「映像化、絶対不可能!」と話題を呼んだ現役医師作家による衝撃作『廃用身』が衝撃の映画化! 5月15日(金)の全国公開に先駆けて、主演・染谷将太さんと原作者・久坂部羊さんの特別対談をお届けします。

小説幻冬 2026年4月号より
構成・岡田仁志 撮影・倭田宏樹
【廃用身】(名):麻痺などにより、回復の見込みがない手足のこと。
「介護ホラー」にはしない。原作者と主演が語る、実写化への恐怖と覚悟
久坂部 私のデビュー作『廃用身』の映画化にあたって、主役候補として染谷さんのお名前を聞いた瞬間、主人公の医師・漆原糾像が脳内で実体を結んで、ピッタリだと感じました。漆原は患者思いの良い医師なんだけど、その極端な善意が一周まわって凶悪さをはらんでしまう。ドラマ『サンクチュアリ -聖域-』『地面師たち』、映画『寄生獣』などの作品で拝見していた染谷さんの顔や目は、そんな漆原のイメージとよく合うと思ったんです。
染谷 ありがとうございます。でも、お話をいただいたときは恐怖感もありました。これだけ深い倫理観を問う原作を映画化するとなると、映画としての倫理観も問われることになると思ったんです。『廃用身』はすでに小説として完成した作品ですから、それを映画に変換したときにおかしな形にしてしまうと、この作品だけでなく、映画というジャンルそのものにとって良くないと感じたんです。
久坂部 患者の生活や周囲の介護負担軽減のために老人の手足を切断するという話ですから、「介護ホラー」みたいなキワモノ映画にもなり得るんですよね。吉田光希監督(※編集部注:「吉」の正しい表記は上の「士」部分が「土」)は、そういう映画には絶対にしないと最初からおっしゃっていました。実際、原作を尊重した映画になったので、ありがたかった。監督が読んでいた『廃用身』の文庫本、見たことありますか?
染谷 見ました見ました。ボロッボロになってるやつですよね。
久坂部 無人島でそれしか読むものがないキリスト教徒の聖書みたいですよね(笑)。表紙のタイトルの印刷文字が薄れ、擦り切れるぐらい読み込んでくれていたので、思い入れの深さを感じましたね。
染谷 ただ映画の場合、ビジュアルがある分、小説よりも表現がキツくなりますよね。間違った伝え方になってしまうおそれもあるので、漆原を演じるのはちょっと勇気がいりました。でも原作はすばらしいし、吉田監督が撮るならしっかりした映画表現になるという確信があったので、挑戦することにしたんです。どこまでが適切な映画表現なのかを考えてつくるのは難しいと実感しましたね。危ういところをオブラートに包んで見えなくしてしまうのも違いますから。ある程度までは攻めた演技をしないと、大事なことが伝わりません。
久坂部 倫理観とエンターテインメントの両立は簡単ではないということですね。
染谷 それは映画をつくる上でむちゃくちゃ大きなテーマだと思います。
久坂部 一方が行き過ぎてしまうと、もう一方が弱くなるという面があります。私も、もちろん不謹慎な小説を書くつもりはなくて、倫理観は保ちたいとは思ってました。とはいえ、わけのわからない純文学ではなく、読者の興味を惹くエンターテインメントにもしたい。ある程度、売れるものにしないと、出版社も出してくれませんし(笑)。
染谷 自分が演じるときも、やはり大前提として、面白い映画であってほしいですね。劇映画として、お客さんに深く味わってもらいたい。だからこそ、今回の漆原役は大きな挑戦だったわけです。
純粋な善意が生む怖さ
久坂部 漆原を演じているときの染谷さんの目は、とてもきれいなんだけど、怖いんですよ。にこやかに「お年寄りの体重を減らすことができたら、介護負担を減らすことができる」などと言うんだけど、見る側はゾッとする。
染谷 今回いちばん大事にしたのは、漆原の善意です。彼の「Aケア」(廃用身〈動かなくなった患者の手足〉を切断する処置)は、「患者さんに本当に満足してもらえるサービスを提供したい」という思いを純粋に突き詰めたものでした。そこに悪意はないし、お金儲けがしたいわけでもありません。そこは間違えないように演じようと思いました。

久坂部 なるほど、その純粋さが怖さを生むのかもしれません。
染谷 映画の中での私の台詞は、大半がAケアの説明なんです。施設のスタッフ、患者さんやその家族、そして編集者の矢倉俊太郎などに、Aケアの意義を説くシーンが多いんですよ。だから、揺るぎない信念の下で伝えようと思いました。毎日、お芝居をするために撮影現場に行くというより、いかにAケアがすばらしいかを説明しに行くような気持ちでしたね。
久坂部 漆原になりきっていた?
染谷 役になりきる、というのとも、ちょっと違うんです。なりきって演じるというより、日々その説明作業に本気で集中していたんですね。相手に不安を与えるような隙を見せずに、「ほんとに間違ってないんだよ」と安心させないといけない。それをお客さんが違う角度から見ると、圧を感じてゾッとするのかもしれません。久坂部先生ご自身は、あの作品を書かれているとき、漆原になりきっておられたんでしょうか。
久坂部 23年前にあれを書いたときは、この作品の「異人坂クリニック」のようなデイケア施設でお年寄りの相手をしていたんですよ。Aケア第一号患者の岩上と同じような状況の方もいました。廃用身のせいで床ずれが治らず、体重が重いので介護者の負担も大きく、家族に虐待されていたんです。足を切断すればその分、体重が軽くなって介護が楽になるんじゃないか、と思っていましたね。ほかの患者さんからも「切って楽になるものならいっそ切ってほしい」という言葉は何度も聞きました。小説は、そういう現実からの妄想なので、ある意味では漆原になりきっていたのかもしれません。しかし、現実世界でそれをやってしまったら、手が後ろに回ります(笑)。
閉鎖的なコミュニティでの同調圧力も描きたい
染谷 そういえば、この映画のクランクインの前に、「異人坂クリニック」のスタッフ役のみなさんと自分とで、カンファレンス(特定の患者の治療方針、ケアの現状、課題を共有・検討する小規模な会議)の場面をアドリブでリハーサルしたんです。「原作にはあるけど映画では描かれていない患者さんの治療方針」という設定で、「この人にAケアをすべきか否か」を全員で話し合ったんですよ。
久坂部 それは面白い試みですね。キャストの中には介護関係の資格をお持ちの方もいらっしゃるから、リアリティのあるカンファレンスになりそうです。

染谷 みなさん、それぞれ自分の役の上での倫理観に基づいて発言するんですけど、その場のアドリブだから個人的な考えも入ってきますよね。あくまでもカンファレンスの雰囲気をつかむことが目的なので、そこでイエスかノーかの答えを出したいわけではありません。でも撮影が始まった後も、待ち時間になると、役者同士で自然とその話になるんです。「自分だったらこうしたい」とか「妻が患者だったらどうするか」とか、Aケアの話ばかりしていました。
久坂部 そうだったんですね。やはり、これは誰にとってもリアルな問題だからでしょう。介護される側にとっても、介護する側にとっても、Aケアはまったくの絵空事ではないんです。介護現場を知っている人は廃用身の問題を肌で感じているでしょうから、Aケアに拒絶反応を示さず、冷静に議論できたのかもしれません。
染谷 そうですね。介護経験のあるキャストの方からは、「あのときの患者さんがAケアを受けていたら、もっと良くなったかもしれない」という話が何度も出ていました。ただ一方で、監督は同調圧力の怖さも描きたいとおっしゃっていました。狭いコミュニティで毎日いっしょに過ごすと、みんなが同じ方向に流されてしまいます。
久坂部 善意には反論しにくいから、そこは怖いところです。とくに漆原のあのきれいな目で「患者さんのためです」といわれると、スタッフも「そうだそうだ、Aケアはすばらしい」と同調してしまう。
染谷 漆原は隙のない人ですからね。どこをどう突っ込まれても、相手を120パーセント論破できる。そういう「完璧な人」というイメージがありました。
「染谷将太をモデルに当て書きしたんだっけ?」
久坂部 ところが、Aケア第一号患者の岩上が、ある凄惨な事件を起こしたところから、空気が変わります。同調していた狭いコミュニティの外から、つまりマスコミから攻撃が始まる。吉田監督は「染谷さんの演じる漆原が、だんだん死に惹かれていくように感じた」とおっしゃっていました。
染谷 彼のように隙のない完璧な人間が世の中から攻撃を受けたときの崩れ方は、半端なものではないだろうと思ったんです。確信を持っていた善意が社会的に否定されて、「自分は間違った人間なのかもしれない」となると、立ち直れないところまで崩壊してしまう。だから、後半は「ひたすら崩れていけばいい」という気持ちでした。前半の「完璧な漆原」のほうが、演じるのは難しかったですね。
久坂部 完璧な自信家が崩れていくのは、医者にはよくあるパターンです。子どもの頃から勉強ができて、みんなに褒められて育ってきた人間がどこかで躓くと、善意の医者だったのに一気に金儲けに走ったりする。自分の優秀さに見合ったリターンが得られないとわかると、犯罪行為に近いこともします。論文を捏造したりとかね。
染谷 たしかに、「こんなに頭のいい人がなぜ?」と思う事件はありますよね。

久坂部 岩上が事件を起こした後、漆原が矢倉に「やりたいことができるようになったということですよね」というシーンがあります。あのあたりから、「完璧な漆原」がニヒリスティックな心境になっていく。
染谷 あれは、Aケアに対する自信が突然ピンボケした瞬間でした。自分のケアによって、患者はあんなことができるようになってしまった。でも、漆原自身がやったわけではないので、罪はない。崩れそうな自分を保つために、必死に正当化するシーンでした。
久坂部 「完璧な漆原」と「崩れていく漆原」の切り替えは難しくなかったですか?
染谷 そこは監督の撮影方針に変化がありました。「完璧な漆原」のときはポンと引いて、堂々と見える撮り方をすることが多かったんです。でも崩れ始めてからは、寄って撮ったりとか、違うとらえ方をする。そういう監督の映像表現が素敵だと思いました。
久坂部 完成した映画を見た後で、刊行以来ずっと放置していた原作を久しぶりに読み直したんです。すると、漆原が染谷さんのイメージにしかならない。「染谷さんをモデルにして当て書きしたんだったっけ?」と思うぐらいでした。小説だから、細かな心の動きや医者としての気遣いなどをいろいろと書き込んでいるんだけど、それがすべて染谷さんの演じた漆原と完全に一致するんですよ。そういう意味でも、この映画『廃用身』には、原作者として本当に満足しています。
染谷 そういっていただくと、うれしいです。難しい役柄でしたが、すごく有意義な時間を過ごさせていただいたと思っています。
* * *
「映像化、絶対不可能!」と話題を呼んだ現役医師作家による衝撃作を、染谷将太主演で映画化!
観る者の心の均衡を静かに解体していく、〈 悪夢のようなヒューマンサスペンス 〉が開幕――
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