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本屋の時間

2020.11.01 公開 ツイート

第97回

その人に棲む少年 辻山良雄

月曜日の閉店直前、大きくてとろんとした目をしてKさんがやって来た。Kさんは預かっていた本の精算もよそに、そこにいるあいだずっと腰痛の話を続ける。いや、振り返っただけなんですよ。こんな姿勢で動いたら意識と体がずれちゃって……。

目のまえの小さな階段を使いまじめな顔で延々と再現するものだから、可笑しくて仕方がなかったが、昨日、今度はわたしが腰痛になった。Kさんの話を面白がってまじめに聞いてなかったから、きっとバチがあたったのだろう。

 

話をまじめに聞いてなかったのには理由もあった。Kさんが来た一時間ほど前まで、店には高山なおみさんと中野真典さんがいた。高山さんが夢で見た話に中野さんが絵を描いた絵本、『それから それから』の原画展がはじまったばかりの時で、二人は搬入の日から四日間、営業中はほとんど店のなかにいたから、二人が帰ったあとはその反動で、どっと気がぬけてしまったのだ。

四日間、高山さんは奥のカフェで、中野さんは二階のギャラリーで、お客さんを待っていた。高山さんが仕事をしているその横で、妻がいつものように店の常連さんと話をつづけ、それぞれの時間が平行に流れていく。時おり誰かが会場を訪ねてきては、その度ごとに、高山さんと中野さんが接客をしていた。

たとえ何も話さなくても、そこにいる人みんなが互いの存在を感じながら何かをしている。誰かとともに暮らすって、こういうことをいうのだろうな。

三日目の朝、少し迷ったように中野さんが昆虫の図鑑を買った。中野さんの絵にはバッタやチョウもよく出てくるから、きっと虫が好きなんだろうと思っていたところ、甥っ子へのプレゼントだという。

「あまり学校は好きじゃないみたいで休みがちなんですが、虫は好きで、ずっと虫ばかり追いかけています。自分でカナヘビも育てており、この前卵を産みました」

そうか。中野さんには、どこまでいっても触れられない、掴みかねるところがあると思っていたが、甥っ子さんとの関係を聞くと何か腑に落ちた。

わからないと思っていたのは、わたしが少年であるという気持ちを忘れていたからで、中野さん自体が少年のような人だった。そういえば中野さんの描く絵には、虫にも花にもすべて、少年のひたむきなまなざしがある。初日、「僕、辻山さんを驚かせようと思ってるんです」と帽子を脱ぐと、肩まであった髪が見事な坊主頭になっていた。

中野さんの暮らす街は神戸から山の方に向かい、トンネルを抜け、田畑が広がる地域にある。緑が豊かな場所だから、虫もよく捕れるだろう。人の言うことは気にせず、子どもは好きなことを伸び伸びやればよいのだ。

 

帰り際高山さんが、会場でわたしが求めた子どもの描かれた絵について、「あの子の目は辻山さんに似てるね」と言ってくださった。気になってあとから見直してみたのだが、ずっと見ているとその子どもは、誰のようにも見えてくる。人の心に棲んでいる純な少年を、中野さんは無意識のうちにすくい取ったのだろう。

その後中野さんからきたメールには、夢中になってチョウと遊ぶ、男の子の写真が添えられていた。

 

今回のおすすめ本

『そんなふう』川内倫子 ナナロク社

結局のところ、写真家は光を撮る仕事なんだ。どこかで読むか聞くかした言葉だが、川内さんの撮るものを見ると、いつもその言葉を思い出す。子どもをさずかった日々を記録したエッセイ。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2024年5月10日(金)~ 2024年5月28日(火)Title2階ギャラリー

キッチンミノル出版記念写真展「ひこうきがとぶまえに」
~航空整備士の仕事~

しゃしん絵本作家のキッチンミノルが出版社を立ち上げました。第一作目は、飛行機が格納庫に帰ってきてから、再び空に飛びたつまでの航空整備士さんの仕事を、JAL全面協力の元、キッチンミノルが温度感ある写真と文章追いかけたしゃしん絵本『ひこうきがとぶまえに』です。紙面では航空整備士の仕事や見たことない機器、機械類がページいっぱいに広がります。
今回は絵本の中の写真や惜しくも絵本には収めることができなかった写真を展示します。写真だからこそ伝わる迫力! 緻密さ!! 臨場感!!! 子どもだけでなく、大人も一緒に楽しめます。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化のお知らせ】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」がとうとう書籍化! 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Title予約サイト
 

 

【書評】

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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