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一緒に絶望いたしましょうか

2020.04.17 公開 ツイート

「一緒に絶望いたしましょうか」刊行記念対談

気になるけど、好きとは言わない理由 狗飼恭子/枝優花

枝優花さんの映画「少女邂逅」をきっかけに出会ったお二人。狗飼恭子さんの最新作『一緒に絶望いたしましょうか』の感想を入口に、恋愛したいけれど傷つきたくない今どきの事情から、これから届けたい作品まで語り合う対談です。

写真 小嶋淑子

ラインで試し合う、ピンポンダッシュ的な恋愛

――『一緒に絶望いたしましょうか』は、枝さんと同世代の20代男子・正臣が主人公の1人です。映画監督の卵ならではの悩みや年上の女性への片思いの切なさを語るシーンは、読まれていてどういう印象でしたか?

枝優花(以下 枝) 私は正臣くんみたいな人が周りにいるな~と思ってこのページを自分のインスタグラムのストーリーズに載せたんです。

僕が映画を撮るのをやめた理由。
それはもちろん、才能がなかったからだ。
そして、物を生み出すというとてつもない苦しみに負けたから。
アイディアが浮かんでも育てられなくなり、そしてついになにも浮かばなくなった。
もうなにも孕めない。だから僕は、作り手ではなく一映画ファンとして、この後の生を過ごす。
焦燥の時代はもうとっくに過ぎ去った。何者でもない自分を、僕はすでに諦めている。

狗飼恭子(以下 狗飼) 嬉しい、ありがとうございます。

 私はいま26歳なんですけど、今の仕事をこのまま続けるかどうか迷う人も周りにいて、そういう人たちから、これ何の本? 自分すぎて教えてほしいって連絡がきました。
自分の才能があるか分からないまま突っ走っている人もいれば、早々に才能がないって勘違いして諦めかけている人もいる過渡期なのかなと。

あと、ここも気になりました! 正臣くんが、ずっと片思いしている相手とちょっとこじれたとき、ラインのスタンプを返したあと、既読にならなかった絶望の瞬間。

恵梨香さんに「次はいつ会えますか?」と送ってみた。すぐに既読マークがついた。
一秒後に変なパンダがピースサインしているスタンプが送られてきた。
パンダの顔は薄っぺらくて、今世紀最大の阿呆面をしていた。僕も適当に阿呆みたいなスタンプを押して返した。
そのスタンプは既読にならなかった。僕はしばらく、その既読にならないスタンプを見つめていた。

ラリーのリアルさが半端なくて、これ実体験ですか?

狗飼 いえいえ、違います。

 恋愛で自分だけ盛り上がって前のめりになったら、相手にさっとシャッターを降ろされる感じというか。
今までの親密なやりとりは何だったの?という答えが出ないまま、関係が終わると、人を愛することって難しいなと思います。

狗飼 ラインひとつにしても、これで嫌われるんじゃないか、このスタンプはどういう意味なんだろうとか、じっくり考えなくちゃいけないですもんね。
みんな日頃からラインをうったり読んだりするのが大変だから、恋愛小説をゆっくり読んでもらえる時間がない気がして。

――狗飼さんは執筆前に、いま恋愛小説を出すことの意味についてすごく考えられたんですよね?

狗飼 恋愛している人が周囲からどんどん消えていっているような気がしたんです。答えの見えない時代だし、警察モノや病院が舞台のお話しか求められていないんじゃないだろうかと。
 


 恋愛以外にも娯楽が増えたから、恋愛を生活の主軸にしていない人もいるけれど、ないものねだりで、恋愛していない&できない自分は変なんじゃないかなって悩んでいる人も増えているかもです。

私は、定期的にインスタグラムで質問とかお悩みを募集しているんですけど、1回に1000件くらいきて、半分恋愛、半分人生の相談ですね。

狗飼 私は年下の女の子と喋ってて衝撃的だったのが、恋愛はしていないけれどセフレがいるっていうことだったんですよね。
枝さんが参加されたアンソロジーの映画「21世紀の女の子」の話にもありましたけど、心と体は別物ってことなのかな。
好きな相手にはラインでうだうだして何もできない自分もいるけど、体の方は別で人に対して解放できるというか。

 自分が好きな相手に対してはどうしていいか分からないけれど、一夜だけの関係はめっちゃあるみたいな人は多いですよね。年を重ねれば重ねるほど、好きにはなれるけど、付き合うってところまでいかないんだよって。
 


狗飼 そういう人は、私たちの世代にもいたけれど、小説の主人公になるような特別な人だった気がするんです。
ラインでやりとりしながら、リトマス紙みたいに相手の気持ちを試して、失敗したくない、傷つきたくないって人が、今は多いんでしょうか?

 まっすぐで一途な人のほうが珍しい。傷つかないための予防線みたいに、いろんな人に分散させているって言う人もいました。傷つきたくないからピンポンダッシュみたいな恋愛ですね。出てきてくれたら顔を出すけど、出てこなそうだったら帰れる。
自分の気持ちを明確にしなくて済むし、相手次第で自分の行為も未遂に終われるから。好きじゃないけど気になっていると言い張る人みたいな。好きだと認めちゃうと、傷つくしかないから。

狗飼 枝さんの話を聞いていて、少しほっとしたところもあって。
小説の中の正臣くんの絶望って、ただ好きな人に振られたっていうことなんです。
小説を書いているときに、それがほかの登場人物たちの生死にまつわる絶望と等しいだけの絶望なんだろうかというのは、ずっと考えていました。
でもお話しているうちに、20代にとって好きな人に拒絶されてしまう絶望は何よりも大きいんだと感じます。

 主人公たちが「この程度で絶望してる自分ってどうなの」という気持ちと「でも辛い」という感情を行ったり来たりしてるじゃないですか。
いま感じていることが絶望だって信じて突き進まれちゃうと読むほうとしては置いてかれる感じがするんですけど、その葛藤があることで私は感情移入しやすかったです。

怒り方&許し方がわからない

 本を読んでいてなるほどと思ったのは、誰かを愛したり、付き合ったり、結婚するっていうのは、その人を特別扱いすることってあって。
私は、これが出来ないんだと分かったんです。なかなか人のことを好きになれないし、特別好きな人も嫌いな人もいないので、まんべんなく接してしまう。
どうやって人をひいきをしたらいいかわからないってことを悩んでました。

狗飼 「少女邂逅」や「放課後ソーダ日和」といった枝さんの作品を拝見すると、愛情の在り方が独特ですよね。ストレートじゃなくて、偏っている愛の話だなと感じました。

 私自身が、ストレートな愛情を出すのが苦手なんです。「少女邂逅」のきっかけにもなった、人とうまくいかなかった体験が根底にあって、基本的に人のことを信用できない。

でもこの世界に入ったことで、物をつくっている人は、挫折や絶望を経験した過去の自分を救うためにモノを作っているんだなと思ったんです。みんなどこか寂しい感じが漂っている。そういう人たちの中で、いま生活できているのはよかったと思います。

――これから、枝さんはどんな作品をつくっていきたいですか?

 最近ある恋愛映画を観て、作品自体はとても面白かったんですが共感はできず。それは、多分どこにも私自身がいなかったからで。
全員が誰かを愛することが出来て、必死に誰かを求める気持ちと自己愛がぶつかっていると感じるなかで、私はどうやって人を好きになれるんだろう、愛したらいいんだろうって悩んでいたんです。だから、自分のための映画つくろうと思って。

――どんな話になるんですか?

 恋愛ができないことに悩んでいる人を描きたいと思って。誰も愛は教えてくれないじゃないですか。それって人を愛することは誰もができる当たり前なことみたいな常識があるからだと思っていて。果たしてそうなのか? とたまに思うんです。
なのでそこに言及した映画を……作れたら……。


――狗飼さんはこれからの作品は、どんなテーマで書かれていきたいですか?

狗飼 「許し」について、ずっと考えています。事件が起きたとき、罪を犯した人間とそうでない人間に分かれると思うんです。罪を犯した人間は、どうやって許しを見つけることが出来るのかという過程を小説で書きたいなとは思っています。

 私は羊文学っていうバンドが好きなんですけど、「人間だった」っていう曲の歌詞が許しについて書かれています。
自分たちは人間だったはずなのに、いつか神様みたいに勘違いしてしまった。

だけど、そもそも自分たちは自然の前ではなんでもなくてかなわないし、ただのちっぽけな人間だったことを思い出してくれというメッセージの歌なんですけど、それが今おっしゃていた許しとは?にリンクしているなと思いました。

狗飼 許しもそうなですけど、同じく怒りについても考えていて。最近、うちの夫と旅をしていた時に、詐欺にあったんです。大道芸で賭けをやっていて、「日本人、お金を賭けろ!賭けろ!」って声をかけられたんですが、そこにいる全員がグルなんですよ。

私は分かっていたのですが「ダメ、ダメ」って言う声が夫に届かず、絶好のカモになった夫は5000円くらいですがお金をとられました。私がものすごく怒っても、「ああすることで彼らは生活ができるんだからいいじゃないか」って言ってへらへらしていて、彼は怒ることから逃げていると思ったんです。

「人を騙すことで生計を立ててはだめ」ってさらに怒ったので夫は謝ったんですが、いつまでも腑に落ちなくて。もしかしたら、私たちは許すこともだけど、怒ることすら下手なんじゃないかって。

 下手ですね。私はずっとキレているんですけど笑、キレられるようになったのも、ここ3年くらいなんですよ。

狗飼 デビューしてからですか? 以前、若い女性が映画を撮っていることに対してすごい叩かれたみたいなことを枝さんがおっしゃっていたインタビューを拝見しました。

 怒るって、疲れるし怖いし傷つくからやりたくないって思ってました。親や先生が「あなたのこと思ってるから怒ってるのよ」って言う意味が子供の頃はわからなかったんですが、今思うと、どうでもいい相手だったら心の中で切って捨てるだけでいいですから。

怒りに気づかないフリをしていると、楽だからフリがすごくうまくなって。習慣化すると、フリをしてる領域にはいなくて自然になる。自分の怒りポイントすら分からない人、結構多いと思うんです。

狗飼 感情を出すのが苦手な人もいると思うんです。それが一様に悪いとか可哀想とかではなく、それこそ映画とか小説とか、リアルじゃないものからでも自分の感情が開いたり、動いたりする瞬間を見つけてもらえればといいかなと思います。

関連書籍

狗飼恭子『一緒に絶望いたしましょうか』

いつも突然泊まりに来るだけの歳上の恵梨香 に5年片思い中の正臣。婚約者との結婚に自 信が持てず、仕事に明け暮れる津秋。叶わな い想いに生き惑う二人は、小さな偶然を重ね ながら運命の出会いを果たすのだが――。嘘 と秘密を抱えた男女の物語が交錯する時、信 じていた恋愛や夫婦の真の姿が明らかにな る。今までの自分から一歩踏み出す恋愛小説。

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一緒に絶望いたしましょうか

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狗飼恭子

1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」「百瀬、こっちを向いて。」「風の電話」などがある。ドラマ脚本に「大阪環状線」「女ともだち」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。

枝優花 映画監督・写真家

1994年生まれ。映画監督、写真家。初長編映画『少女邂逅』が新宿武蔵野館をはじめ全国公開し2ヶ月のロングランヒットを記録。香港国際映画祭や上海国際映画祭に招待。2019年日本映画批評家大賞にて、新人監督賞を受賞。STU48やindigolaEnd、KIRINJI、佐藤千亜妃など多くのアーティスト作品を手掛ける。雑誌「装苑」にてコラム「主人公になれない私たちへ」を連載中。

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