメリカ人は「悪魔」を恐れるのか。「サーカスのピエロ」や「市松人形」に、そこはかとない恐怖を感じるのはどうしてか。映画『エクソシスト』や、スティーブン・キングの小説は、なぜあれほど怖いのか……。稀代のホラー作家、平山夢明さんの『恐怖の構造』は、人間が恐怖や不安を抱き、それに引き込まれていく心理メカニズムについて徹底考察した一冊。「恐怖の正体」が手に取るようにわかる本書より、その一部をご紹介します。

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ショットガンを持ち込んだ監督

エクソシスト』では、悪魔に取り憑かれた少女リーガンの部屋が何度となく登場します。このときリーガンの吐く息は真冬のように白く、それがいっそう異様さを醸しだすのですが、当時はCGなんてものはありません。

(写真:iStock.com/fergregory)

実はこの撮影、クーラー四台を使ってリーガンの部屋を超低温に設定していたというんです。それでも撮影しているうちに業務用ライトの熱で気温は上昇してしまう。そのたびにフリードキンはカメラを止めてライトを消し、また寒くなるまで待ったんですよ。

なんでもスタッフ全員スキーウェアを着るほどの寒さで、いっぽうリーガン役のリンダ・ブレアは薄いパジャマ一枚で震えていたそうですが、フリードキンは「映画だから大丈夫だ」と言っていたそうです。すごいですね、まるで理屈になっていません。

 

狂ったエピソードはほかにもあります。リーガンが十字架を性器に突き刺して股間を血まみれにするシーンでは、娘を止めようとした母親役のエレン・バースティンが反撃されて、のたうちまわりながら床に倒れこみます。

ところがフリードキンは、おっかなびっくり倒れる演技を嫌い、ピアノ線でエレンを思いっきり(本人にはタイミングを知らせずに)引っ張りました。結果、派手に転んだエレンは骨が歪んで後年まで後遺症に悩まされることになります。つまり、叫び声や苦しそうな顔は「本物」だったわけです。どっちが悪魔なんだって話ですよ。

 

また、フリードキンは撮影現場にショットガンを持ちこんでいました。なんの予告もなく発砲し、出演者たちに終始緊張感を持たせるためだったそうです。これは恐ろしい手法です。日本人はいまいち実感できないかもしれませんが、銃声って本当にすごいんですよ。身が縮こまるんです。海外の本格的な射撃場に行った経験がありますけれど、駐車場について車を降りた直後から僕たち日本人は喋らなくなるんです。

リアルな銃声って本当に不安になるんですね。なにせ、雷に近い轟音が常に鳴っているんですから。そういう状態が『エクソシスト』の現場ではずっと続いていたわけです。

素人俳優をいきなり「ビンタ」

そんなある日、カラス神父を演じたジェイソン・ミラーはとうとう耐えきれなくなって、フリードキンに抗議します。

(写真:iStock.com/homeworks255)

「実は自分は肉親が目の前で猟銃自殺している。銃声を聞くと、そのときの記憶が蘇ってしまうんだ。お願いだからショットガンだけはやめてほしい」。彼の懇願を受けて、フリードキンは「なんだ、早く言ってくださいよ。わかりました、ショットガンはやめにします」と約束しました。

その翌日、カラス神父がリーガンのテープを自室で再生する場面の撮影中、フリードキンはミラーの背後でショットガンをぶっぱなします。約束を守るどころか、ミラーのトラウマを映画のリアリティーに利用しようと目論んだわけです。

 

常軌を逸した制作秘話はまだあります。

『エクソシスト』では、カラス神父の相棒であるダイアー神父役にウイリアム・オマリーという本職の神父をキャスティングしています。ところが当然ながら素人ですから、満足のいく演技ができるはずもない。

そうこうするうちに撮影は進み、カラス神父が二階の窓を突き破り、石段を転げ落ちて死ぬカットの撮影をする段になりました。悪魔が乗り移ったカラス神父に「懺悔をするか」と問いながら親友の死を悼む、屈指の名場面です。

実はこの撮影、夕方から朝まで延々とワンカットを撮り続けたんだそうです。素人である自分のせいで延びていく撮影。精神的な限界を感じたオマリーは「次のカットでダメなら代役を立ててほしい」とフリードキンに頼みこみます。

了承したフリードキンでしたが、「次で最後だ」と宣言しておこなったリハーサルの直後、彼はダイアー神父を勢いよくビンタしたんです。疲れと殴られたショックで、ダイアー神父は手を震わせながら号泣します。もちろん一発オッケー。

あのシーンは、演技ではなく本物の恐怖が発動しているんですね。

つまり、『エクソシスト』に漂う異様な緊張感の正体は、役者の「不安」なんです。それが僕たち観客に伝染したんです。

フリードキンは徹底的に恐怖を突き詰めた結果、観客が不安になるよう作っているんですよ。恐るべきはフリードキン、直截的な恐怖よりも不安のほうが強いと知っていたんですね。

関連書籍

平山夢明『恐怖の構造』

サーカスのピエロを、たまらなく恐ろしく感じる症状を「クラウンフォビア」という。また本来なら愛玩される対象であるはずの市松人形やフランス人形は、怪談やホラー映画のモチーフとして数多く登場する。なぜ人間は、“人間の形をした人間ではないモノ"を恐れるのか。また、日本人が「幽霊」を恐れ、アメリカ人が「悪魔」を恐れるのはなぜか。稀代のホラー作家が、「エクソシスト」や「サイコ」など、ホラーの名作を例に取りながら、人間が恐怖や不安を抱き、それに引き込まれていく心理メカニズムについて徹底考察。精神科医の春日武彦氏との対談も特別収録!

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恐怖の構造

なぜ日本人は「幽霊」を恐れ、アメリカ人は「悪魔」を恐れるのか。「サーカスのピエロ」や「市松人形」に、そこはかとない恐怖を感じるのはどうしてか。映画『エクソシスト』や、スティーブン・キングの小説は、なぜあれほど怖いのか……。稀代のホラー作家、平山夢明さんの『恐怖の構造』は、人間が恐怖や不安を抱き、それに引き込まれていく心理メカニズムについて徹底考察した一冊。「恐怖の正体」が手に取るようにわかる本書より、その一部をご紹介します。

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平山夢明

1961年、神奈川県出身。96年『SINKER沈むもの』で小説家デビュー。2006年、短編「独白するユニバーサル横メルカトル」で日本推理作家協会賞短編賞、10年『DINER』で日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞を受賞。近著に『サイコパス解剖学』(春日武彦氏との共著)、『大江戸怪談どたんばたん(土壇場譚)魂豆腐』『ヤギより上、猿より下』『デブを捨てに』などがある。

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