散歩が好き、川が好き、定食屋が好き、喫茶店が好き。そんな小説家が、家賃5万円以内で住める町を探して、東京23区全部歩いて綴った『銀座に住むのはまだ早い』。その発売を記念して、いくつかの区のエッセイをご紹介します。

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江東区は、江戸川区同様、僕の小説によく出てくる。
ゆえに激戦区。『ひと』の南砂町、『食っちゃ寝て書いて』の清澄白河、『その愛の程度』の越中島、『タクジョ!』の東砂雲。どこにしようか迷った。
どこでもない町にした。自分でもちょっと意外。都営新宿線の東大島。おおしまではない。
おおじま。濁る。
ここは、駅に惹かれた。
駅が二つの区にまたがっている例はたまにある。が、この東大島は駅が旧中川をまたいでいる。西側の大島口から出ると江東区で、東側の小松川口から出ると江戸川区。江東区民と江戸川区民が両サイドから利用するのだ。そしてホームで一緒になる。
そのホームの壁にある窓から下の川が見える。これはいい。駅がただの駅でなくなる。付加価値が出る。行くのがちょっと楽しみになる。
ということで、SUUMOで検索。この辺りならひょっとして、と期待しましたが。いつもの五万円以内では無理でした。
駅から徒歩五分。築四年。五畳。家賃六万円。でも江東区で駅から五分で六万円なら悪くない。
ホームで窓越しに川の写真を撮ってから、スタート。
改札を出て、番所橋通りと新大橋通りの交差点に立つ。
広いな、と思う。何というか、道が広く、結果、交差点も広い。対角が遠く感じられる。
マンションが多いのに圧迫感はない。だから町そのものも広く感じられる。
番所橋通りを北上し、物件へ。
駅から近いと、まず物件に行けるからいい。十分以上かかる場所だとあとまわしにしたりするので、途中で忘れそうになるのだ。
実際、どの回でだったか、町歩きに気をとられて肝心の物件チェックを忘れ、あわてて戻ったことがある。この企画でそれをしなかったらわけわからんでしょ、と自戒した。
今回のここは、一戸建ても一方通行路も多い住宅地。大通り沿いでもないので、静か。
まあ、いつもの東京といえばそのとおり。東京はにぎやかな都市だが、住宅地までもが騒がしいわけではないのだ。騒がしいなら、人は住まない。
では歩きます。番所橋通りを渡って東へ進み、大島小松川公園へ。
この公園も、東大島駅と同じように、旧中川を挟んで江東区と江戸川区にまたがっている。
地図を見てください。駅の周辺はもう、緑色だらけですから。
園内にかかる橋を渡ってしまうと江戸川区なので、今日は渡らない。あくまでも江東区にとどまる。ただ、この橋自体が広いので、そこに立っているだけで気分がいい。
続いて、すぐ近くにある江東区立東大島図書館へ。
こちら、中央図書館でもないのに僕の本を三十冊近く置いてくれていた。ありがたい。
図書館を出ると、番所橋通りを南下する。
右折して小名木川沿いの道に入り、そこを西に進む。
まっすぐなので、川というよりは運河といった印象。
調べてみたら。やはり運河らしい。江戸時代初期に徳川家康の命令でつくられたという。
さすが家康。こんなところにも名を残している。令和のこの時代に、ぽんと名前が出てくる。
やがて丸八通りに左折し、そこをさらに南下。
初めは想定していなかったのだが。地図を見て、東大島から砂町銀座商店街が近いことに気づいた。近いと言っても、歩いて二十五分ぐらい。でも歩き屋の僕にしてみれば近い。行ってしまう。

砂町銀座商店街は、自作『ひと』の舞台。商店街は実在するが、おかずの田野倉という店は架空。ほかにも、おしゃれ専科出島やリカーショップコボリといった架空の店を出した。
おしゃれ専科出島は婦人服店。そこの長イスにぐで~んと寝そべっている猫のぶぅは自分でもかなり好きだ。太ってしまったから飼主にして店主の出島滝子こ さんが名前をぶぅに変えた、という部分も含めて好き。
久々の砂町銀座商店街。どの駅からも離れているのに、そして平日の昼すぎなのに、なかなかのにぎわい。十条銀座商店街や戸越銀座商店街とともに東京の三大銀座商店街と言われるだけのことはある。そりゃ『ひと』の聖輔も引き寄せられてしまう。
銀座と付けられる時点で僕も好き。聖輔同様引き寄せられついでに、江東区砂町文化センターにある砂町図書館にも寄る。
本日二軒め。図書館としての規模は大きくないが、それでも僕の本を二十冊以上置いてくれていた。これまたありがたい。
幸い、『ひと』も借りられていた。
この『ひと』、江東区立図書館のホームページで見ると、区内のほかの図書館の欄では区分が、本、となっているのに、この砂町図書館の欄だけは、江東区関係、となっていて、ちょっと笑った。関係者と認められたようで、何かうれしい。
ついつい食べ歩きをしたくもなるが、そこは我慢。食べはなし。歩きのみ。ぶらぶらして、ただただ商店街の空気に浸る。
もし住んだら何度も来ちゃうだろうなぁ。コロッケに焼鳥。食べ歩いたうえに持ち帰りもしちゃうだろうなぁ。
と思いつつそこを離れ、東に進んで仙台堀川公園へ。
ここは三・七キロにも及ぶ都内最大の親水公園だという。
こうした細長い親水公園を各地で歩いた。だから慣れてきたのか、むしろ都内らしい風景、と思うようにもなってきた。
親水公園。わかるようなわからないような。でも何となくわかる。そんな言葉。
これも調べてみた。辞書にはこうあった。
水質汚濁や護岸工事などで水辺から遠ざけられた都市住民のために、河川・湖沼・海浜などの地形を利用して、水と親しめるように作られた公園。河川に沿って遊歩道を作ったり、川底に自然石を置いたり、滝や水遊びのできる場所などを設けて水辺に親しめるようにしたもの。
なるほど。確かに人は水と親しむべきだろう。水と親しみたくなるものだろう。納得。僕自身、これからもどんどん親しむ所存です。
その仙台堀川公園を北上し、塩の道橋で小名木川を渡る。木をイメージさせる独特のデザインの橋だ。名称は近くの小学校の児童から募集して決めたという。
塩の道。何だか深い。その塩は汗由来なのか、涙由来なのか。大人だな。江東区の児童。
と思ったら。かつてあった行徳塩田の塩を運ぶためにつくられたのが小名木川なので、そこ由来であるようです。
いくらか駅のほうへ戻り、ランチ。今日は中華。龍山さんに入る。
ラーメンとチャーハンのセットに惹かれながらも、小ライスと小菜が付いたうま煮麺セットを頼む。僕はあんかけものに弱いのだ。もうね、言葉がいいですよ。うま煮。うまいって言っちゃってんだから。
その看板に偽りなし。本当にうまかったです。満足。
そこからは、旧中川と小名木川の合流点付近にある旧中川・川の駅へ。

道の駅ならぬ川の駅。こんなものがあるのは知らなかった。全国的に増えているらしい。
旧中川・川の駅は、江東区の施設。オープンは二〇一三年、都内初の川の駅だという。
水陸両用バスが入出水するためのスロープ。カヌーや和船 せんなどの手漕船乗船場。開いているのは土日と祝日だけだが、売店と無料の足湯があるにぎわい施設。水上の休憩施設となる川床。以上の四つからなる。まさに水辺に親しめる施設だ。水彩都市を自任する江東区ならでは、かもしれない。
水はすごい。何だかんだで、世界とつながっているのだ。それを言ったら空もそうだが。
水のほうがつながりは濃いような感じがある。
川の駅をあとにして、大島小松川公園のわんさか広場を横切る。まさに広場。遊具の類は何もない。ただ広い。
これも各地を歩いて気づいたことだが、都内にはこの手のただ広い公園も案外多い。芝地や草地というだけ。いいことだと思う。都内では何よりも空間が貴重だから。
東大島の駅前にはカフェらしいカフェがない。コーヒーを飲めるとしたら、ファミレスやハンバーガー屋さん。ならばと趣向を変え、ミスタードーナツ東大島駅前ショップさんに入る。
普段甘いものは食べないが、こちらのドーナツ、オールドファッションは好き。と言いながら、最後に食べたのは三十年近く前。そのころから名前はそれだった。オールドは未来永劫オールドだ。若返ることはない。
普段は間食もしないが、今日は特別。そのオールドファッションを頂く。それと、ミスドブレンドコーヒー。コーヒーはおかわり自由であることに感謝。せっかくなので、自由を享受。
ドーナツ屋さんでコーヒー。昔銀座にあったダンキンドーナツを思いだす。
そこは二十四時間営業だった。僕が二十代前半のころの話だ。当時、銀座で深夜にコーヒーを飲める店はほとんどなかった。そこと今の椿屋珈琲銀座本館さんぐらいだったと記憶している。
友だちとコーヒーを一杯飲み、僕らは車で名古屋へ向かった。車で名古屋に行くという発想。若い。といっても、運転が苦手な僕は友だちまかせ。ひどい。
その後数年で店はなくなった。ダンキンドーナツ自体が日本から撤退してしまった。
ミスタードーナツでダンキンドーナツを思いだすなよ、と思うが、思いだしてしまうのだからしかたがない。僕もまたオールドなのだ。若返ることはない。どうでもいいこんな記憶が積もるのみ。
初めに言ったように、江東区は僕の小説によく出てくる。たくさんの登場人物が住んでもいる。住みまくっている。
で、今さらそれ? なことを言ってしまいますが。そこから来る親しみもありまして。
江東区なら、東大島に限らずどこにでも住めてしまうのではないかという気がしている。
銀座に住むのはまだ早い

惹かれる。侮れない。ありかもしれない。……住みたい!
散歩が好き、川が好き、定食屋が好き、喫茶店が好き。そんな小説家が、家賃五万円以内で住める町を探して、東京二十三区、全部歩いてみたら……。
銀座が好きすぎて銀座に住みたい千葉在住作家が、いきなり銀座はないよなぁ、と二十三区で“住めそうな”町を探索することに。神田にたゆたう神保町。静かに元気な西荻窪。駅前キュートな下落合。何ともほどよい新大塚。未知を知る鐘ケ淵。……どの町も、みんなちがって、みんないい。スマホじゃなくて、地図を片手に歩きたくなる町歩きエッセイ。











