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2018.12.28 公開 ツイート

トランプ大統領にも「苦悩」がある 杉本宏

就任1年目の2017年に続き、世界中がまたしてもトランプ大統領に振りまわされた2018年の終わり、ブッシュ元大統領の国葬が行われました。国際秩序の構築・維持に熱心だったブッシュと無頓着なトランプ。まったく対照的に見える二人ですが、抱えていた(いる)苦悩は同じだと、ジャーナリストの杉本氏は指摘します。

* * *

ブッシュ元大統領の国葬が執り行われたワシントン大聖堂(写真:iStock.com/BrianPIrwin)

ブッシュ氏国葬で浮いていたトランプ大統領

米国の第41代大統領ジョージ・H・W・ブッシュ氏(在任期間、1989~93年)の国葬が今月5日、ワシントン大聖堂で執り行われた。平成元年に就任した大統領が平成最後の年に亡くなったことに運命的なものを感じ、未明にもかかわらずCNNの実況中継を最後まで見てしまった。

参列した歴代大統領が式次第に従って賛美歌を口ずさみ、使徒信条を朗読しても、トランプ大統領だけは口を閉ざしたまま。どこか居心地が悪そうで、周囲から浮いた存在のように映っていた。

 

さっそく、その様子は二人の大統領の政治・外交姿勢の違いを物語っている、と伝える報道が相次いだ。ブッシュ氏の国際協調主義に対し、トランプ大統領の米国第一主義――米メディアは、二人の姿勢を対比し、ブッシュ氏が重んじた「リベラルな国際秩序」が揺れていると報じた。

たしかに二人の姿勢は対照的だ。ブッシュ氏はベルリンの壁崩壊からソ連崩壊に至る激動の時代をかじ取りし、東西冷戦に幕を引いた。湾岸戦争では、国連安保理で武力行使容認決議を取りつける努力を積み上げ、多国籍軍を編成した。北米自由貿易協定(NAFTA)を主導したのもブッシュ氏だった。彼が目ざしたのは、民主化と法の支配、自由貿易、多国間主義、同盟関係を基盤とする秩序だった。

一方、トランプ大統領は、多国間で物事を決める仕組みに刃を向ける。トランプ政権は、ユネスコと国連人権理事会からの脱退を表明し、環太平洋経済連携協定(TPP)、地球温暖化対策をめぐるパリ協定、イラン核合意からも離脱した。つい最近も、米ソが結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を宣言し、予定していた米ロ首脳会談を土壇場でキャンセルした。

中国には貿易戦争を仕掛け、そのあおりでアジア太平洋経済協力会議(APEC)は首脳宣言を出せなかった。アルゼンチンでのG20サミットも「保護主義と闘う」との文言を盛り込めなかった。欧州の同盟国や日本にも軍事費の負担や通商問題で容赦なく批判を浴びせる。

ブッシュ大統領も天安門事件への対応は手ぬるかった

しかし、二人は似たもの同士でもある。米国にとって戦略的に重要な権威主義国が人権弾圧に乗り出したときの拙い対応では、同じ穴の狢だとワシントン・ポスト紙のコラムニスト、シーセン氏は指摘する。

いま、サウジアラビアの反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコのサウジ総領事館内でサウジの当局者によって殺された事件で、トランプ大統領は米議会とメディアから「人権擁護より安保・経済優先」と攻められている。米国が敵視するイランの封じ込めに米国の長年の戦略的パートナーであるサウジの協力は不可欠、そのうえ巨額の兵器購入も呑んでもらっているとの理由から、大統領はCIAの調査結果を無視して、サウジの実権を握るムハンマド皇太子の関与と責任を不問にする構えだ。制裁も実行犯の米国ビザ取り消しだけと軽い。

こうしたトランプ政権の生ぬるい対応に対し、米議会の反発は党派を超えて広がる一方だ。13日には、共和党主導の上院で皇太子を非難する決議案が満場一致で、イエメン内戦に介入するサウジへの軍事支援を中止するようトランプ政権に求める決議案が賛成多数で採択された。

同様に、ブッシュ氏も1989年6月の天安門事件では、議会とメディアから猛批判を浴びた。米国人の人権感覚と米国の地政学的な戦略的利益にうまく折り合いをつけたとは言い難い。

1989年6月、天安門広場は学生と市民で埋め尽くされた(写真:iStock.com/superjoseph)

当時、共産党指導部は、北京の天安門広場で繰り広げられた学生の民主化要求デモを「動乱」と断定し、軍を投入して武力で制圧した。ブッシュ政権は、対中兵器売却と軍指導部の相互訪問の中止などの制裁を科したが、多くの議員が求めた穀物禁輸や駐中国米大使の召還などには応じなかった。そればかりか、翌月には、スコウクロフト大統領補佐官(国家安全保障担当)の極秘訪中、ボーイング社製の航空機売却などで関係打開への布石を打ち始めた。

ブッシュ大統領が鄧小平主席に宛てた同年6月20日付の書簡を見てみよう。

「鄧主席、私は重苦しい気持ちでこの手紙を書いています。米中間の良好な関係が両国の基本的な利益に適うと確信していることは分かっていただけると思いますが、(中略)この重要な関係を維持するためにお願いしたいことがあります。(中略)私の国の建国の原則を思い出してください。民主主義と自由――言論と集会の自由、恣意的な権威からの自由――です。これらは、否応なしにアメリカ人の見方と他国での出来事への対応の仕方に影響を与えます」

ブッシュ大統領は、こう「古い友人」(朋友)に諭し、茶の間のテレビで米国民は天安門の惨状を見ており、「米大統領として講じた措置は避けることができませんでした。(中略)より厳しい措置を求める声もあるが、私は抵抗しました。貴方と私で一生懸命に築いた関係が壊れるのを見たくなかったからです」と主席の懐柔を試みた。

当時、国務長官を務めたベーカー氏は、ブッシュ氏の対中関与政策が長期的には間違っていなかったと回顧するが、それをゴリ押しした印象は免れない。約半年後のスコウクロフト補佐官の2回目の訪中では、中国側の歓迎晩餐会で乾杯の発声をする姿がテレビに映し出され、米国民の反発は一層高まった。

日本がトランプにハシゴを外されなくなる方法とは?

米大統領には、米国が「民主主義の大国」であるがゆえの苦悩がある。ブッシュ氏の友人で、同時代にカナダの首相を務めたマルルーニ氏は、追悼の辞の中で「米国は、神がこの地につくった最も偉大な民主主義の共和国です」と述べたが、米国人はみな、そう確信している。

この強烈な「アメリカ的信条」のせいで、人権問題に関する限り、「静かな外交」は選択肢になり得ない。声を上げて当事国を非難し、厳しい制裁を科すことが当然視される。つまり、それが社会の「常識」なのだ。他国の人権状況でも米国の理念を尺度として判断するため、大統領が国民の人権意識と地政学的現実に折り合いをつけることは至難の業だ。

日本政府には、関与し続けることによって当事国を改善の方向へ導くという考え方が根強く、声を上げて他国の人権抑圧を非難することは極めて稀だ。カショギ氏殺害事件でも、幸か不幸かはともかく、サウジに対して厳しい制裁を科すよう政府に求める声は巻き起こらない。

しかし、米大統領と個人的関係を築くことに腐心する安倍首相に言いたい。大統領にへつらうのではなく、大統領が抱える民主主義大国ならではの苦悩を自分の身に置いて理解し、思いやりを示すことができれば、大統領にハシゴを外されるリスクはかなり減るだろうと。人権なんか気にしないで好き勝手にやっているように見えるトランプ大統領もその例外ではないだろう。
 

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杉本宏

ジャーナリスト。慶應義塾大学大学院修士課程修了。マサチューセッツ工科大(MIT)政治学部博士課程単位取得退学。防衛大学校非常勤講師を経て、朝日新聞社入社。政治部、外報部などを経て、ロサンゼルス、アトランタ、ワシントンに赴任。記者としての取材活動のかたわら、国際政治研究も続ける。著書に『ターゲテッド・キリング――標的殺害とアメリカの苦悩』(現代書館)がある。

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