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対談 日本人はフクシマとヒロシマに何を見たのか?

2015.04.07 公開 ポスト

後編

みんな福島を語っていい開沼博/山本昭宏

5年後、10年後、福島から出てくるポップカルチャーの表現に期待

開沼 今後の作業ということだと、『核と日本人』を読むと、とてつもなく膨大な資料を読まれたことが伝わってくるわけですが、最近のポップカルチャーにおける福島や核・原子力に関する表現はどうでしょう。

『はじめての福島学』に書きましたが、毎日新聞の石戸記者がオンラインで3・11後の福島に関する漫画特集をしました。『いちえふ』(講談社)、『はじまりのはる』(講談社)、『そばもん』(小学館)です。エネルギーとか放射能とか文明論とか「大きい話」ではなく、「福島に根差している」系の作品群。こういうものが評価され、意識されるようになってきたのは直近、ここ半年くらいの動きです。3・11から時間が経つに連れて、そのような漫画やポップカルチャーが増えてきているイメージはありますか。

山本 そう思います。ただ、先ほど言ったように地方の問題は、ドキュメントとして描いてしまう問題がある。では、今後の世界はどうなっていくのかという大きい構えは、良い、悪いではありませんが、今のところなかなか出ていません。

開沼 なるほど。だとすると、3・11以後の「大きい話」としての表現とはどういうものがありえるのでしょうか。

例えば、今から原発事故後の世界の話を描くのなら『AKIRA』のような風景にするのかっていうと難しいと思うんですよ。だって、4年たったら、原発の敷地内の風景は酷いままなものの、幸いなことにですが、原発周辺であっても植物は生い茂っているし、人が普通に住んでいる部分も多くあるし、結構インフラも回復しているし、誤解を恐れず言えば『AKIRA』ほどの風景にはなっていないではないかという現実がある。その中で「核・原子力」に結びつけて『AKIRA』や『北斗の拳』的な風景を書いても、リアリティがない。「大げさな……」っていって終わってしまう側面もでてきているのではないか。

つまり、現実になかったから好き勝手に書けたけど、現に起こってしまった中では、何書いても陳腐になるんではないか、と。

まあ、風景のことに限らずですね。エネルギーのあり方にせよ、近未来の文明にせよ、「大きい話」に振りながら表現をするのって簡単ではないと思いますよ。

山本 難しい。先ほどあげた、しりあがり寿の一連の作品は、問題提起的でとてもおもしろかったです。

ポピュラー文化といっていいかわからないし批判もあるかもしれないが、Chim↑Pomという集団がいます。原爆ドーム上空に飛行機雲で「ピカッ」と書いたり、原発災害後には岡本太郎の絵に原発の絵を描き足したりした人たちです。そのようにどこか少し「不謹慎」で確信犯的に問題提起するような表現で、現代社会の核の問題を扱う。あの「不謹慎」的な方法がいいかは別にして、そういう対象を扱った表現が、もう少しあってもよいのではないかと思います。「不謹慎」な表現はしにくくなっていることもよくわかるのですが。

開沼 たしかに、Chim↑Pomには文句を言う人もいますが、3・11の事態があって、結果ほかの表現すべきことになっている人は何をしたのかというと、たいして何もしていない、できてない。その中では、あり得る表現、できることをしたのではないかと大いに評価しています。彼らの仕事はあのタイミングにしかできなかった。残りますよ。文句いうやつは、じゃあお前がもっと度肝を抜くものつくって、インパクト残してみろっていう話で。

もちろん、度肝を抜こうとして結局「原発・放射能怖いぞー」っていうメッセージしかのっていないような薄っぺらい表現は量産されましたよ。だけど、そんなのは、山本さんの本読むと、70年前から続いている伝統工芸品の劣化コピーでしかないことがよく分かる。創造性のかけらもない。

Chim↑Pomであったり『いちえふ』であったり、これは『核と日本人』のご研究で提示したフレームの延長線上に残る成果となるかもしれませんね。

山本 私が普段接している文化を見た限りですが、原発災害後は、真綿で首を絞められるような感じで、社会で不謹慎な表現がしにくかった気がします。

開沼 3・11以降の原子力、核に関する表現の中でも、歌は忌野清志郎ほどエッジが効いているものなどなく、先行事例を縮小してみただけではないのかと思います。ドキュメンタリーもいい作品もありましたが、見ていくと9割以上、ダメですね。冒頭観ただけで落ちまで展開よめるっていう。「あーこうやって、薄幸の被災者登場させてお涙頂戴話するのね」って。「なるほどー、そうくるかー、やられた」みたいなもの見てみたい。まあ、ある程度時間が必要なのかもしれません。

一方、先にも述べたとおり、漫画は格段に進歩した気もします。これは分析の対象としておもしろいんじゃないですかね。

山本 おもしろいなあと思ったのは、ヒップホップの狐火という人です。批評家の陣野俊史さん経由で知ったんですけど、おもしろいです。大手のレコード会社やマスメディアではない流通経路をもっている人たちが、半ばゲリラ的に活動している。狐火は、東日本大震災の直後にYouTubeに東日本大震災のことを歌ったラップをアップロードした、福島に根差した若い人です。そのように、マスの流通経路ではないところから、ラップというところから、何かあるかもしれない。

開沼 たしかに、音楽の中でも、ヒップホップはいいですよ。狐火とか「小名浜」で有名な鬼だけでなく、いわき在住DAZU-O、南相馬出身の三島a.k.a.潮フェッショナル。3・11を歌ってなくても言葉の重みが違って聞こえる。この方向は深堀りしがいがあるでしょうね。探せば、単純に原子力の問題でも、地方の問題でもなく、1980年代のデッドコピーでもない動きがありそうです。

まあ、とは言え、まだ4年しかたっていないので、ポップカルチャーについては今後に期待したいとも思っています。5年後、10年後にそういうことだったのかと、福島から総体として立ち上がってくる表現がでてきているかもしれません。
(了)
 

 

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開沼博

東京大学大学院情報学環准教授、東日本大震災・原子力災害伝承館上級研究員。社会学者。1984年福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。主な著書に、『日本の盲点』(PHP新書)、『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『フクシマの正義「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)など。第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。

山本昭宏

神戸市外国語大学専任講師。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。 著書に『核エネルギー言説の戦後史1945-1960』(人文書院 2012年)、『核と日本人』(中公新書 2015年)などがある。

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