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50代を迎え討つ!

2026.04.22 公開 ポスト

マリー・アントワネットか、私か。佐藤友美(ヘアライター・エディター)

テレビ朝日の報道特番に出演したことがある。「円形脱毛症のいま」というタイトルだった。

1円サイズから500円サイズまで。頭部にできた7個のハゲをカメラに向かって見せ、勝恵子アナウンサーからインタビューを受けた。
オンエアでは、「音声は変えてあります」とテロップが入り、モザイクがかかった私の顔がドアップで全国に流れた。

「会社員です。新卒で入社した会社の仕事が結構キツくて……。髪が抜け始めてから1年経ちますが、何をやっても治りません」

ヤングゆみちゃん(私)、うら若き24歳の頃のことだ。

当時、私はテレビの制作会社に勤めていた。ブラック企業という言葉もない時代に、濃厚墨汁ブラックな業界で働いていた。

ロケから帰ってきたら一度家に戻り、スーツケースに1週間分の着替えを詰め込んで再出社する。
そこからしばらくは、会社に泊まり込んで編集作業になる。

ディレクターが家に帰る深夜2時を超えると(当時は26時と表現していた)、仮眠をとるAD同士で寝場所の争奪ジャンケンがあった。
勝てば官軍ソファー。次がパイプ椅子を3つ並べて睡眠。一番負けたものは床に寝袋。

「世界ウルルン滞在記」を作るディレクターの編集室で寝るのは特にデンジャラスだった。ロケに持って行った寝袋の中から、日本では見たことがないトロピカルでカラフルな虫が這い出てきたりする。
そういえば、手の甲に日本では死滅したはずの虫に卵を産みつけられ、手から虫が孵化したディレクターもいた。彼(の手)は、『月刊 皮膚病診療』の表紙を飾っていた。

若い時分は、新陳代謝もよい。
編集室にこもりきりとはいえ、3日もするとさすがに匂ってくる。髪は給湯室で洗っていた。4日経つと、シャンプーは1度洗いでは泡立たない。役に立たないトリビアを知ったのもこの頃だった。

さて、社会人1年目でそんなヤクザな世界に足を突っ込んだ、ヤングゆみちゃん(私)。
わりと素直でおバカで体育会系気質だったので、「お給料をもらうのって、大変なんだなあ」とすんなり順応した。
テレビCMでは「24時間働けますか?」が流れていた時代のことだ。

とはいえ、である。
そんなものかと頭で思っていても、体は悲鳴を上げていたようだ。

(1)膀胱炎 (2)胃潰瘍 (3)円形脱毛症。
コンプリートしたら一人前のADと言われていた3コンボを、私は1年目でらくらくクリアした。
もちろん病院にも行ったが「まあ、そんな不規則で不衛生な生活していたら、治るものも治らないよ」と匙を投げられた。

かくて、「円形脱毛症のいま」を担当していた同期のADに、「出演してくれる人がいないんだよ! 3万円でどう?」と泣きつかれ、「5万なら」と交渉して出演したのが、冒頭の番組である。
会社員であることは嘘ではなかったけれど、収録が終わったあと、番組のスタッフさんたちにぐわっと取り囲まれた。「あなたADでしょ。体壊す前に、仕事辞めなさい!」とさんざん言われた。
それでも「まあ、ハゲで死ぬわけじゃないし」と、受け流していた。仕事自体は楽しかったし、やりがいもあったからだ。

だから、会社を辞めたのは、仕事が辛かったわけではなかった。
18歳年上の上司と恋愛をはじめ(未婚者です。念の為)「夫婦で同じ会社で働くのは嫌だ」と言われ、あっさり「うん❤️じゃあ、辞める❤️」と、返事した。
素直でおバカで、恋愛体質なのだ。

1ヶ月以上溜まった有給を消化し、最終出社日となる日は、ちょうどレギュラー番組の打ち上げの日だった。私の送別会も一緒にしてくれるという。
隣の席は大好きなタレントのYOUさんで、いろんなおしゃべりもさせていただいたし、みんなから花束ももらって、同期にはこっそり結婚の報告もして、とーっても幸せな気分で帰宅した。眠りについたのは、深夜1時くらいだったと思う。

その、深夜1時から、次の日朝7時に目が覚めるまでの間に。

とんでもないことが起こった。

たった6時間の間に……
すべての円形ハゲから……

ぐわっと毛が生えていたのである!!!!!!!

うそっ!!!!!!
これまで何をやっても生えてこなかった!!! 毛が!!! ここに、ある!!!

ガガーリンが「地球は、青かった」と言ったくらいの重みで、私は「毛は、生えていた」と叫びたい気持ちだった。

生えたての毛は硬い。触ると男性のヒゲのように、じょりっとする。その毛たちは、驚くべきスピードですくすくと育ち、あっという間に、ショートヘアだった私の地毛の長さまで伸びた。
おまいら、雨後のタケノコか!

その時、私は、人生における非常に大事な教訓を得た。
頭では大丈夫だと思っていても、体は大丈夫ではないことがある。
体の反応を一番信頼すべきである

テレビの仕事を辞めて私はライターになったが、その際に決めたことがひとつだけある。
「どんなに仕事が楽しいと思っていても、再びハゲができたときは、絶対に辞める」

そう決意した日からかれこれ25年。
ライターになってからは、一度もハゲができたことはない。きっと、この仕事が性に合っているのだろうと思っている。

さて、給湯室で3日に1回髪を洗っていたヤングゆみちゃんは、その後、こともあろうかファッション誌の美容ライターになった。専門は「髪」。ヘアスタイル&ヘアケアである。ときどきテレビでヘア解説などもしている。
人生とはわからないものである。

ヘアライターになってから得た知識で、実感したことが、ひとつある。

私、「毛」まわりがセンシティブすぎ!!!

いや、あれなんですよ。わたし、メンタルはちょっと信じられないくらい太いんですよ。
日本中の神経細やかさんたちに爪の垢を配ってまわってもなお余りあるほど、メンタルが粗雑で鈍感にできている。

なのに、毛は!
毛だけは、すごく感受性が豊かなのである。

たとえば、マッチョタイプの実業家の原稿に数日がっつり取り組んでいたら、もれなくヒゲが生えてくる。男性ホルモン?
たとえば、やたらモテる色っぽいお姉様の原稿に集中している時期は、髪がやわらかくなる。やたら手触りがよくなる。書き上がると元に戻る。

極めつけは、白髪が消えた。
まあ、聞いてくれ。

行きつけの美容院でヘアカラーをしていた時の話である。

20代の頃からの付き合いの美容師さんに、「ゆみさん、白髪がまったく無くなりましたね」
と、言われた。
「え? 白髪?」
驚いて聞くと「以前は結構白髪が多かったから、白髪用の明るめカラーを使っていたんですよ」と彼は言う。そうなのか。そういえば、そうだった気もする。

ヘアライターになってからずっと、私は明るいヘアカラーで通している。

黒い画用紙に白いクレヨンで線を描くと目立つけれど、ベージュの画用紙に白いクレヨンで線を描いたら目立たない。
それと同じように、明るいヘアカラーをしていると、白髪はあまり目立たない。さらにブリーチをしてメッシュを入れると、さらに、白髪が目立たなくなる。

ブリーチすると髪が傷むのでは? と聞かれるけれど、白髪染めでしっかり暗くしようとしたら、相当強い薬剤を使うから、似たようなものだと思う。

というわけで、もともと白髪が目立たないカラーをしていたので、あまり気にしていなかったけれど。白髪そのものはまあまあ多かったんだよな、私。

それがいまや、本当に、見当たらない。月に1、2本見つけるくらいか。
抜くと毛根を傷めるから、白髪は根元から眉切りバサミなどで切るのがセオリーだ。私も原稿ではそう書くし、テレビではそう言う。でも、面倒だから、自分ではぴっと抜いてしまう(おいこら)。

どうして白髪がなくなったのだろう。美容師さんに聞いてみた。

「僕も、長年美容師やっているんですけれど、一度あそこまで増えた白髪がなくなった人って、ゆみさんくらいなんですよね」
と彼は言う。
「何か原因があるのかな?」
と尋ねると、
「言いにくいんですけれど……」
と前置きしたあと
「6年前くらいです。離婚されたあとですね。突然、白髪が減りました」
と言われ、あーーーーーーーーーーと、なった。

円形ジョリジョリぼうぼう事件と同じではないか!

「やっぱり、ストレスって関係あるのかな?」
と尋ねると
「ストレスの有無が、髪に出やすいタイプなのかもしれませんね」
と、美容師さんは言う。(ちなみに、離婚したのは18歳年上の夫ではなく8歳年下のsecond husband だが、それは今は割愛)

かのマリー・アントワネットは、ギロチン行きを告げられたとき、ひと晩にして白髪になったという逸話がある。
「ストレスで髪が突然白髪になるものなの?」
と聞くと
「いま生えている毛が白くなることは物理的にないですね。でも、新しく生えてくる毛が白くなることはありえるかもしれません」
と言う。
たしかに、毛の途中から白髪になっている人様の髪の毛を何度か見たことがある。あれは、人間における年輪みたいなものなのか。

ああ、この年にきっとショッキングな出来事があったんですね。
そんな感じ。

帰宅してから気になって調べてみたら、マリー・アントワネットは、断頭台に送られる際、ベリーショートにカットされていたそうだ。
捕まってから2ヶ月牢に入っていたとしたら、その間に生えた2センチ分が、白くなっていた可能性はある。

髪の毛は、毛生え工場と、色つけ工場によって支えられてる。

2020年のハーバード大学の研究によると、過度なストレスによって分泌されるノルアドレナリンは急速に色素再生幹細胞を活性化させて枯渇することがわかったそうだ。

マリー・アントワネット(と私)の色つけ工場は、ギロチン(と離婚)の急激なストレスによって破壊され、それで白髪になったというわけか。

マリーは死んだけれど、私は生き残った。生き残った私はストレスから解放され、再び工場が動き始めた。そんなところか。

たかが、髪。
されど、髪。

頭で考える「大丈夫」より、毛根が叫ぶ「NO」を信じて生きていきたい。

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50代を迎え討つ!

美容ライター&コラムニストの佐藤友美(さとゆみ)が、きたるべき50代を、なるべく明るく楽しく最小限の痛手で迎え入れるために、尊敬する先輩や頼もしい識者の方々に話を伺いながら右往左往するコラム。

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佐藤友美 ヘアライター・エディター

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門の美容ライターとして活動したのち、インタビューライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。著書に『女の運命は髪で変わる』、『書く仕事がしたい』、『ママはキミと一緒にオトナになる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。中学生の息子を持つシングルマザー。

 

 

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