1. Home
  2. 生き方
  3. 月が綺麗ですね 綾の倫敦日記
  4. ロンドンの三十路女性たちは、なぜ元子役ア...

月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

2019.08.02 更新 ツイート

ロンドンの三十路女性たちは、なぜ元子役アイドル・アリアナを聴くのか鈴木綾

会社の若い女性社員とやっているスラック・グループがある。今年の2月8日に、そのチャットが普段より盛り上がっていたのだ。

「アリアナの新アルバム、聴いた? チョーやばいんだけど」
「今日は仕事しながらそればかり聴いてる」

そう。2月8日、アメリカのアイドル、アリアナ・グランデが5枚目のアルバム「thank u, next」を出して、一躍歴代のトップ女性歌手の座にのし上がった。1日のストリーミング回数がSpotifyで女性アーティストとして歴代最多になった。リードシングル「thank u, next」がリリース後最初の24時間にYouTubeで最も見られた動画という新記録を達成した。

 

私もアリアナのビッグ・ウエーブに乗ってしまった。ホームパーティーで友達と「NASA」を大合唱した。ドイツに住んでいる友達とライブに行くことを決めた。我々チョー忙しい金融ガールズはオフィスでエクセルで作業しながらイアホンつけて大音量でアリアナを聴いた。

それまでにアリアナを聴いていた同世代の人たちはそんなにいなかった気がする(ちなみに、私はギリギリ昭和生まれ)。どちらかというと、アリアナのようなベタなポップスは10代が聴くもんだと思っていた。彼女は元ディスニーの子役スターで歌詞も見た目も少し幼くて、マライア・キャリーのような広い声域を見せつける曲が多かった。本当のアーティストじゃない、というのがなんとなく周りの判断。

普通、アイドルのファンになるのは10代の子たち。では、どうしてそんなアリアナが今回幅広い女性の心に響いたのか。

去年の11月に販売されたシングル「thank u, next」からヒントを得ることができると思う。

「thank u, next」でみんな驚いたのは歌詞の正直さ。アリアナは婚約を解消した元彼氏と自殺した元彼氏の実名を挙げて赤裸々に「ありがとう、次に行く」と。傷ついたけど、おかげで強くなったよ、ありがとう。こんなに正直に過去のことを語るアイドルは今まででいなかった気がする。

この正直さが今のSNS時代を生きている20代・30代の人たちにグッときたんだと思う。私たちは今までの世代と違って人生の半分以上をネットで生きている。親友がアップしたビーチで撮った自分のビキニ写真のインスタで見ても、その友達が本当に幸せなのか、それとも注目だけを集めたいのか、分かりようがない。SNSにある情報ってなんとなく嘘っぽく見えるけど、みんなが使っているので使ってしまう。セレブの噂が飛び交うネットを見ているアリアナはそんな気持ちをよく分かっているはず。

SNS時代への対処法は、過剰なほどギリギリ誠実に自分を語ること。誠実さを欠いているビキニ写真や海外旅行の写真を「うそっぽい」って避難することはいくらでもできるけど、正直に自分の辛い思いや自分の弱さを語ると人は非難できない。私たち、20代・30代の女性たちは10代からSNSを使っているから、自分をよく見せるコンテンツをあげるのにはもう飽きた(この現象をよく表すのは、若者がわざと自分のブサイクな写真を載せるインスタ裏アカの増加)。

歌詞以外でもアリアナはツイッターでファンたちに正直に話す。まるで友達とのLINE会話のように自分が精神的な病気になった、泣いた話を全部明かして親近感を作る。

この親近感は日本人のアイドルも感じさせるけど、若干違う。AKBのような今時の日本のアイドルは近くて遠い存在で、かわいいけど美人じゃない。ファンたちとよくSNSでコミュニケーションを取っているけど、そこには私生活がなくて汚れている部分がない。でもアリアナはいいところも悪いところを含めて本当の自分を露出する。そのことをアリアナのファンが魅力的に感じていると思う。

今回のアリアナのアルバムが幅広く女性に愛されている二つ目の理由は、アリアナは現代女性の精神を具体化していることにあると思う。私たちは強くて自立しているし、お金を稼いでいる(残念ながら男性ほど稼いでいないけど)。アリアナがティファニーで女友達6人にダイヤモンドの指輪を買った話を歌っている「7 Rings」という曲がそんな女性の消費力を実証する。

私たちの世代の女性は、お金があってちゃんと自分で管理している。と同時に、自分のセクシュアリティもコントロールしている。アリアナもそう。 「Don't want you in my bloodline, yuh / Just wanna have a good time, yuh」(私の血筋にあなたはいらない/ただ一緒に楽しい時間を過ごしたいだけ)とアリアナが「bloodline」という曲でセックスフレンドとの関係について歌う。恋愛関係でもアリアナは自分でルールを決める。

その一方で、アリアナは自分の弱さを認めている。「I'm obsessive and I love too hard / Good at overthinking with my heart」(依存して愛しすぎちゃう/考えすぎるのが得意)、とアリアナがアルバム2曲目「needy」(要求しすぎる)で歌う。アリアナのように完成度が高くて仕事に一所懸命な女性たちでさえ愛されたいし、不安を抱えているし。正直にそれを歌うアリアナがいる世界の方が恋人や友達に自分のそういう部分を見せやすい。

最後にもう一つ。

アリアナは今のすごく政治的な時代、“engagé”な時代にあっていると思う。覚えている方たくさんいると思うけど、2017年の彼女のマンチェスターライブで爆破事件があってたくさんの若いファンが死んだ。アリアナ自身はその後PTSDになったけど、事件から一年、彼女はまたマンチェスターに戻ってライブをやった。彼女は自分のファンたちへの責任をよく自覚している。他にもいろんな慈善活動をしていて、自分のセレブとしての立場を世界をよくするために生かしている。アリアナのようにホームレスやLGBTのために声を上げている日本のアイドルを私は知らない。

現代社会は複雑。私と一緒に仕事をしている女性たち、こちらで友達になっている女性たちはみんな学歴が高くて、ルックスに力を入れているし、将来に野望を持っている。と同時にこんな頑張っている私たちは辛いこともたくさんある。アリアナの音楽を聴くと複雑な時代に複雑な自分のままで居てもいいんだと思う。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

コメント

月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。

バックナンバー

鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。現在はロンドンの投資会社に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

 

 

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP