1. Home
  2. 社会・教養
  3. 古生物のしたたかな生き方
  4. 「変化」って本当に必要なのか古生物に教え...

古生物のしたたかな生き方

2020.02.05 公開 ツイート

「変化」って本当に必要なのか古生物に教えてもらう 土屋健

「無気力だって立派な生存戦略なんですよ」。ある日、サイエンスライターの土屋健さんがおっしゃいました。話を聞いてみると、「無気力を極める」ことで繁栄に成功した古生物がいるとのこと。なにそれ? どういうこと?? 興味をひかれてあれこれ聞いたら、古生物の進化と絶滅の物語が現代人にも役立つサバイバル術のオンパレードだったので、『古生物のしたたかな生き方という書籍にまとめました。たとえばどんな古生物がいたかというと……。

最終回となる今回は、「変われないなら、変わらなくていい」というポジティブなメッセージを発信してくれる、ネコの進化の話。

*   *   *

一般社団法人ペットフード協会の調査によると、2018年末の段階で、日本国内で飼育されているネコの頭数は、イヌの頭数を70万頭以上上回っている。

ただし、飼育されている世帯数に注目すれば、実はイヌの方が圧倒的に多い。イヌの飼育世帯数が約715万世帯であるのに対し、ネコの飼育世帯数は約554万世帯。その差は161万世帯に達する。

161万世帯ともなれば、日本のほとんどの府県を上回る数字だ。総務省が平成30年7月11日に発表した資料によれば、161万世帯以上ある都道府県は、10都府県しかない。

それほどまでに、イヌの飼育世帯数は多い。

それにもかかわらず、ネコの飼育頭数が多いということは、ネコは多頭飼いが多いことを意味している。実際、ペットフード協会の調査では、1世帯あたりの平均飼育頭数は、イヌの1・24頭に対して、ネコは1・74頭と大きく上回っている(「0・5頭」が「大きい?」と思われるかもしれないが、日本人の近年の平均出生率を考えれば、「0・5」の大きさがわかると思う)。

ある意味で、ネコはイヌよりも愛され、現代日本に適応していると言ってもいいだろう。

イヌが人類の友となった理由の一端は、その柔軟な遺伝子にあった。イヌのもつ柔軟な遺伝子は、「犬種」という形で私たちの眼の前に現れており、その総数は国際畜犬連盟公認の犬種だけで340を超える。犬種が異なれば、からだのサイズから得意とする環境までさまざまな特徴が異なる。イヌは人類が“必要とする形”に適した姿となることで、今日の“地位”を築いてきたといえる。

一方、ネコにも「猫種」という品種が存在する。こちらは猫登録協会によると、公認されている猫種は50に満たないという。その中には、長毛のペルシャもいれば、短毛のアビシニアンもいる。しかし、イヌほどに猫種間の体格の差はない。

ネコは、イヌとはまったく異なる形で「人類の友」としての地位を得て、愛すべき存在となったのである。

身近なイエネコだけがネコというわけではない。「ネコ類」というグループで見たとき、彼らは狩人として各地の生態系の上位に君臨している。

ライオン然り、トラ然り、ジャガー然り、ヤマネコだってそうだ。現生のネコ類は、強者としても一定の“成功”をおさめているのである。

“棲み良い環境”に居続けてもいいじゃない

ネコの歴史を遡ると、約5500万年前に登場した「ミアキス類」という動物にたどり着く。全長20センチメートルほどの「ミアキスMiacis)」に代表されるイタチ似の姿をもつ哺乳類たちだ。

本書をページ順に読んできた方は、「え? ミアキス類?」と思われたかもしれない。そう、イヌ類の祖先として紹介したグループである。

実は、ミアキス類は、イヌ類とネコ類の共通祖先なのだ。

より正確に言えば、ミアキス類は「食肉類」と呼ばれるグループの共通祖先とされる。食肉類には、クマ類や鰭脚類(アシカ、アザラシ、セイウチのグループ)なども含まれる。こうした哺乳類の歴史はみな、ミアキス類から始まる。

そんなミアキス類が暮らしていたのは、当時の地球の広い地域にあった亜熱帯の森林だった。

温暖な気候、豊富な餌、天敵の少ない樹上生活。

そんな“楽園”が祖先たちの生活の場だった。

しかしやがて地球環境が変化し、寒冷化が進むと亜熱帯の森林は縮小。草原が拡大した。イヌ類は、草原の生活に適応するように進化を重ねていった。

このとき、ネコ類とイヌ類は袂を分かった。

イヌ類が草原という新たな環境にあわせて進化した一方で、ネコ類は森林に留まり続けたのである。

「縮小」はあくまでも「縮小」で消滅ではない。すべての森林が消えたわけではない。何も環境の変化にあわせなくても、生きていくことはできたのだ。

さて、イヌ類は環境変化にあわせてすぐ登場したが、実はネコ類はなかなか登場しなかった。

ネコ類とその近縁種をあわせた大きなグループを「ネコ型類」という。ネコ型類には「ネコ類ではないけれども、ネコ類に近いグループ」がいくつも属している。

先に登場したのは、こうした「ネコ類ではないネコ型類」だった。

縮小しつつある森林に「ニムラブス類」というグループが現れた。

ニムラブス類は、「ホプロフォネウスHoplophoneus)」に代表される。頭胴長1メートルほどのこの動物は、「ネコ類ではない」けれども、現生ネコ類のヒョウととてもよく似ている。首の筋肉は発達し、四肢もがっしりとし、しかし、全体的にはしなやかなからだ。ちょっと犬歯が長いけれども、すでに現生のネコ類と変わらぬ姿をしていたのである。

すなわち、「型」の文字があろうがなかろうが、「ネコは最初からネコ」なのである。

強者には変化は必要ない?

ニムラブス類の登場以降、ネコ型類にはいくつもの種類が現れた。

その姿はいずれも現生のネコ類とよく似ている。

たとえば、「バルボロフェリスBarbourofelis)」というネコ型類がいた。バルボロフェリスは、ニムラブス類とは別のグループに属するネコ型類だ。「バルボロフェリス」という名前(属名)をもつ種は複数いて、その中でも最大の大きさをもつ「バルボロフェリス・フリッキBarbourofelis fricki)」は頭胴長が1・6メートルに達した。この大きさは、現在のアメリカに暮らすジャガーとほぼ等しい。がっしりとした体格で、首には太い筋肉があったとされる。国立科学博物館の冨田幸光たちが2011年に著した『新版 絶滅哺乳類図鑑』(丸善)では、「筋肉質で、外見的にはクマのようなライオンと形容されそうな印象」と紹介されている。

明らかに生態系の上位に君臨する者の姿。そして、クマのように見えても、あくまでも「ライオンのような姿」である。

やはり「ネコは最初からネコ」なのである。

約2300万年前から約530万年前までの地質時代を「中新世」と呼ぶ。より正確に書けば、「新生代新第三紀中新世」という時代だ。

この中新世の半ばになると、ネコ型類の中についにネコ類が登場した。

初期のネコ類をいくつか挙げてみよう。

まずは、中新世に登場し、さほど間を置かずに滅びたネコ類として、「メタイルルスMetailurus)」がいる。頭胴長1・5メートルのこのネコ類は、現生のピューマとよく似ている。

メタイルルスと同時代に生きていた、より大きなネコ類として「マカイロドゥスMachairodus)」を挙げることもできる。こちらの頭胴長は2メートルほどで、トラに似ていた。

もちろん、ピューマに似ているとは言っても、メタイルルスはピューマと比べると後ろ脚が長いし、マカイロドゥスもトラに似ていてもトラよりも首が長く、筋肉質である。

しかし、やはり「ネコはネコ」であり、現生のネコ類がもつイメージから大きく外れることはない。

彼らは各地の生態系で上位に君臨し、そのしなやかなからだを存分に使って、狩りに勤しんでいたと考えられている。

ニムラブス類以降、ほとんど姿を変えなかったという事実こそが、彼らがいかに“強者”であり、“完成された姿”だったのかを物語る。

ネコ型類にみられる歴史もまた、人間社会を彷彿させる。

他者を圧倒するような、自分なりの強みをもってしまえば、自らを変えることはなくても、生き残っていける可能性はあるのだ。

ただし、実は一点だけ、かつてのネコ型類と現生ネコ類の大きなちがいがある。

ホプロフォネウスもバルボロフェリスも、メタイルルスもマカイロドゥスも、そのいずれの種類においても、上顎の犬歯が長いのだ。

いわゆる「サーベルタイガー」だったのである。

現生のネコ類には、彼らほど長い犬歯をもつ種は存在しない。

なぜ、彼らは長い犬歯をもち、現生ネコ類は長い犬歯をもっていないのか。その謎はまだ解明されていない。

そもそも、彼らの長い犬歯は何の役に立っていたのだろうか?

この疑問に関しては、いくつかの研究結果が発表されているので、良い機会だからサーベルタイガーの代表的な存在である「スミロドンSmilodon)」を例に紹介しておこう。

スミロドンは、中新世の次の地質時代である鮮新世に登場し、その後、約1万年前まで生きていたネコ類だ。その命脈は250万年間を優に超える。頭胴長は1・7メートルほどと現生のトラのやや小さな個体と同サイズ。全身ががっしりとした体つきで筋肉質、四肢は短く、尾も短いという姿である。近距離決戦・短期制圧型の戦闘スタイルが得意だったようだ。

スミロドンの犬歯は実に15センチメートルにおよぶ。ドラキュラも真っ青の長さである。クレムゾン大学(アメリカ)のM・アレクサンダー・ワイソッキたちが2015年に発表した研究によると、この犬歯は月間6ミリメートルの速度で伸びていたという。

当然のことながら、この長い犬歯を有効に使うには、口を大きく開く必要がある。そのため、スミロドンの下顎は、実に120度まで開いたとされる。直角を大きく超えても、彼らの顎がはずれることはなかった。

スミロドンの犬歯はナイフのように鋭い。ただし、ナイフのように厚みがないために、横方向の衝撃には弱かったとされる。これは、武器としてはあまりよろしくない特徴である。

そのため、スミロドンの犬歯は格闘時にはほとんど使われていなかったとの見方が強い。

彼らのメインの武器は何だったのかといえば、それは前脚だった。がっしりとした前脚が繰り出す“ネコパンチ”こそが、最大の武器だったのだ。カリフォルニア州立工科大学ポモナ校(アメリカ)のカサリン・ロングたちが2017年に発表した研究によれば、スミロドンは幼い頃から前脚が発達していたという。

幼少の頃から腕っ節が強かったわけだ。

では、長い犬歯は何の役に立ったのかといえば、“トドメの一撃専用”という見方が主流である。抵抗しなくなった相手の首に突き刺し、そして、血管や気道などをえぐりとっていた可能性が指摘されている。

スミロドンだけでもその歴史は数百万年間におよび、犬歯の長いネコ型類の歴史はそれこそホプロフォネウスまで遡る。

したがって、この長い犬歯が彼らの繁栄に一役買っていたのは間違いない。しかし、なぜか現生のネコ類には長い犬歯をもつものがいないのである。その理由はよくわかっていない。

一つ言えることは、「ネコは最初からネコ」であり、そして生態系の上位に君臨する“強者”であり続けた。そして、現在も“強者”であり続けているということだ。

イヌのように“環境にあわせて”生きていかなくても、強者であれば“自分のスタイル”を保ち続けることができる。そんな例といえる。

あなたはイヌだろうか、それともネコだろうか。

*   *   *

古生物のしたたかな生き方』では90種類以上の古生物を紹介しています。そのどれもが「そういう生き方&考え方もあるか……」と思わず参考にしたくなるものばかり。ぜひとも読んでみてください。

関連書籍

土屋健/芝原暁彦/田中順也『古生物のしたたかな生き方』

生きるって、死ぬほど大変。 知れば知るほど感動する! 古生物たちの究極サバイバル術!! 「敗北=死」のキビシイ世界を生きていた古生物たちは、ニンゲンよりも「したたか」だった! 本書では、気鋭のサイエンスライターが古生物達の面白すぎる生態をわかりやすく解説。 古生物たちはどう進化したのか? なぜ絶滅したのか? 生きるヒント満載の30項目(紹介する古生物は90種以上)!

{ この記事をシェアする }

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP