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戦争する国の道徳

2019.05.02 更新 ツイート

戦後は終わったのか?

【改元特集】日本は戦後を「水に流して」はいけなかった〔再掲〕東浩紀/小林よしのり/宮台真司

(写真:iStock.com/superwaka)

令和の時代が始まったとはいえ、時間の流れが断絶するわけではありません。元号はいわば便宜的な区切り。日本においては、第二次世界大戦以前、以後のような歴史の転換点ではありません。
ただ同時に、令和の時代から見た第二次世界大戦というのは、昭和生まれの人間から見た日清・日露戦争のように、これからどんどん遠い出来事になるのかもしれないとも思います。
その遠さを遠いままにせず、あらためて、日本における戦後を小林よしのり氏、宮台真司氏、東浩紀氏による鼎談『戦争する国の道徳』(2015年)から振り返りたいと思います。


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日本は戦後処理に失敗したのか

 日本人のアイデンティティについて考えると、第二次世界大戦の戦後処理に大きな失敗があったと思います。あの戦争について誰がどんな責任を問われるべきかというときに、日本国民そのものは無辜・無垢であり、悪い軍部に騙されただけだという史観を選んだのはとてもよくなかった。

宮台 大前提として、日本は戦争をやって負けた以上、戦勝国のレジームを引き受けるのは当り前で、さもなければ戦後復興にどの国も協力しなかった。そもそも「極東軍事裁判(東京裁判)史観」の本質とは、かつて日中共同声明で周恩来が言ったとおり、日本国民と中国国民は共に日本の「A級戦犯」のごとき軍国主義者の被害者だということ。

よく知られるように「A級戦犯」という概念は、天皇陛下と、朝日新聞を頂点とする一般の日本国民との双方から、戦争責任を免罪するためのスキームだった。戦争なんだから、敗戦国が悪かったことになるのは当り前で、「そのつもりで戦争しろ、甘えんな」って話だが、敗戦国の誰が悪かったのかについて、復興を睨んだ一工夫があったというわけだ。

東 先日、江戸東京博物館に取材に行きました。歴史展示を見ると、東京大空襲と関東大震災がまったく同じ文法で扱われている。地震という巨大災害が突然やってきて、たくさんの人々が死んだり苦しんだりした。それから数十年経って、戦争という巨大災害がやってきて、また民は苦しんだ。けれどもその嵐も去り、復興してよかったね、みたいな感じになっている。でも、地震と戦争とではまったく性格が異なる事件なわけです。少なくとも戦争は人間が引き起こしたものであって、その結果としての空襲を災害と同列に扱ってはいけない。

福島第一原発の事故が起こったのも、半分は地震のせいだけど、半分は僕たちが原発をつくったからです。だから当然、僕たちにも責任がある。ところが日本という国は、原爆も空襲も地震も噴火もすべて横並びにして「災害」として扱い、責任をキャンセルしてきたところがある。世界は不条理だ、生きていくのは辛い、でもがんばろう、みたいなことばかり言っている。

思うに、第二次世界大戦から現在に到るまで、我々のそういう行動のパターンこそ諸外国に不信感を抱かせてきたのではないか。日本人の側からすると、これまでずっとこうやって生きてきた、ということかもしれないけれど、諸外国から見れば「地震のときも戦争のときも『過ちは繰り返しません』みたいな抽象的なことばかり言ってる。もしかしてこいつらは全然ダメなんじゃないか?」と。

小林 原発の問題でも、さきの戦争と同じで「A級戦犯」をつくってそこに責任を負わせたほうがいいということ?

東 いや、むしろ、原発事故に関しては、国や東電を「A級戦犯」にして終わってはいけないという考えです。原発をいますぐ全廃しろとは言いませんが、あんな事故を起こしてしまった以上、日本は長期的には原発をなくしていく方向を打ち出すべきであり、そういう努力を通してしか日本政府も電力会社も事故に対する反省を示すことはできないという考えです。

宮台 東くんの言うことはわかる。そこについては沖縄を除いては地上戦がなかったのも大きいよ。本土の被害は空襲と原爆だった。「空からやってきた」というのがポイントだ。防空壕に隠れることを含めて受動的であるほかない。武器を取って立ち向かうといった能動性の契機がなかった。だから天変地異と同型的な捉え方になったという面もあるだろうね。

もう一つ、丸山眞男が言う「作為の契機の不在」もある。そこに山や川があるように、いまあるような社会がある。社会に対する構えが受動的で、自分たちが社会を構成するという民主主義に不可欠な能動性がない。これについては17世紀以来の当時としては稀な江戸幕府の善政のおかげで、革命によって社会を勝ち取る契機を免除されたのが大きい。

白井聡くんの『永続敗戦論』もそうした系列の議論だね。負ける無謀な戦争をしたのは、「A級戦犯のせい」。戦後復興も民主主義化も「アメリカのおかげ」。戦争に負けたことについても日本国民は徹底的に受動的なんだね。どこにダメなやつがいたのかという総括がない。原発災害についても「政府と東電のせい」という具合に受動的な態度になりがちだ。

国全体として謝罪することを拒否した西ドイツと違って、日本は冷戦深刻化を背景にした「公職復帰」もあってどこにダメなやつがいたのかを総括しきらなかったかわりに、広島原爆慰霊碑に刻まれた「過ちは繰返しませぬから」に象徴される国や国民全体としての謝罪に向かった。

これを見ると、梅棹忠夫が言うように、労働集約的な集団労働に基づいて農村生活が営まれていたので、みんなが悪かったという共同責任論が跋扈しやすいということがあるかもしれない。アドホックにはその都度悪いやつはいるにせよ、それをどうにかできなかった自分たちも悪いと。これは刑罰が相対的に軽いという「共同体的温情主義」にもつながる態度だよね。

刑罰が軽いというのは、パラフレーズすれば、誰かの責任を徹底追及する構えがそのぶんだけ甘くなるということだ。ことほどさように、「みんなが悪かった」という共同責任論は、誰にも責任を負わせない共同体的無責任主義に陥りやすい。東くんが言ったことは、これらの意味で、歴史的・文明論的な背景と結びついていて、いわば「骨がらみ」だと思う。

しかし、こうした共同責任論=共同体的温情主義=共同体的無責任主義は、母体となる共同体が完全に空洞化しつつある現在、また、グローバルなコミュニケーションにますます開かれつつある現在、もはや機能しないどころか、逆機能を垂れ流しがちになっている。それが「信頼醸成ができない」ことにつながる。舵を切らなければならなくなった。

小林 でも安倍首相は、米議会で行った日本とアメリカとの信頼醸成のための演説で「日本にとって、アメリカとの出会いは、すなわち民主主義との遭遇でした」と言ったんだよ。これはウルトラ級の嘘だと思う。信頼醸成のために相手国の国民に完全な嘘を言っていいのか?

宮台 そう、嘘だし、国辱的な表明だ。11年前に皇后陛下が御誕生日の会見で、明治憲法がつくられた同時期に、日本では民間で40以上もの憲法草案がつくられ、それらには現在から見ても遜色ない近代的な人権概念や民権思想が盛り込まれていたことを、強調しておられる。天皇皇后両陛下の意向を無視しまくる安倍が保守を自称するのは、いかにも滑稽じゃないか。

小林 皇后陛下こそが、まさに歴史を知っておられるわけですよ。日本の民主主義は明治の「五箇条の御誓文」ですでに目標とされている。「万機公論に決すべし」とね。

昭和天皇も1946年元日の「新日本建設に関する詔書」でこの「五箇条の御誓文」を紹介して、民主主義は日本の国体だと仰っている。戦後の日本人は「民主主義はアメリカからプレゼントされたものだ」と思いかねないと見越しておられた。

ところが安倍首相は、「アメリカとの出会いは民主主義との遭遇でした」などと言うんだな。

アメリカとの出会いは黒船との出会いであって、砲艦外交により不平等条約を結ばされた。このことがあったから日本は近代化して植民地を持たなければ一等国になれないと、後追いで帝国主義に参加した。砲艦外交で無理やり結ばれた不平等条約を克服するためにやったことが、最終的にアメリカとの激突になるわけです。

東 東京大空襲も広島・長崎の原爆もとんでもないことですからね。

むしろ日本人のよくないのは、それらについて勝手に水に流してるところです。アメリカの暴力についてもすっかり忘れている。こっちは原爆についても文句を言わないし、東京大空襲のことも忘れたと。つまり戦争の被害については忘れたんだと。それなのにお前らはいま頃になってなぜそんなこと言っているのか、という感じで逆ギレしてるというのが、日本の中韓に対する感覚でしょう。でもそれこそ国際的には通らない。自分たちが受けた被害は水に流さずにちゃんと覚えている、でもそのかわりに加害についても忘れないで責任を取るよ、というのが筋でしょう。

小林 韓国は恨の文化で、徹底的に日本に植民地にされたことを忘れない。中国も日本に侵略されたことを忘れない。それはどちらも正しい姿勢だと思う。だったら日本もそうしろよ、ということなんだよね。

原爆投下はアメリカの側に責任があったという議論が、いまはアメリカの側からも出てきている。これから歴史記述が変わっていくかもしれないわけで、そのためにも日本人の側も主張はちゃんとやっておかなければならない。

信頼醸成のためというけれど、アメリカとの信頼醸成のために歴史を捏造されるのは困る。むしろあの戦争はいったいどのようにして起こり、何が問題で何が悪かったのかを考えなければ仕方がない。その思想の自由は、主権国家ならば許されるはずなわけだよ。

ただ、さっき宮台氏が言っていたこともよくわかる。韓国と中国との信頼醸成ができることによって自主防衛が達成できるならば、政治家はどこかで嘘をついていいのかもしれない。ただし、国民である我々は、その嘘を呑むことはできないわけだ。

東 いまはそれが難しいのは、やっぱりネットがあるからですね。国民がどう思ってるかがネットですぐに外国に伝わる。かつてのように、それぞれの国民の不満は国内でそこそこに抑えつつ、政治家同士が外交的に手を結ぶという二枚舌は、もはや維持できなくなっている。

続きは、『戦争する国の道徳』をご覧ください。
 

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東浩紀

一九七一年東京都生まれ。作家、思想家。株式会社ゲンロン代表取締役。『思想地図β』編集長。東京大学教養学部教養学科卒、同大学院総合文化研究科博士課程修了。一九九三年「ソルジェニーツィン試論」で批評家としてデビュー。一九九九年『存在論的、郵便的』(新潮社)で第二十一回サントリー学芸賞、二〇一〇年『クォンタム・ファミリーズ』(河出文庫)で第二十三回三島由紀夫賞を受賞。他の著書に『動物化するポストモダン』『ゲーム的リアリズムの誕生』(以上、講談社現代新書)、『一般意志2.0』(講談社)、「東浩紀アーカイブス」(河出文庫)、『クリュセの魚』(河出書房新社)、『セカイからもっと近くに』(東京創元社)など多数。また、自らが発行人となって『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』『福島第一観光地化計画』「ゲンロン」(以上、ゲンロン)なども刊行。

小林よしのり 漫画家

漫画家。昭和二十八(一九五三)年、福岡県生まれ。昭和五十一(一九七六)年、大学在学中に描いたデビュー作『東大一直線』が大ヒット。昭和六十一(一九八六)年に始まった「おぼっちゃまくん」が大ブームに。同作品で小学館漫画賞受賞。平成四(一九九二)年、「ゴーマニズム宣言」の連載スタート。以後、「ゴー宣」本編のみならず『戦争論』『沖縄論』『靖國論』『いわゆるA級戦犯』『パール真論』『天皇論』『昭和天皇論』『新・天皇論』『国防論』『大東亜論 巨傑誕生篇』『AKB48論』『新戦争論1』『民主主義という病い』といったスペシャル版も大ベストセラーとなり、つねに言論界の中心であり続ける。平成二十四(二〇一二)年よりニコニコチャンネルでブログマガジン「小林よしのりライジング」配信を開始。現在、雑誌「サピオ」で「大東亜論」を、「FLASH」で「よしりん辻説法」を連載中。

宮台真司

首都大学東京教授。社会学博士。1959年、宮城県仙台市生まれ。東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。理論社会学の著作『権力の予期理論』で戦後5人目の東大社会学博士学位を取得。90年代に入ると女子高生の援助交際の実態を取り上げ、行動する論客として脚光を浴びた。その後も、大学での研究・教育活動にとどまらず、インターネット動画番組「マル激トーク・オン・ディマンド」や個人ブログ「ミヤダイ・ドットコム」など自らの媒体を通じて、社会に積極的な発信を続けている。近著に『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(中経出版)など。

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