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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

2020.05.17 更新 ツイート

一度振られた相手とデートできたのはコロナで時間が止まったせい鈴木綾

「動物が街に戻ってきてる!」
「自然が増えている!」
「ベネチアでイルカが久しぶりにみえた!」

多くの国々で在宅待機・外出禁止命令が出て人の移動や汚染が減って、こういう半分フェイクニュース的な話が耳に入る。それを受けて、コロナのおかげで自然は回復する、地球温暖化は解決される、なんて拡散している人を馬鹿にする冗談が英語圏のネットで炎上している。

 

「川にレタスが戻ってきてる。自然は回復してる。ウイルスなのは私たち人間だ」

「すごい。牛が海に戻ってきてる。自然は回復してる。ウイルスなのは私たち人間だ」

しかし、危機が去った後、世界に何が残るのだろうか? レタスは川に残るのか? 牛は海に残るのか? 自然回復説を唱えている人たちは人間が目覚めて世界がもっと優しいところになるんじゃないかと期待しているのだろう。でも残念ながら、人間はこのロックダウンを警鐘として生きるんじゃなくて、幕間として生きるんだろう、とロンドンに住んでいる私は思う。

私の会社や同業他社の友達は、大きな変化を期待している。私の会社は次世代の技術を開発しているベンチャー企業に投資をしているので、ポストコロナがビフォーコロナと違えば違うほど投資のチャンスがある。なぜかというと、ポストコロナ世界には違う商品やサービスが必要とされるだろうから。要するに、私たちは「変化」で儲かる。第二次世界大戦以来の巨大な変化を世界にもたらしているコロナ禍を見て、投資家たちは涎を垂らしている。

でも、そういう劇的な変化は見えてこない。ロンドンを走って周りを見るとそう思う。政府勧告を無視して外でバーベキューをしている人もいる。人間はお互いに直接会いたがるし、他人の温もりを感じたがる。お世話になっているシュガーリングのお店は予約を受け付けている。ウイルスが広まるリスクがあっても中小企業は再開せざるをえない。

自分の人間関係を考えてもそう。

一月に数回デートしたイギリス人の彼がいる。イーサンとしましょう。ロンドンに引っ越した時からの友達。おかげでイギリス人の皮肉っぽいユーモアと冗談の言い合いをたくさん味わうことができた。頭がよくて性格は優しいが、エリートな高校と大学を出てきっと周りの大人たちからチヤホヤされていたので自己中なところもある。

彼は4月からアメリカに転勤することになっていたから1月にデートし始めた時、「彼がアメリカに引っ越したらこの関係は続かないだろうけどとりあえずそれまで楽しく行こうー」と思っていた。そうしたら「転勤の準備で忙しいし、ストレス溜まってるから友達でいよう」と一月末に言われ、振られた。

その1ヶ月後にコロナウイルスがきて時間が止まった。イーサンの転勤は延期。ロックダウンが始まって別々に閉じ込められて、二人は川に戻ったレタス、海に戻った牛みたいにまた仲良くなって、お互いに面白い記事のリンクを交換したり仕事やシェアメイトのグチを言ったりした。お互いシェアメイトと一緒に住んでいるので家族や恋人と一緒に住んでいる人よりやっぱりさびしくなる。その中で、イーサンは不思議な味方になってくれている。

この間イーサンと一緒に「散歩」した。要するに彼が散歩に出かけて、散歩の途中で見たことの写真を送ってくれた。公園とラッパズイセン。人が散歩とランニングを満喫しているマリーナ。雲が一つもない、果てしなく広がる青空の下で流れているテームズ川の動画。動画で小さな砂浜のようなところが見えた。

「水触ってごらん!」と私はメールでそそのかした。面倒臭がり屋の彼はきっと砂浜に降りないだろうと思いながら。

次の写真が届いた。彼が砂浜に立って川を見ている。川辺まで降りたんだ!

続いてもう一枚が届く。彼の白いアディダスと水際。イーサンと最後に会ったときー実はロックダウン前、最後の外食だったー彼は同じアディダスを履いていた。買ったばかりだと言っていた。写真でのアディダスはまだ新しく、真っ白なままだった。

「触った」

「冷たかった?」

「温かった」

ロックダウンが終わってほとぼりが少し冷めたらイーサンはアメリカに行くだろう。今の私たちに禁止されている飛行機で。彼はとんでもなく普通の生活に戻りたくてとんでもなく次のキャリアステップに進みたくてとんでもなく成長したい。

飛行機に乗るイーサンと一緒に品物と人間はまた動き出す。グローバル化、個人主義とデジタル化の進化にもたらされた分散化された生き方、社会に戻る。 

古い友達でもない、彼氏・彼女でもないイーサンと私は二度と会うこともないだろう。今が苦しいから、今が寂しいから、私たちはこうやって支えあったり、一緒に「仮想散歩」したりしているけど、二人を結んでいる絆はそう強くない。そう、だからこの時間は大事なんだ。

コロナが去った後、レタスはまた川からなくなって、牛はまた海からいなくなる。そうやって私たちの日常は回復する。結局、ウイルスなのはウイルスだけだった。

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イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。現在はロンドンの投資会社に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

 

 

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