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リフォームの爆発

2019.08.25 更新 ツイート

リフォームで狂気に蝕まれないために 町田康

自宅リフォームの過程を呆れるほど克明に記した、『リフォームの爆発』が文庫になりました。不具合を解消したい――その気持ちが、悲劇の始まりでした。マーチダ邸をめぐる悲喜こもごも。長々とお届けした岡崎家の雨戸問題からリフォームとは何かが見えてきます。
 

 

*   *   *

長々と岡崎真一の家の事情について語ってきたが、つまりこれがリフォームとはなにか、ということである。

岡崎家では雨戸に不具合が発生していた。そこで業者に連絡を取り、この不具合を解消した。

これがリフォームのすべてである。これをさらにつきつめて言うと、リフォームとは家の不具合の解消である。ということができる。

したがってまず、家、がなければリフォームは成立しない。

というのは明らかだろう。家、がない場合、業者はどこをどう直してよいかわからない。虚空に釘を打ったり、虚空に浴槽を設置したり、ということはできなくもないが、それは建築ではなく演劇である。

岡崎氏の例で言えば、田丸光輝氏が所有する家、というのが、その家に該当する。

そして次に、その家に、不具合、が発生していないと、リフォームは成立しない。

というのも当然の話だろう。なんの非の打ち所もなく、直す必要のないところをわざわざ壊して作り替える人は居ない。

うわあ、このキッチン、むちゃくちゃ使いやすいやんかー。潰そ。という人がいたとしたらその人は狂人である。勿論、現実には狂人が改修工事を発注するケースもあるだろうが、本稿ではそうしたケースは一応、除外することとし、どうしてもその必要が生じた際にのみ、これを検討することとする。

岡崎家の例で申さば、雨戸の開閉困難、がこの不具合に該当する。

またリフォームの場合、実用上の不便はないが、よりよい感じ、を得るためにこれを行う場合がある。つまり精神的な、よろこび、や、やすらぎ、を求めてなすリフォームで、例えば、読書の習慣のない者が、書斎、を設けるリフォームなどがこれに該当する。

これは、不具合、とは考えられないが、こうした工事も一般的にはリフォームと呼ばれている。このことを考えれば、リフォームとは家の不具合の解消である、とは言えないのではないか、という議論に当然なる。

しかし、私はこれもリフォームと言ってよいと考える。

なぜなら、家、の機能に、「住人に、よろこび、や、やすらぎ、を与える」というものがあるからで、書斎、がないがゆえに、住人がその家から、よろこび、を得られないのであれば、書斎がないことは住まう者にとって紛れもない、不具合、と言えるのである。

しかしこの、住まう者にとって、というのには注意が必要で、さきほど私は、狂人は除外する、と言ったが、住まう者が狂人であれば、拷問室がなければ、よろこび、が得られない、などと突飛なことを言い出す可能性もあり、その線引きは困難である。

ただし、現実的に考えるならば、合法性、経済的合理性、建築的合理性、などの諸条件があり、そうしたケースは少ないと考えられる。

一般的な理論に堕することなく、飽くまでも現実的に語ることを旨とした本稿でそうしたケースを取り上げることはまずないであろう。

ただし、人間である以上、知らず知らずのうちに狂気に蝕(むしば)まれてしまう可能性はゼロではない。私たちは私たちが感じる、不具合、が合理的なものであるかどうか、を常に慎重に確認・検査しなければならない。

世の中に原子力発電所が存在することが不具合だ、と主張する人がある一方で、存在しないことが不具合だ、と主張する人がある。

私たちが精神的な、よろこび、や、やすらぎを求めるとき、その精神そのものを常に疑う必要がある。

さらに、その、不具合、が解消されなければリフォームとは言えない。

岡崎一家のケースでは雨戸の開閉困難がこれにあたる。

開きにくかった雨戸が撤去され新設され、スルスル、と開くようになる。これがリフォームである。これが反対に、以前より開きにくくなった。ではいけない。以前よりよくならなければならない。

但(ただ)し。注意しなければならないのは、確かに不具合は解消されたが、その不具合が解消される過程で、或いは、不具合が解消された結果、別の不具合が見つかる。新たな不具合が生じる。といった現象がかなり頻繁に起こる。

そこで、リフォームをしたけれども不具合は解消されなかった、と言う人が出てくる。だがそれはリフォームによって不具合が解消されたことにより生じた不具合である。

で、またリフォームをする。また、不具合が生じる。また、リフォームをする、ということを繰り返す。

私はこれを、「永久リフォーム論」と呼んでいるが、それについては改めて申し上げるとし、ここでは、「リフォームとはなにか」「そは家の不具合の解消である」と結論して、次に、リフォーム工事の進行、について、実情、すなわち私方のキッチンリフォームの進行に即して、ドキュメンタリイの技法なども用いて考察していこう。

といって私はドキュメンタリイを考えてみればやったことがない。岡山とかでちょっとインタビューをしたことがあるくらいである。不安だが言ってしまったものは仕方ない。私方のキッチンリフォームの実情に即して、実際のリフォームがどのように進行するかについて見ていこう。

二〇〇八年の八月、私は暫く前から私が住まう家に不具合を感じるようになり、その不具合を解消しようと思った。リフォームをしようと思ったわけである。

*   *   *

マーチダ邸のリフォームがどう進んだのでしょうか? 続きは、『リフォームの爆発』でご覧ください。

町田康『リフォームの爆発』

マーチダ邸には、不具合があった。人と寝食を共にしたいが居場所がない大型犬の痛苦。人を怖がる猫たちの住む茶室・物置の傷みによる倒壊の懸念。細長いダイニングキッチンで食事する人間の苦しみと悲しみ。これらの解消のための自宅改造が悲劇の始まりだった――。リフォームをめぐる実態・実情を呆れるほど克明に描く文学的ビフォア・アフター。

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町田康

1962年大阪府生まれ。町田町蔵の名で歌手活動を始め、1981年パンクバンド「INU」の『メシ喰うな』でレコードデビュー。俳優としても活躍する。1996年、初の小説「くっすん大黒」を発表、同作は翌1997年Bunkamuraドゥマゴ文学賞・野間文芸新人賞を受賞した。以降、2000年「きれぎれ」で芥川賞、2001年詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、2002年「権現の踊り子」で川端康成文学賞、2005年『告白』で谷崎潤一郎賞、2008年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。他の著書に『夫婦茶碗』『猫にかまけて』『浄土』『スピンク日記』『スピンク合財帖』『猫とあほんだら』『餓鬼道巡行』など多数。

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