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メデューサの首

2019.12.14 更新 ツイート

麻薬組織幹部(42)は高圧水流で腹を裂かれ…内藤了

老いた微生物学者×毒舌美人刑事のコンビがゾンビ・ウイルスを捜し東京中を駆ける!「猟奇犯罪捜査班 藤堂比奈子」シリーズ著者が描く戦慄のパンデミックサスペンス、試し読み第1回。

*   *   *

◆Prologue◆

ジーッ……と音を立てながら、死体収納袋のジッパーが開く。搬送して来た警察官らは、すでに現場で死体を見ていたにも拘わらず、肉が外気に触れて放つ悪臭に顔をしかめた。

検視官助手がジッパーの奥を覗き込み、ステンレス製のストレッチャーに死体を載せるよう指示を出す。警察官らは収納袋の内部に腕を突っ込み、

「One, Two, Three, Go!」

かけ声と共に死体を引き抜きストレッチャーに載せた。

(写真:iStock.com/JANIFEST)

粘っこい体液が糸を引き、焼け爛ただれた皮膚の一部が収納袋に残される。検視官助手はピンセットでそれを剥ぎ、解剖用のトレーに受けた。

「Cruel」

酷いな、と吐き捨てる。死体は成人男性のもので、皮膚は緑色に変色し、下半身は腐敗ガスで膨張していた。口が開き、眼球と舌が飛び出しているが、もっと恐ろしいのは腹部であった。

電子体重計で重さを計測し、若い検視官助手がメモを取る。次にはレーザーを使ってサイズを測る。先ず身長、そして頭部から順に大きさを。そうしながら彼は腹部に何度も視線を送る。

死体は胸部から下腹部にかけて十文字に裂け、内臓が外にはみ出していた。切れない刃物でもてあそばれたかのようにズタズタで、腹部には血液ではなく水が溜まっていた。ズボンは焼け焦げ、生地と皮膚とがくっついている。

上半身は裸で、首、両手首、両足首に、それぞれ二本の傷跡が残されていた。線状に皮膚が剥げ、拘束を解こうと闇雲に手足や頭を振り切ったことが窺える。なるほど、腹部の傷も生前につけられたものだろうと、検視官助手は理解した。

すべての写真を撮り終えると、彼は死体のズボンをハサミで切った。皮膚から剥がしながら写真を撮って、その都度体重を計っていく。

「It looks like a dissected corpse.」

すでに解剖された死体みたいだな、と彼は言う。その通りだと警察官は思った。

哀れな死体は廃墟の火事場跡から、20数体もの焼死体と一緒に見つかった。焼死体のほとんどは性別もわからないほど黒焦げになっていたのだが、この死体だけは床下の貯水槽に沈められていて無事だったのだ。

「OK」

検視官助手は顔を上げ、解剖の準備が整ったことを顎で示した。死体は解剖室へ運ばれて法医学者が傷口に触れる。生活反応があるんだな……何で切り裂いた跡かなあ……モゴモゴと口の中で呟つぶやいて、患部を丁寧に探っていき、特殊な切り口を写真に収める。

哀れな男の司法解剖には、通常よりも長い時間が費やされた。

 

廃ビルの火災現場から23遺体・テロ組織による見せしめか:5月4日 APF

フィリピンの検察当局は4日、ミンダナオ島の廃ビルから、少なくとも23人の遺体を発見したことを明らかにした。火災を起こした廃ビルの複数階から見つかったもので、ほとんどが性別不明なほど黒焦げになっていたが、貯水槽内部で発見された遺体は状態がよく、麻薬組織を牛耳っていた男性(42)ではないかと言われている。遺体は生きたまま高圧水流で腹を裂かれた形跡があり、見せしめのため貯水槽内に遺棄されたものと見られる。

ミンダナオ島では麻薬組織の抗争による殺人が後を絶たず、今回の大量殺人はここ数年で最も大規模なもの。抗争の背景は対立する麻薬組織同士の陰惨な縄張り争いの他にも、武器商人やテロ組織などに商売の幅を広げ始めたマフィア内部の事情があるという。

検察は治安上の理由から遺体発見の正確な場所を公表していない。遺体のほとんどは損傷が激しく、身元の特定は難しいだろうと言われているが、当局は身元が判明している男性の周囲を捜索することで事件の全容を明らかにしたいと語っている。 ©APF:Andy Odum

◆Chapter1 大学教授 坂口信◆

海外のネットニュースに不穏な事件が報じられていると、坂口信(のぼる)は夕食後に妻から聞かされた。テーブルを囲んで二人、それぞれのマグカップで熱いネスカフェを飲んでいる時のことだった。

坂口も妻もコーヒーが好きだ。坂口が仕事で帰りが遅くなる夜に、コーヒーは妻の友人だった。

(写真:iStock.com/TAGSTOCK1)

坂口が現役を退いて、夕食後にようやく二人の時間が持てるようになった今、なぜか坂口自身は、穏やかで長い夜に身の置き場がない気持ちになっていた。妻と共通の話題は子供たちのことぐらいだし、家のことは万事妻が取り仕切っているので、家に居ても出番がないのだ。

そんな坂口の心中を察してか、妻はせっせと話題を提供してくる。ネットニュースの不穏な事件も、そうした話題のひとつであった。

「それでね、幸子(さちこ)があなたに聞いてくれないかって」

幸子というのは妻の友人の名前である。その友人も老後を迎え、自分の夢を叶えるために小説を書くことにしたらしい。女性らしく自伝や恋愛小説を書くつもりかと思ったら、なんとホラージャンルに手を出したという。

小説を読む習慣がない坂口は、老いた女性がなぜ怖い話を書きたがるのか、まったく理解ができずにいる。

「水でお腹を裂くなんて、彼女には想像もできないんですって。私もさっぱりわからない。水でそんなことができるのかしらね」

坂口は外科医の免許を持っている。当然ながら人体がどのように構成されているのかについて知識もある。だからこそ、水圧で腹を裂かれるおぞましさには震えが来る。妻は屈託のない顔で訊ねるが、それは彼女が想像できないからだ。ネットニュースの内容からしてホラー作家(志望者)が喜びそうなネタだと思うが、こんな血なまぐさい事件の話を、善良な妻に聞かせて欲しくない。

坂口は密かに、にわか作家の友人を恨んだ。

「水か……そうだな……今はね……」

夕刊を読むためかけていた老眼鏡を外して、なるべく妻に刺激を与えない言葉を探した。

水圧で物質を切る技術があるんだよ。ガラスやステンレスもきれいに切れる。レーザーのようにね」

「じゃ、医療用メスのように使ったのかしら」

「見せしめというからには違うと思うね。例えば消防車の放水ポンプも、けっこうな水圧があるんだよ。大の大人が簡単に吹き飛ばされるほど強力なんだ。水そのものは柔らかい印象があるけれど、高い場所から飛び込めばコンクリート並みの堅さを感じるのと同じでね、放水ポンプの前に人が立ったら、命の危険があるほどなんだよ」

妻は目を丸くして質問をやめた。殺人に水が使われたことのおぞましさに気がついたのだ。

……とてもむごい殺し方をしたってことね

そう呟いて、聡明にも自ら話題を取り下げた。

だが、ダメージはむしろ坂口に来た。

(写真:iStock.com/idildemir)

マフィアのボスか、裏切り者か、貯水槽に沈められていた男は、むごいなんて言葉で言い表せないほどの目に遭ったのだ。20人以上の死体が出たというのなら、その者たちも同じようにされたのだろうか。

いずれにしても、それが海外の話でよかった。現実はホラー小説の何十倍もむごたらしい。

「そう言えばあなた。兎屋さんに電話して、豆大福を予約しておきましたよ。明日、忘れずに取りに行ってくださいね」

妻はもう水圧のことなど忘れたかのように、明日の予定に話題を変えた。

坂口は明日、大学の恩師の家へ呼ばれているのだ。

「ありがとう。そうするよ」

チェストに飾った置き時計が、カチ、コチ、カチ、と秒針を鳴らす。現役だった頃は気付くことさえなかった音だ。妻がコーヒーを啜る音、どこかの犬が吠える声、静かな夜を堪能しながらも、秒針が刻んでいるのは自分たちの人生でもあるのだと思った。

目の前には、白髪が目立ち始めた妻がいる。

あとどれくらい残されているのかわからない時間を、どう使うのがいいだろう。

 

*   *   *

 

つづく――。次回12/18(水)更新。恩師の家へ向かった坂口を待ち受けるものとは。

内藤了『メデューサの首 微生物研究室特任教授 坂口信』

微生物学者の坂口がある日発見した新型ウイルス。感染したラットは互いを獰猛にむさぼり喰い、死んでいった。後輩に処分を任せたが後日、ウイルスを手に入れたという謎の団体から首相官邸に犯行予告が届く。人質は、全国民。目的は何なのか?毒舌女刑事・海谷とウイルスを捜すが、都内では次々と爆破事件が発生し―衝撃連発のサスペンス開幕!

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メデューサの首

致死率100%、ワクチンなし!? 最凶のゾンビ・ウイルスを奪還せよ!! 定年後の老教授×毒舌の美人刑事の凸凹コンビが東京中を駆ける――波留主演「藤堂比奈子」シリーズ著者が贈る極上のパンデミック・サスペンス開幕!(本記事は『メデューサの首 微生物研究室特任教授 坂口信』[2019年、幻冬舎文庫]の試し読みです)

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内藤了

長野市出身、在住。長野県立長野西高等学校卒。デザイン事務所経営。2014年、日本ホラー小説大賞読者賞を受賞した『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』でデビュー。同作から始まる「藤堂比奈子」シリーズは広く支持を集め、16年、連続テレビドラマ化。その他「よろず建物因縁帳」シリーズなど、著書多数。

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