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警察用語の基礎知識

2019.06.25 公開 ポスト

「容疑者」と呼ぶのはメディアだけ古野まほろ(小説家)

最近、ショッキングな事件が続いています。ニュースでは連日「容疑者」といったワードが飛び交っていますが、実はこの呼び名、警察官はあまり使わない、ニュースなどのメディアが主に使っている用語だということはご存知でしょうか。

元警察官でありキャリア官僚であったミステリ作家の古野まほろさんが、ドラマや映画でよく耳にする警察用語を易しく解説する幻冬舎新書『警察用語の基礎知識』。「警察モノ」ファンのみならず、警察官志望者、警察エンタメの作者にもおススメの本書より、このメディア用語に関する部分をピックアップしました。(幻冬舎plus・柳生一真)

※なお、記事とするに当たり、太字化、改行、省略などの大幅な編集を行いましたので、著者の原稿とは異なる部分があり、その編集による文責は幻冬舎にあります。

犯罪を犯した疑いのある者、は「容疑者」ではなく「被疑者」

(写真:iStock.com/AH86)

殺人事件の犯人でも、振り込め詐欺の犯人でも何でもよいですが、メディアがその検挙を報じるとき、その敬称(?)は「容疑者」ですね。古野容疑者、見城容疑者といった感じで。

そしてこれは、嫌疑が晴れて「古野さん」に戻るか、いよいよ裁判所に起訴されて「古野被告」になるまでずっと変わらないわけですが──ただ、この「容疑者」という言葉は実はメディア用語で、業界ではほとんど使われません

業界だと、このニュアンスの言葉は──より正確には「犯罪を犯した疑いのある者」の呼称は「被疑者」、ヒギシャでほぼ統一されます(もちろんヒギシャが起訴されれば被告人となります)。

ですので、例えば私が捜査線上に浮かび、検挙され、検察官によって起訴されるまでの間は、ほぼずっと古野被疑者と呼ばれ/書かれます。業界人が「古野容疑者」と呼ぶのは、かなりのレアケースです。

 

一説によれば、メディアが「容疑者」という呼称を用いるのは、例えば「被疑者の古野」と「被害者の古野さん」が発音としてとても近く、かつ、我が国の文化として被疑者=犯人だ、という悲しい誤解もあるので、両極にある被疑者・被害者の混同を避けるために、「容疑者」という呼称を用い始めたからだ──とのこと。

そういえば、私が幼かった頃は、そもそも被疑者はメディアでは呼び捨てでした。

 

ただ、ならば業界において「容疑者」が絶対に使われないかというと、経験上はそうでもありません。

昭和の古い法令だと、そのまま「容疑者」という用語を使っているものも──ごくごくわずかですが──ありますし、それよりも、事件ごとに作成される捜査書類において、「容疑者」という用語を見かけることはありました。

例えば、『容疑者割り出し捜査結果報告書』のような感じのものは、まま見かけます。

警察における「容疑者」

(写真:iStock.com/Kritchanut)

では、それがどのような文脈で使われ、ヒギシャとどのように切り分けられているかというと……私は理論的な正解をとうとう知らないまま退官してしまいました。

ただ、見た範囲では、捜査のかなり初期段階において「容疑者」という呼称がされているケースが多かったです。

イメージとしては、そうですね……まだヒギシャとまではいえないが、取り敢えず捜査線上に浮かんできた被疑者候補、これから初動捜査をして被疑者性の見極めをしなければならない者、純然たる市民でも参考人でもないが、といってヒギシャとして表現するには抵抗がある者──そうしたモヤモヤッとした、白とも黒ともグレーともつかない被疑者候補を、容疑者と呼んでいた感じがします。

きっと、平均的な警察官をつかまえて「被疑者と容疑者はどう違う?」と質問したとしても、「知らない」「そんなことは実務に関係ない」あるいは「捜査書類に書くときだとちょっと考えるかも知れないが、普段はあまりこだわらない」と答えると思います。

 

まあ、捜査書類が着々と作成されてゆき、例えばいよいよオフダまでろうかといったあたりでは、100%がヒギシャと呼称されます

そもそも、捜査の基本となる刑事訴訟法が「被疑者」で統一していますので、刑事訴訟のための捜査書類がヒギシャを用いるのはむしろ当然でしょう。

そして、刑訴法以外の法令でも「被疑者」を用いる派が圧倒的で、その数は「容疑者」派と比較になりません(ちなみに法令用語は、古ければ古いほど用語にブレがあり、新しければ新しいほど狂気・執念を感じるほど用字用語の整合性を持ちます)。

ゆえに、もし創作物等でリアリティを求めるなら、ヒギシャを使用するのが「いかにもそれっぽい」でしょう。

 

ちなみに、別項でも述べますが、「被疑者」の業界用語はそのままヒギシャか(言い換えるほど音が長かったり誤解を含んでいないので)、ちょっとボカしたいとき、例えば出先で市民の方に聞かれたくないとき等はマルヒです。「ホシ」は100%ありません

*   *   *

同じく「重要参考人」も、警察官が使わないメディア用語のひとつだそうです。警察用語についてもっと詳しく知りたい方は、幻冬舎新書『警察用語の基礎知識』をご覧ください。

関連書籍

古野まほろ『警察用語の基礎知識 事件・組織・隠語がわかる!!』

警察そのものへの好悪は別にして小説、映画、ドラマ…etc.と『警察モノ』は絶大な人気を誇る。本書は、それらとリアルな警察との橋渡しをするべく、元警察官でありキャリア警察官僚であった人気作家が、よく使われる言葉を、「事件」「警察関係者」「警察組織」「隠語」の4ジャンルに分け、虚実も含めて平易かつ正確にエッセイ形式で解説した。『警察モノ』ファンのみならず、警察官及び官僚志望者、警察エンタメの作者、現場での刑事訴訟法の活用を知りたい学生にも「警察というカイシャ」の実態がわかる画期的な警察読本。

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古野まほろ 小説家

東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書等多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事。小説多数。

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