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重力とは何か

2018.11.02 公開 ツイート

なぜニュートンの万有引力の検証に100年もかかったのか 大栗博司

 いま重力研究は、ニュートン、アインシュタインに続き、「第三の黄金期」を迎えている――。物理学者、大栗博司さんの著書『重力とは何か』は、その歴史から最前線の研究まで、わかりやすく解説。物理や数学が苦手な人でも気軽に読める、格好の入門書となっています。本庶佑さんのノーベル賞受賞で、改めて科学の世界に注目が集まるいま、ぜひ読んでおきたい一冊。本書から一部を抜粋してお届けします。

万有引力の検証に時間がかかった理由

 ニュートンが主張したように重力が本当に「万有」なのかどうかについても、実際に検証されるまでにはかなりの時間がかかりました。実験によって、地上の物質同士のあいだに重力が働いていることが証明されたのは、十八世紀の終わり頃のこと。ニュートンの発見からは一〇〇年以上も経っていたのです。

© Hirosi Oguri

 どうして、万有引力を検証するのにそんなに時間がかかったのでしょうか。それは、重力が「弱い」からです。

 重力は地球上のほぼすべての物質を地面に縛りつけているのですから、「弱い」と言われて意外に感じる人も多いと思います。スペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗した山崎直子宇宙飛行士も、地球に帰還したときに「重力の強さを非常に感じています」と語っていました。たしかに、無重力の世界から帰ってくれば、重力は「強い」と感じられるでしょう。

 しかし、ここで重力が「弱い」というのは、別の「力」と比較しての話です。自然界で物質に働く力は、重力だけではありません。身近なところでは、「磁力」が挙げられます。磁気には引力のほかに反発する力(斥力)があるのに、重力には引力しかありません。そこで、引力同士を比較すると、磁力のほうが明らかに強い。それを確認するのは簡単です。

 もし手元に磁石があったら、机の上に鉄製のクリップでも置いて、上から近づけてみてください。冷蔵庫にメモを貼りつけておくような小さい磁石で十分です。ある程度まで近づけると、クリップはピョンと跳び上がって磁石にくっつくでしょう。ごく当たり前の現象だと思われるかもしれませんが、そのクリップは、下から地球の重力でも引っ張られています。

 地球の重さは、六〇億×一〇億×一〇億グラム。重力は重い物体ほど強いのですが、それだけの重さを持つ地球の重力よりも、ほんの数グラムしかない小さな磁石の引力のほうが強いということです。ですから、もし地球と同じ重さの磁石が隣にあったら、地上の鉄はみんなそちらに吸い寄せられてしまうでしょう。

 ところで、磁力は十九世紀にジェームズ・クラーク・マクスウェルによって電気力と統一されて以降、「電磁気力」とひとまとめに呼ばれるようになりました。磁力は磁石でもないとその存在を感じられませんが、実は電磁気力も重力と同じくらい身近な力です。もし電磁気力が存在しなければ、物質はまとまっていられません。分子が電磁気力によってしっかりとくっついているから、物体は(もちろん私たちの体も)バラバラにならないのです。

 そして、もし電磁気力が重力よりも弱かったとしたら、私たちは机の上で頬杖をつくこともできないでしょう。肘が机を通り抜けて、ガクンと下に落ちてしまうはずです。強い電磁気力が重力に打ち勝っているから、私たちは安心して頬杖をつくことができるし、椅子にも座ることができるわけです。

 電磁気力がそうやって分子を強固にくっつけている一方、重力はきわめて弱いので、たとえば机の上で鉛筆と消しゴムを近づけても、お互いを引き寄せようとはしません。実際には鉛筆にも消しゴムにも重力があるのですが、それが働いているようには見えないのです。

我々を支配する「重力」

 その弱い重力の存在を実験で確認したのは、イギリスのヘンリー・キャベンディッシュという科学者でした。ニュートンが万有引力の理論を発表してから、一〇〇年以上後のことです。使ったのは、「ねじり天秤」という実験装置。鉛の玉を二つぶら下げて、それがお互いの重力で近づくとワイヤーがねじれる仕組みになっています。

iStock.com/olga_d

 ほんのわずかな変化ですから、空気の動きや床の振動などの影響を受けないようにするのが大変だったと思いますが、キャベンディッシュは装置を木箱に入れて小屋の中に置き、それを遠くから望遠鏡で観測することで、四ミリメートル程度の動きを計測しました。

 ただ、この実験によって物体間で重力が働くことはわかったものの、二〇分の一ミリメートル以下の距離での重力現象については、まだニュートンの理論が正しいかどうか検証されていません。たとえばニュートン理論には、重力の強さが物体間の距離の二乗に反比例するという法則(逆二乗法則)があります。これは巨大な天体の運動を見事に説明できる理論ですが、二〇分の一ミリメートル以下の短い距離(頭髪の太さぐらいですね)になると精密に測定できないため、この法則がこのような距離でも本当に成り立つかどうかはわかっていないのです。

 これほど弱い重力が私たちの日常生活を支配していることを、不思議に思う人もいるでしょう。電磁気力のほうがはるかに強いなら、重力など無視できる程度にしか感じなくてもおかしくありません。たしかに、頬杖をついても肘が机を通り抜けないのは電磁気の力のためで、これは無視できません。しかし、たとえばリンゴと地球であるとか、月と地球、天体のあいだに働く力を考えると、これらはすべて重力によるものです。

 日常生活で電磁気力より重力を意識することが多いのは、重力には「引力」だけで、「斥力」がないからです。電磁気力には引力と斥力の両方があって、たとえばプラスとマイナスの電荷は引きつけ合いますが、プラス同士、マイナス同士は反発します。私たちのまわりにあるもののほとんどは、プラスとマイナスの電荷をほぼ同じだけ持って、中性になっているので、電磁気の引力と斥力は打ち消し合ってしまうのです。それに対して重力は引力だけなので、弱くてもすべて合わせれば大きな力になる。私たちが地球から受ける力のほとんどが重力なのはそのためです。

 これからお話ししていくように、宇宙の始まりと進化、そして宇宙はこれからどうなっていくのかを考える上でも、重力がいちばん大切になります。

関連書籍

大栗博司『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』

私たちを地球につなぎ止めている重力は、宇宙を支配する力でもある。重力の強さが少しでも違ったら、星も生命も生まれなかった。「弱い」「消せる」「どんなものにも等しく働く」など不思議な性質があり、まだその働きが解明されていない重力。重力の謎は、宇宙そのものの謎と深くつながっている。いま重力研究は、ニュートン、アインシュタインに続き、第三の黄金期を迎えている。時間と空間が伸び縮みする相対論の世界から、ホーキングを経て、宇宙は10次元だと考える超弦理論へ。重力をめぐる冒険の物語。

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大栗博司

カリフォルニア工科大学 ウォルター・バーク理論物理学研究所所長、フレッド・カブリ冠教授、数学・物理・天文部門副部門長。東京大学カブリIPMU 主任研究員も務める。1962年生まれ。京都大学理学部卒、東京大学理学博士。東京大学助手、プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを歴任。専門は素粒子論。2008年アイゼンバッド賞(アメリカ数学会)、高木レクチャー(日本数学会)、09年フンボルト賞、仁科記念賞、12年サイモンズ研究賞、アメリカ数学会フェロー。著書に『重力とは何か』『強い力と弱い力』(幻冬舎新書)、『大栗先生の超弦理論入門』(ブルーバックス)、『素粒子論のランドスケープ』(数学書房)がある。

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