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松山ケンイチ主演「天の茶助」6/27全国ロードショー

2015.06.25 公開 ポスト

『天の茶助』試し読み

運命には抗えない? そんな理不尽に
フルボッコされながら立ち向かう男がいたSABU(映画監督)

いよいよ6/27全国ロードショーが近づいてきた『天の茶助』。公開を前に、SABU監督の原作・初小説の『天の茶助』から、とっておきの場面を一部紹介。
運命には抗えないーーそんな巨大な摂理に立ち向かい、ボコボコになる茶助。でも、打たれても、打たれても、この男は立ち上がるのです。大切な人のために。

 

 

(あらすじ)天界で「人生のシナリオ」を執筆している脚本家に仕える茶助。唯一の幸せは、下界に住むユリを見守ることだったが、彼のうかつな発言によって、彼女の“人生の脚本”に「交通事故で死ぬ」というト書きが加えられてしまう。彼女を救うために人間界に降り立った茶助は、周囲の運命をも巻き込んでいくが……。 

 


 私は足を引きずりながら、駐車場を横切り、あてもなく歩き出した。ギラギラした太陽が容赦なく照りつけていた。
 どうでもいい。すべて終わった。私は守れなかった。ユリを守る事が出来なかった。何もかも狂ってしまった。すべてがどうでもよくなった。
 歩く度に激痛が走る。激痛に激痛が加わり神経が麻痺している。知ったことか! 壊れてしまえ! 潰れてしまえ! 私は天を仰いだ。私の役目は終わった! 私を帰せ! 私を帰せ! 何が万能だ! 善と悪の区別もつかないのか! なんでユリが殺されて、ヤツが生き延びるんだ! なんでそれを赦す! なんで咎(とが)めない! ふざけるなっ! バカにしやがって……。
 私はあの方を心の中で罵った、だが、何事も起きなかった。私は飲食店が立ち並ぶ裏通りを歩いていた。室外機から吹き出す温風と、換気扇のダクトから吐き出される煙とが混ざり合いムッとした臭いが辺りに漂っている。ゴチャゴチャに配管された剥き出しのパイプからは水が漏れ地面を濡らしている。
 私は壁づたいによろめきながら歩いていた。散乱したゴミが水に濡れ、歩く度にグシュグシュ鳴った。頭が割れそうに痛い。私は強烈な頭痛に立ち止まった。遠くから宗教の勧誘を呼びかける拡声器の声が聞こえて来た。
 《神は、あなたの中に住んでおられるのです、あなたが神になるべくして生まれてきたのです、外ではない、内に、心に、その神が住んでおられるのです、意識に気づき、目覚めるのです、皆さんはそれで幸せなのでしょうか? 耳を傾けるのです、内から呼びかける意識にその愛のすべてをあらわし、すべての者を救うことになるでしょうーー》
 熱い怒りがさっと沸き立つのを感じた。私は救えなかった、彼女を、ユリを。私は足下のゴミを蹴飛ばした。パイプに干されているタオルや白衣に泥水が飛び散った。私はほくそ笑んだ。やってやる。盗み、殺し、悪の限りを尽くしてやる。
 私は歩き出そうと前を向いた。その時、積み上げられたビールケースと室外機の隙間に真っ白な羽を着けた男が不意に現れた。強烈な頭痛。眼球が圧し潰されそうに痛む。私は、あいつを知っている。前にどこかで会った気がする。
 ーーあの野郎……。
 私は羽を着けた男の後を追った。体を引きずるようにして必死に追い掛けた。羽を着けた男が、路地裏に入ってゆく。私も後を追って入って行った。狭く薄汚い路地に人だかりが出来ている。私は頭痛に耐えながら近づいて行った。
 人だかりはカラオケボックスにいたチンピラたちだった。チンピラたちは手に木刀や鉄パイプを握り締めていた。チンピラたちの足下には血まみれの彦村が転がっていた。私は胸の真ん中で鼓動が高まるのを感じた。チンピラの一人が私に気づいた。
 「てめえっ! こらーっ!」
 チンピラが木刀を振り上げ私に向かって駆け出した。私は強烈な吐き気と共に、怒りが腹の底から背中、肩、さらに両腕へと伝わってゆくのを感じた。
 チンピラが私の脳天めがけて木刀を振り下ろした。私はキッとチンピラを睨み付けた。瞬時に私の体から大量のエネルギーが発散した。チンピラは私の目の前でさっと向きを変え、そのまま進んで壁に激突し、骨の砕ける鈍い音と共に地面に崩れ落ちた。
 チンピラたちはキョトンとした顔でその光景を見つめていた。誰かが笑い出した。そして笑い声がふくれあがり全員が笑い出した。
 「ぎゃははははっ……バカだぁ! バカだぁ! あいつぅ〜」
 「あはははっ、どこに突っ込んでんだよっ!」
 「だからシャブはやめろって言ったのによぉ〜!」
 耳障りな笑い声が一段と大きくなった。彦村は腫(は)れ上がり塞がった目で私を見つめていた。私はチンピラたちに向かって歩き出した。チンピラたちが私の方に向き直った。頬に傷のあるチンピラが口の中の唾を集めて足下に吐いた。
 心臓の鼓動が激しく打つ。次の瞬間、体が勝手に動いた。私はいっぱいに引いた右の拳を傷のあるチンピラのあごに叩き付けた。チンピラは仰向けに吹っ飛んだ。
 私は続けざまに近くにいたデブに頭突きを食らわせ、両手でデブの肩を掴んで体を引き寄せ、耳の後ろに噛み付いた。デブは絶叫し、ガクッと両膝をついて前につんのめった。私はさらにデブの顔面に膝蹴りを食らわせ、体重をのせて側頭部を殴り付けた。デブは横向きにぶっ倒れた。
 背後にいたチンピラが角材で私の後頭部を殴り付けた。目の前に星が飛び、激痛が脳天に走った。後頭部から血が噴き出し、私の頬を伝い、あごを伝い、地面に滴り落ちた。チンピラたちが奇声を上げ一斉に私に襲いかかって来た。
 私は頭を抱え絶叫した。
 「ぐわああああああーっ!」
 私の奥底に抑え込んでいた激情が、再び解放され爆発した。チンピラたちの手から角材や鉄パイプがひとりでに弾けとんだ。チンピラたちは突然、吐血し、腕がねじ曲がり、膝のさらを砕かれていた。私は目の前にいたチンピラの喉を掴んで引き上げた。チンピラは足をばたつかせ、呻(うめ)き声を洩らし、ピクピク痙攣していた。
 また、遠くから宗教の勧誘を呼びかける拡声器の声が聞こえて来た。
 《悟りとは、神ということへの完全なる目覚め、覚醒をいうのです、解脱とは人間意識から解き放たれ、無知無能であった我から、全知全能の我へと昇華したことをさします、神は、あなたの中に住んでおられる、早く気づきなさい、誰でもない、あなたが神になるべくして生まれてきたのですーー》
 私は片手でチンピラを高々と持ち上げた。チンピラは頭を垂れ、ぐったりとして動かなくなった。花柄のシャツを着たチンピラが、地面を這って逃げてゆくのが見えた。私はほくそ笑み、チンピラを足下に投げ捨て、花柄を目で追った。彦村が悲痛な表情を浮かべ、首を横に振って言った。
 「やめろチャス、もういい、やめろ……」
 私は彦村を無視し、花柄を追って歩き出した。花柄は路地裏を右に折れ、雑居ビルに逃げ込んだ。ここは彦村の彦ちゃんラーメンがある通りだ。私はよろめきながら通りを歩いて行った。
 ラーメン屋の入口が叩き壊されていた。私は立ち止まり、割られたガラス戸から店内を覗き見た。仕込み中に襲われたのか、まだ湯気が店内に立ちこめていた。ネギや麺がぶちまけられ、そしてラーメン鉢がすべて割られ床に砕け散っていた。
 ーー酷(ひど)い……。
 私は怒りで全身が震えて来るのを感じていた。彦村はホームレスの母から生まれ、ホームレスの父親たちに育てられた。人から後ろ指を差され生きて来た。大人たちに利用され、そして捨てられた。最愛の恋人を亡くし、彼女の思い出を胸にひっそりラーメン屋を営んでいる、そんな彦村がいったい何をしたって言うんだ!
 化助は何をしている! ふざけたシナリオ書きやがって……。
 気がつくと私は駆け出していた。通りを全速力で疾走した。私は花柄が入っていった雑居ビルに駆け込むと、階段を一気に駆け上がり、目の前のドアを蹴り開け室内に飛び込んだ。
 私はギラついた目で室内を見回した。そこは暴力団、紅竜会の組事務所だった。
 数十人の組員たちがぞろぞろと立ち上がった。
 「こらぁ! ふざけたマネしてんじゃねえぞ、この野郎っ!」
 「てめえ、ここがどこだか判ってんかっ!」
 「ぶっ殺すぞっ、こらーっ!」
 組員たちは鋭い眼光でいきり立った。
 若頭の黒木が怯(おび)え切っている花柄の肩に腕を回し一歩前に出た。黒木の腕には牡丹模様の入れ墨が彫られていた。
 「よう、てめえか? 俺の舎弟を可愛がってくれたのは」
 花柄は完全に顔色を失い、私から目を逸(そ)らしガタガタと震えていた。
 「どうしてくれんだよ、可哀想にこんなになっちゃって……、これじゃあ使いモンになんねえよ、どうしてくれんだよ? ええっ?」
 黒木はドスを抜き、切っ先を私に向け言った。
 「落とし前つけてもらおうか」
 黒木の目は鋭く、刺すように私を捉えている。私はドスをキッと睨み付けた。突然、黒木の体が硬直した。体が動かずコントロールがまったく利かない。
 「んっ? ぐっ……んん?……」
 黒木の顔が強張り引きつってゆく。私は黒木から花柄へと視線を送った。同時に黒木の体がくるりと向きを変え、ドスの切っ先が花柄に向けられた。黒木は目だけを動かし、私を見つめ絞り出すような声で言った。
 「て、てめえ……」
 私は更に力を込めた。
 ーーーーーーー グサッ! ーーーーーーー
 黒木のドスが花柄の腹に深々と突き刺さった。花柄の腹から血が噴き出した。ボタボタと血を流し、信じられないといった表情で花柄がその場に崩れ落ちた。
 組員たちは目を見開き愕然としていた。私は黒木に目を戻した。黒木は血の付いたドスを手に驚愕していた。私は自分の左手をデスクの上にそっと置いた。私の動きに合わせ黒木の左手がデスクに叩き付けられるように置かれた。黒木は歯を食いしばり必死に抵抗していた。
 「ぐっ……んんんっ……や、やめろ……ぐわぁぁぁ……」
 私は右手を突き出し、スッと横に振った。次の瞬間、黒木の右手のドスが左手の上を走った。
 ーーーーーーー スパッ!ーーーーーーーー
 切断された数本の指が床に転がり落ちた。黒木は鮮血をまき散らし絶叫した。
 「ぎゃああああああーっ!」
 私は再び強烈な吐き気に襲われた。酸っぱいものが喉を逆流して鼻の奥に入った。
 私は激しく咳き込み、吐いた。口から噴き出した反吐(へど)が床に跳ね飛び散った。
 私は立ち尽くしている組員たちに目を向けた。組員たちは弾かれたように後ずさった。
 私はよろめきながら歩き出した。私を取り囲んでいた人垣が大きく割れる。組員たちに背を向ける格好になったが、誰も襲って来なかった。


 私は強烈な頭痛と吐き気に耐えながら、通りを歩き続けた。全身の関節は油を抜かれたように固かった。
 買い物客や通行人が不快な表情を浮かべ、私を避けて通り過ぎてゆく。
 私のせいだ。私が彦村たちの生活に突如割り込んだから、筋書きが狂ってしまったんだ。私の役目は終わった筈だ。なのにどうして私をこのままにしておくんだ。
 私は帰りたい。向こう側に帰りたい。向こう側に、向こう側に……。
 私はいつの間にか「栄え橋商店街」を歩いていた。通りに設置された自販機に、風俗店の呼び込みが背負う白い羽と、ファッションヘルス・エンジェルと書かれたプラカードが立て掛けられていた。
 私は白い羽を手に取り、袖を通し背中に着けてみた。バカバカしいと思いながらその場で軽く飛んでみた。
 何も起こらない。何度も何度も飛んでみたが、何も起こらなかった。
 私は自分が起こす不可思議な現象について考えた。人を自由に操る事が出来た。あの力はなんなんだ? 私に元々あったものなのか? それとも誰かが私のシナリオを書いているのか……。
 私は天を睨み付けた。アーケードで塞がれ空が見えなかった。再び、遠くから宗教の勧誘を呼びかける拡声器の声が聞こえて来た。
 《神は、あなたの中に住んでおられるのです、神は愛であり、その表現は奉仕であるのですーー》
 私はため息を洩らし、商店街を見つめた。鮮魚店の前で老婆と店主が話し込んでいる。老婆が辛そうな表情を浮かべ首を横に振った。そして老婆と店主が、同時に振り返った。二人の視線の先に車椅子の男の子がいた。男の子は不思議そうな顔をして背に羽を着けた私を見つめていた。
 その時、男の子の手から黄色のボールが滑り落ち、私の足下に転がって来た。私はボールを拾い上げ、男の子に歩み寄った。老婆と店主が私を呆然と見つめていた。私は男の子に尋ねた。
 「足、どうしたの?」
 「…………」
 「怪我したの?」
 「前から」
 「前?」
 「生まれてからずっと」
 怒りと悲しみが同時に込み上げて来た。面白いのか! こんな事をして面白いのか! いったいなんの意味があるんだ! この子の両足を奪って何が面白いんだ! どこのどいつだ! こんなくだらないシナリオ書いた奴はっ!
 私はボールを男の子に手渡し、そのまましゃがみ込んだ。老婆、店主、そして買い物客たちが目を丸くして私を見つめていた。私は男の子の両膝に軽く手をのせた。男の子は私を不思議そうに見つめていた。私は手のひらに力を込め「治れ」と念じた。男の子は私の顔を真っ直ぐに見つめた。私は男の子に頷いた。男の子は車椅子の肘掛けを両手で掴み、地面にそっと両足をつけた。商店街が一瞬凍り付いた。そして、男の子は慎重に歩き始めた。男の子は老婆を振り返りニッコリと微笑んだ。老婆の目から涙が零(こぼ)れ落ちた。
 「優ちゃん……優斗っ……」
 老婆が男の子に駆け寄り抱き締めた。男の子が笑顔で老婆に言った。
 「このお兄ちゃんが治してくれたの」

 

 

茶助はユリを助けられずに終わるのか!? 茶助の不思議な能力で、次々起こる事件とは!?
 ……続きはぜひ本編でお楽しみください。

 

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SABU 映画監督

1964年和歌山県生まれ。 91年、俳優として初主演映画『ワールド・アパートメント・ホラー』(大友克洋監督)で、第13回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。95年より自らの企画でシナリオを書き始め、翌年『弾丸ランナー』で脚本・監督デビューを果たす。監督第2作『ポストマンブルース』(97)はサンダンス映画祭を初め、多数の映画祭で好評を博し、コニャック映画祭では最優秀新人監督賞を受賞した。他に『アンラッキー・モンキー』(97)、『MONDAY』(99/ベルリン国際映画祭 国際批評家連盟賞受賞)、『DRIVE』(01/カナダファンタジア映画祭最優秀アジア映画賞受賞)、『幸福の鍵』(02/ベルリン国際映画祭 NETPAC賞)、『ホールドアップダウン』(05)、『疾走』(05/シラキュース国際映画祭最優秀長編映画賞受賞)、『蟹工船』(09)、『うさぎドロップ』(11)などを監督。国内外から熱い支持を集め続けている。今回の『天の茶助』は初めて書き下ろした小説を自ら映画化。

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