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だから山谷はやめられねえ

2020.07.17 更新 ツイート

山谷最大のドヤ「日ノ出ハウス」で出会った愛すべき人々 塚田努

外国人観光客が集まる人気宿泊街として、いま注目を集めている東京・山谷(さんや)。しかし、かつては「ドヤ街」と呼ばれる日雇い労働者の街でした。2005年、「幻冬舎アウトロー大賞」を受賞した『だから山谷はやめられねえは、そんなかつての山谷をリアルに描いたノンフィクション。宿なし・金なし・家族なしの中年男たちと寄せ場や職安に通い、飯場の世界にも飛び込んでいく「僕」。そこで見た衝撃の光景とは……。本書の一部をお楽しみください。

*   *   *

「一泊千円」の生活とは

山谷の中で最も大規模と言われている日ノ出ハウスには、日雇い労働者が必要な設備が整っている。

(写真:iStock.com/Maudib)

数年前に改装されたという浴場は、ごく普通の銭湯のような造りで、清潔感もある。宿泊者はここで一日の労働の疲れを癒すことになる。入れ墨を入れた人が目立つのが特徴といえば特徴だけれど、いたって快適だ。この立派な浴場を利用できて一泊千円というのはかなりお得だ

あと共同スペースの娯楽室という部屋も設備され、将棋や囲碁のセットが置かれている。

僕と同じ部屋だったある男は、その娯楽室で将棋ばかりやっていた。僕がベッドで本を読んでいると、「いやー、一日中将棋やってると頭がおかしくなっちゃうよ」と言って部屋に戻ってくる。その将棋は一局五百円とか千円だけれど、実際にお金を賭けている

他にもテレビ室という大部屋があり、テレビの他に給湯器やガスコンロが置かれていて、ドヤの住人たちのたまり場になっている。

男たちが仕事から帰る時間になると、テレビ室は酒を飲んで晩酌をする姿や夕食を食べる姿で賑わう。男たちの夕食は、コンビニ弁当や総菜、カップラーメンが多く目につく。長期滞在のベテランになると、自前の鍋でラーメンやおじやなどを煮て食べる人もいる。

僕自身も、ただ部屋でぼけっとしていても暇なので、夕食の時間になるとこのテレビ室でカップラーメンを啜りながらテレビを眺めることが多くなった。

ここでは顔見知りというか、ドヤ仲間というか、いくつかのグループがあり、何だか楽しげに話が盛り上がっている。

あるテーブルを囲むグループからは、こんな会話が聞こえてきた。

「シロちゃんいないよな。どこ行ったんだろう」

「何だか横浜の方に行ったみたいよ。最近みんな横浜に行くよなー。何だか向こうは福祉なんかもいいらしいんだよ。酒飲んでもそんなにうるさくないみたいだし、ヤマ(山谷)のセンターは酒にうるせーかんな」

ここで男の言う横浜とは、ドヤ街の寿町のことだ。

たまり場のテレビ室で

また他のグループでは、こんな会話が飛び交う。

(写真:iStock.com/Rattankun Thongbun)

靴がなくなっちまったんだよな。違う靴と入れ替わっちゃってんだよ。言っちゃ悪りぃけど、俺の靴はもうちょっとましなやつだったぜ、茶色くてさ」

「十二月の終わりにけっこう盗みがあったんだよな。俺もトランジスタラジオ二つと安全靴やられたんだよ。気をつけた方がいいぜ」

多くの人が出入りするドヤ街では盗みの被害もある。日用品や仕事道具、そして現金までと、被害は様々だ。

またテレビ室では、絵に描いたような山谷らしいやりとりも交わされる。

一目で酒を飲んでいるなとわかる赤い顔をした男がテレビ室に入ってくると、部屋の中をグルリと見回し、知り合いがいるのを確認すると近寄っていった。

「ちょっと金貸してくれねーか」

男は開口一番そう言うと、知り合いらしき男が答えた。

「金はねーよ。貸しちまったら俺がここから追い出されちまうよ、悪りぃな。最近働いてねーんだよ。仕事があれば明日からでも働きてーんだけどよ」

赤い顔の男は渋い顔をしながら、今度はその隣にいた男に声をかけた。

「そんじゃ、よっちゃん金貸してくれよ」

「おう、いくらだ?」

「少しでいいよ、少しで」

赤い顔の男がニヤニヤしながらそう答えると、相手の男はズボンのポケットから二つ折りにされたヨレヨレの紙幣を取り出し、千円札を丁寧に五枚数えると、「ほらっ」と言って手渡した。

赤い顔の男は明日の仕事にあてがあるのだろうか、「明日の夕方、ここにいるでしょ。そんときに返すから」と言った。

「俺の利子は高いぞ、一万にして返せよ、ハハハ。でも俺が金がないときは、貸せよな」

そんなやりとりがあると、「よし、飲みに行くぞー」と言って二人で元気よくテレビ室から出ていった

そんな光景を眺めながらカップラーメンを啜っていると、テレビからはテレフォンクラブを利用した薬物昏睡強盗事件のニュースが流れていた。

隣の方から「あれは親が悪りぃんだよ。親の育て方が悪りぃんだぁよ」と、呂律の回らない声が聞こえた。

関連書籍

塚田努『だから山谷はやめられねえ』

ごく普通の大学生の「僕」は、就職活動を前にしてドロップアウト。そして始めた東京・山谷でのその日暮らし。宿なし・金なし・家族なしの中年男たちと寄せ場や職安に通い、飯場の世界にも飛び込んでいく。彼らは、そして就職を選べなかった「僕」は、ダメな人間なのか? ドヤ街の男たちと寝食を共にした一人の若者による傑作ノンフィクション。幻冬舎アウトロー大賞(ノンフィクション部門)受賞。

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だから山谷はやめられねえ

ごく普通の大学生の「僕」は、就職活動を前にしてドロップアウト。そして始めた東京・山谷(さんや)でのその日暮らし。宿なし・金なし・家族なしの中年男たちと寄せ場や職安に通い、飯場の世界にも飛び込んでいく。そこで「僕」が見たものとは……。幻冬舎アウトロー大賞を受賞した『だから山谷はやめられねえ』は、知られざる山谷のリアルを描いた傑作ノンフィクション。その一部を特別にご紹介します。

バックナンバー

塚田努

1974年生まれ。2005年、「だから山谷はやめられねえ」で幻冬舎アウトロー大賞(ノンフィクション部門)受賞、デビューを果たす。

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