それぞれの小説が刊行されるたび、お互い作品を読み合い、SNS上でやりとりしていた寺地はるなさんと砂村かいりさん。今回は、寺地さんの『きよくしぶとくやかましく』の刊行を記念して、“二人”の、初対面お茶会が実現しました。(インタビュー・文 瀧井朝世)
(小説幻冬 2026年8月号より転載)
「お米、送りましょうか」SNSのDMから始まった交流
砂村 寺地さんにお会いできるなんて、信じられない気持ちです。熱烈なファンです。
寺地 砂村さんはいつもX で私の本の感想を上げてくださっていますよね。ありがとうございます。
砂村 私は2021年のデビューなんですが、はじめて自分の本が出た時に、落ち着かなくて何度か書店に偵察に行ったんです。2回目の時だったかな、自分の本がもう新刊台から下げられていて、しょんぼりしていた時に寺地さんの『今日のハチミツ、あしたの私』が面陳列されていたのが目に入り、惹かれるものがあって購入しまして。それが最初に触れた寺地さんの作品となりました。

──まさにしょんぼりした時に読むと、はげまされるような作品ですよね。
砂村 そうなんです。そこから寺地さんの作品を次々読んでいきました。
寺地 私も砂村さんの作品は全部読んでいます。X でフォローしてくださったのでプロフィールを見たら、カクヨムのコンテストで『炭酸水と犬』と『アパートたまゆら』が同時受賞をしたとあって、すごいわと思って。そこから作品を読むようになったら、どんどん良くなっていくので、いつも刺激を受けています。
よく「作家の友達はいるのか」と訊かれるんですけれど、私にとっては頻繁に会わなくても「この人も書いているんだ」と実感できる人が貴重で、砂村さんには仲間意識を持っていました。
砂村 寺地さんも私の本の感想をSNSに書いてくださるので、非常に励まされています。いつも読んだ本の感想もたくさん投稿されていますよね。やっぱり書く人は同じくらい読んでいるんだなと勇気づけられています。
それと、私が関東でお米が手に入らなくて困っていることをXに書いた時、DMで「お米送りましょうか」ってお声がけくださいましたよね。結局お米は実家に頼んで送ってもらいましたが、ものすごくありがたかったです。
寺地 あの騒動になる前に、たまたまいっぱいお米を買っていたんです。意図せず買い占めてしまったような罪悪感があったので。
「もうええか、書きたいように書いてしまえ」封印を解いた新作
砂村 そういう時に罪悪感を持つ善良な人が寺地さんなんですよ。書かれるものもいつも楽しみで、新作の『きよくしぶとくやかましく』は「小説幻冬」に連載している時から読んでいました。これは架空の田舎町の老若男女の話ですよね。
寺地 何も出来事を起こさない話って成立できるかなと考えていた時期があったんです。そこから、人が喋っているだけの話ができたら面白いなと思って連載を始めたんですけれど、書いてみたら自分史上最大くらいの大事件が起きる話になりました。
砂村 冒頭からいきなり死体が出てくるという。
──『きよくしぶとくやかましく』の第一幕「白日町婦人部 たぬきの夢」では、なぜか仏間に校長先生の死体があるのに、集まってきた婦人部の面々が隣の部屋でお茶会を始めて延々とおしゃべりを始めますよね。
砂村 私は北のほうの田舎町出身ですが、寺地さんは南のほうのご出身で、これも南の田舎町が舞台ですよね。その土地に根差したものを持っている人でないと書けない背景や空気感が描かれている。窮屈な社会でさらに窮屈な思いをして、夫に死んでもらわないと自由になれない女性が出てくるんですよね。
と同時に、第二幕の「白日町青年団 三匹のおおかみ」では男性同士の連帯も書かれている。男性もみんながみんなホモソーシャルな社会にズブズブなわけではなくて、生きづらくてはじかれてしまう人もいる。寺地さんは、そういう繊細なところを理解していらっしゃる。
寺地 私は31歳まで佐賀県に住んでいて、自分の生まれ育った場所やその周辺についての記憶が鮮明にあるんですよ。他所から見たらみんな等しく田舎なのに、ヒエラルキーがあるんです。この町は大きな駅があるからまわりより上だ、みたいな。くだらないなと思っていました。
以前それを『大人は泣かないと思っていた』に書いたら、九州の親戚に「こんなんじゃない」と言われたんです。別に全員がこうです、なんて書いていないのに。それで、「もう一回書いたろかな」みたいな気持ちがありました。

砂村 死というものを悲劇的に扱わないのが寺地さんの持ち味ですよね。随所に出てくるユーモアに笑わされながらも、同時に深く考えさせられたりします。読み手が今すぐ実生活に反映できるという意味では、実用書でもあると言えますね。理不尽な状況で謝らないといけない時に、早口で「三味線」と言うと「すみません」に聞こえるとか(笑)。あれは明日からすぐ使えます。
寺地 デビュー作だったかな、「おもしろフレーズが気になって話が頭に入ってこなかった」という感想があって。ノイズになっちゃうのかと思ってしばらく封印していたんです。でも今回は、もうええか、書きたいように書いてしまえ、って。
砂村 本当に笑いました。それと、この作品には四十代から七十代までの女性が出てきますよね。前作の『雨が降ったら』の刊行インタビューでも「四十代女性の主人公が足りない」とおっしゃっていましたが、今回も四十代以上の女性たちを実に生き生きと、息遣いが耳元で聞こえるようなリアリティで書かれていらっしゃる。この先年をとっていく身としても勇気づけられました。
こうして年齢を重ねた女性たちの話がもっと増えていってほしいし、私も今そういう年代の主人公を書いています。ちょっと時間がかかっていて、いつ完成するか分からないんですけれど。
成長しない主人公を書いてみたい
寺地 そうなんですか。砂村さんは若い人の心理を書くのもものすごく上手ですよね。『飛距離の長い青春』でもそう思いました。これは医学部を目指す予備校生たちの話ですよね。
砂村 高校生でも大学生でもない、予備校という寄る辺ない場所に身を置いている人たちを主人公に書きたいという気持ちが以前からあったんです。
寺地 取材も結構されたんですか。
砂村 はい。担当編集者さんの弟さんが現役のお医者さんで、医療関係の方や医学部生の方に取材させてもらいました。医学部受験のための予備校にも取材に行きました。私自身、昔教育関係で働いていたので、その時の記憶も活かされています。
寺地 医学部に合格するところが物語のクライマックスになるのかなと思っていたら、その先で大変なことがあるし、挫折と思いきや結果的にはよかったのかな、ということも書かれていて、その転がり方がすごくいいなと思いました。
砂村 ありがとうございます。嬉しいです。
寺地 『苺飴には毒がある』も十代の女の子の難しい友達関係が描かれますが、過去のことはよく憶えているほうですか。
砂村 すごく憶えています。嫌なことは記憶をなぞるように思い返してしまうので、自分でも損な性格なんですけれど、小説家になったからにはそういう記憶を使ってやろう、くらいの気持ちでいます。
寺地 私、イベントとかで中高生へのお薦めの本を訊かれると、だいたい砂村さんの本を挙げています。この間も『飛距離の長い青春』を挙げました。
砂村 ブックサンタで『苺飴には毒がある』を選んでくださったこともありましたよね。それを知った時は嬉しくて震えました。
──いつもどのように小説のテーマを決めているのですか。砂村さんは恋愛小説でデビューされましたが、そこから実にいろんな題材を扱っていらっしゃいますね。
砂村 私が投稿したカクヨムはいろんな部門があって、自分に書けそうだったのが恋愛部門だったので最初に『炭酸水と犬』を書いたんです。自分では恋愛に限らずいろんなことを書いてみたいと思っていたら、いい感じに編集者さんがサジェストしてくれるんです。「好きなものを書いてください」と言われてアイドルが好きだからそれを題材にしたのが『黒蝶貝のピアス』だし、X に昔の友人関係について「あれは毒友だったのかもしれない」とつぶやいたら編集者さんから「それを小説にしませんか」と言っていただいて書いたのが『苺飴には毒がある』でした。
この題材が書きたいから書くというより、求められたお題に合わせて書くことで、自分が気づかなかったものが引きずり出されていく感覚です。
寺地 そういう時のほうが、書こうと温めてきたものよりも、もっと遠くに行ける感じがありますよね。
砂村 そうなんです。サジェストしてもらったことが、思いがけず自分をもっと知るきっかけになったりします。
寺地 なんとなく書きたいけれど形にならないものと、「こういうのどうですか?」と言われたものが合わさった瞬間に、いいものが生まれたりする。それは、誰にも発表せずに一人で小説を書いているだけでは届かなかった世界だろうなと思います。
砂村 なんとなく書きたい、というものもあります。私、小説って主人公が成長することが基本にあるけれど、成長しない主人公も書いてみたいんですよ。短篇では少し試みてはいるんですけれど。青山七恵さんの『ひとり日和』は、主人公が最後まで成長しなくて、そこにしびれてしまって。それは青山さんの高度なテクニックやセンスがあるからなんですけれど。ただ、あまりに主人公が成長を遂げていくと、道徳の教科書みたいになってしまう気がしています。
寺地 そうですね。ある意味、成長後の姿が正しい姿ですよというメッセージになってしまうかもしれない。
砂村 この世の中は、「ありのままでいい」と言いながらも、いい変化を遂げることを強く求められている気がします。
寺地 人間の性質ってそんなにすぐ変わらないから、真っすぐに成長するというより、行ったり戻ったり、ジグザグ変化するものなのかなとは思う。
嫌な思いをしたら怒っていいんだ、と気づかせてくれる小説
砂村 その話に通じるかどうか分からないんですけれど、寺地さんはエッセイ集『ナモナキ生活はつづく』で、20歳から24歳くらいの頃にいた職場の方々のことを書かれていましたよね。年上のパートタイマーの方たちが、「あなたは仕事の手を抜かない、ずるいこともしない」「そのままで大丈夫」って言ってくれた、って。
あれを読んで、私、ボロ泣きしそうになって。「ずるいことをしない」というところに気づいて、それを言語化して声をかけてくれる人の存在って、本当に尊いことだなって思いました。
寺地 私は、本当に何も知らないまま社会人になったので、その人たちに電話の応対の仕方から何から何まで教えてもらったんです。「御中」も知らなくて「ウォンチューってなに?」ってくらいだったので(笑)。そこで覚えたことを、今も大事にしているというか。
私、自分に才能があるとかセンスがあるとか一切思ったことがないんですよ。メールをすぐ返すとか、ゲラをすぐ戻すとか、そういうところで仕事をもらっていると思っているので、そこだけはすごくちゃんとしています。
砂村 才能やセンスがないとは思わないですけれど、そういう真面目さとか、実直さって人には分かるんですよね。でも、私はずる賢い人たちが立ち回って、真面目な人が見切りをつけて去っていく職場をたくさん経験してきたので、寺地さんみたいな人たちばかりと働けたらどんなにいいだろうと夢想します。
それに、寺地さんの作品は『こまどりたちが歌うなら』や、アンソロジーの『最後の晩餐』に寄せられた「小曾根幸子の送別会」という短篇などで、職場でこういう文化は引き継いでほしくない、ということを形を変えながら書いてくださっている。それは書き手としても社会人としても女性としても勇気づけられます。
また友達というものについても、寺地さんに再定義してもらったように思います。「小曾根幸子の送別会」もそうですが、『わたしたちに翼はいらない』などでも、友達とは呼べないような知り合いでもお互いを気遣いあったり、幸せを願ったりできるよ、ということが描かれている。友達の数が多いか少ないかより、人と豊かな関わりができるかが大事なんだと思わせてくれる。私は近年、人間関係を剪定してしまって今は友達と呼べる人が少ないので、すごく励まされます。
──お二人の作品は、現実を生きる人に気づきや励ましを与える要素が多いですよね。
砂村 寺地さんの小説は、会社でハラスメントに遭っている人とか、友達や家族に嫌な思いをさせられている人に、「あ、怒ってもいいんだ」とか「あ、こういうふうに言ってもいいんだ」と気づかせてくれるというか。自分を客観視できる言葉に満ちている。
寺地 世の中にはひどいことがたくさん起きていて、その中で生活しているんだから言いたいことだってある。小説の中で直接その話題に言及しなくても、なにか表せないかなと思っているんですけれど、砂村さんの『マリアージュ・ブラン』では、2人の会話の中で実際の戦争の話にも触れていますよね。こういうアプローチもあるなと思いました。やっぱり、絵空事にしたくない気持ちがありますか。
砂村 はい。まるで世界で何も起きていないかのように書くことには違和感があります。自分たちのことで精いっぱいな主人公を書くのはいいけれど、でも今この瞬間にも砲弾で死んでいる子どもがいる。『マリアージュ・ブラン』は2024年に出した作品で、その時に世の中で起きていることをちょっとでも入れこめてよかったと思っています。まあ、思想を押し付けるなと言う人もいますよね。戦争反対って、別に思想ではないのに。
寺地 実際、私たち自身、ニュースを見て考える時もあれば、漫画読んで笑っている時もある。どっちかだけっていうことはなくて、そのバランスをとるのがしんどくなることもあります。でも、偉そうなことを言うと、本とか出してる人間が何も言わないのは駄目だなと思ったりして。
砂村 そうですよね。言葉を紡ぐことを生業にしている私たちが声を上げないでどうすると、思います。今の若い人たちに安心な未来を手渡したい気持ちがすごくあります。
寺地 そういうことに興味のない十代くらいの若い読者が、なんか作家がわーわー言ってるなって関心を持つきっかけになってくれたら、そのほうがいいと思うし。
砂村 寺地さんがそう言ってくださることが、涙が出るほど嬉しくて心強いです。今日はお会いできて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。
寺地 こちらこそ。ありがとうございました。
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きよくしぶとくやかましく

「誰にだって、秘密を持つ権利はあるんだよ」 どこにでもある田舎町、白日町。今日も老若男女がやかましく、それなりに揉めながら幸せに暮らしているはずだった。ある夜校長先生の家のお座敷に死体が!それでも婦人部の面々は死体の隣りで自分たちの「秘密」を語りお茶会を始めるがーー 白日町の中に、きっとあなたが見つかる人間讃歌長編。
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