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ジェンダー・ジャスティス

2026.03.24 公開 ポスト

「お礼は同意ではない」「イエスも必ずしも同意ではない」権力差のある関係と性加害のメカニズム内田舞

性加害事件が次々と発覚し、無自覚な加害者が生まれる背景には、どのような構造があるのでしょうか。ハーバード大学医師、内田舞氏による『ジェンダー・ジャスティス 社会の無意識が生み出す性と権力の構造』は、個人を断罪するのではなく、社会を考える本として多くの方に読んでいただきたい本です。3月25日の発売を前に、「第二章 パワーバランスが不均衡な関係で『同意』は可能か」から抜粋してご紹介します。

「同意」は「契約」ではない

近年の芸能人による性加害の問題においては、「同意」が争点として報じられています。

中居正広氏の問題においては、中居氏の代理人が「不同意によるものではなかった」と主張。松本人志氏の問題においても、「性加害を受けた」と主張している女性がホテルから出た後に送ったお礼のLINEの画像が報じられ、松本氏のフォロワーたちが「やっぱり性加害はなかった」「女性は当初は満足していたんだ」と、松本氏を支持していました。

その様子を見て、私は愕然(がくぜん)としました。感謝の思いとトラウマが共存することもあれば、その後の仕事や私生活への影響を恐れて形だけのお礼をすることもある。「お礼をする」=「性加害はない」と考えることは、「同意」というプロセスが歪(ゆが)んで理解されてしまっている証であるように思えました。

同意というのは、決して性的な同意に限られた概念ではありません。皆さんは同意と聞くとどんなことを思い起こすでしょうか? 医師である私は医療行為のインフォームドコンセントがまず思い浮かびます。

医療行為の前に医師はどんな治療や投薬を勧めるか、患者さんにとって必要な医療行為に関するリスクとベネフィット(効果)を十分に説明し、患者さんの疑問を解消し、希望を聞きながら治療などのステップを決めていきます。患者さんは説明を受けたうえで、「この医療行為をすることに同意します」とサインする。これがインフォームドコンセントです。

では、「セクシャルコンセント(性的同意)」についてはどうでしょうか。

「同意」とは、自分の意思で「イエス」「ノー」の返答ができて、かつそれが受け入れられるということ。

上司と部下、教師と生徒、コーチと選手、先輩と後輩といった上下関係によってパワーバランスが不均衡な状況、あるいは暴力などで脅されて「怖い」という感情がある状況の中での「イエス」は、言葉で「イエス」と言ったとしても同意を得たことにはなりません。女性が仕事を失ってしまうことを恐れて上司の性的なアプローチに「ノー」と言えない状況での「イエス」も「同意」ではありません。

同じように、同意を理解するうえでとても大切なのが、「欺 瞞」「威圧」「脅迫」「孤立化」といった要素がある中での同意は同意ではないということです。

たとえば、性加害報道の中で、「飲み会に来たのだから、彼女は性行為に同意した」と言及する人もいますが、それはどうなのでしょうか?

「飲み会だと思ったら、実は性的上納システムだった」は“提示された情報の欺瞞”に当たります。「この飲み会では、あなたはセックスをすることが望まれています」という情報を提供されたうえで、「私はセックスしてもいいです」というつもりで参加に同意したのか。おそらくそうした情報を提供されていない可能性が高い。

「社会の中で圧倒的に力のある人から求められた」は“威圧”であり、「粗相があった場合は君の仕事がなくなる」は業界内のパワーバランスを使った“脅迫”となります。外界との連絡手段である携帯電話を取り上げられ孤立させられることは、“サポートラインを断ち切られた状況”を意味しています。

こういった状況の中での「同意」は、同意ではありません。「ノー」が受け入れられない環境の中での同意は、同意ではないのです。

性加害でよくあるのが、被害者側が「イエス」「ノー」を言う機会を与えられていない、あるいは「ノー」と言っているにもかかわらず、「それはイエスの意味だろう」「やってしまえば気が変わるだろう」と、自分勝手に間違って解釈される場面です。「ノー」がまったく意味をなしておらず、同意のプロセスがないに等しい状況です。日本ではこうした状況がまだまだあると思いますが、スウェーデンでは「Yes means yes!」という「積極的な同意がなければ、

それはノーなんだ!」との考え方を性交同意法に取り入れています。

また、同意は「契約」とは異なるものです。両者の流動的なコミュニケーションの中で情報を提示して、状況に応じて、「イエス」「ノー」を伝える、そのプロセスが同意です。

医療的なインフォームドコンセントを例に説明しましょう。医師が「このような治療を行います」と情報提示したうえで、「それに同意しますか」と確認し、患者は「イエス」か「ノー」で答える。いったん「イエス」と言っても、その後の臨床治験で今まで知られていない副作用がわかるなど新しい情報が出てきたり、状況が変わったりしたときには、改めて患者は「それならこの治療はやめます」と方向転換しても構いません。

あるいは「この治療を試してみたけれども、私にはちょっと合わないと感じたのでやめます」と言っても構わないし、処方された薬を飲む直前に「もう一度考えたら不安が多いからやめます」と言ってもいい。同意は取り下げ可能なのです。

こうしたものが「同意」であるにもかかわらず、LINEの感謝のメッセージ一つで、同意があったと解釈するのは誤りです。性加害やパワハラを受けた被害者は、相手とのパワーバランスの中でどうにか自分がサバイブしていくためにその場を取り繕い、加害者に感謝の気持ちを伝えるといったことはよくあることです。

たとえば、自分が上司からパワーハラスメントを受けていたとします。その上司に対して休暇の後に手土産を持参し、「いつもありがとうございます」とお礼を言うことだってあるでしょう。しかし、それはパワーハラスメントを許容しているわけではまったくありません。弱者はそうせざるを得ない立場に立たされているだけなのです。

日本では性行為をする前に相手の同意を得て、記録に残すアプリが開発されたというニュースを目にしましたが、これはとても危険だと感じました。そもそも本当にすべての情報を提示されたうえでの「イエス」だったのかどうかわからない。たとえすべての情報が提示されていたとしても、気持ちや状況が変わったら同意を取り下げてもいいのです。

にもかかわらず、アプリによって「ほら、いったん同意したじゃないか」と主張し、性行為を強要する人が出てくるのではないか、「同意にサインしてしまったから断ることはできない」と誤解して後悔する人が出てしまうのではないか、と懸念されます。

同意は、契約やルールではなく、互いの思いや意思を尊重するためのものです。誰であっても「自分の身体や意思は自分のもの」と思え、そして「自分の存在や意見には意味がある」と感じる権利があります。これは、「自分の尊厳を守ること」であり、メンタルヘルスを保つうえで最も大切なことだと私は思っています。

 

内田舞『ジェンダー・ジャスティス 社会の無意識が生み出す性と権力の構造』

近年、次々と発覚する性加害事件。それらは、特別な人間による例外的な出来事なのだろうか。ジェンダー=男女の不均衡がいまだ根深い日本社会では、事件が起きると、女性の振る舞いを問題視する声さえある。しかしそこに深く関わるのは、加害者の悪意・無自覚だけではなく、社会に埋め込まれた偏見、メディアが再生産する固定観念、声を上げない組織文化だ。個人を断罪しても不正義は正されない。小児精神科医が自身の経験と心と脳のメカニズムから問題の構造を解き明かす。社会の見方と自らの意識を更新する一冊。

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ジェンダー・ジャスティス

2026年3月25日発売『ジェンダー・ジャスティス 社会の無意識が生み出す性と権力の構造』(内田舞著)について

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内田舞

小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。2007年北海道大学医学部卒業、2011年イェール大学精神科研修修了、2013年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。
日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格、研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。
著書に『まいにちメンタル危機の処方箋』(大和書房)、『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)、『REAPPRAISAL(リアプレイザル)』(実業之日本社)、『小児精神科医で3児の母が伝える子育てで悩んだ時に親が大切にしたいこと』(日経BP)、共著に『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)、『仕事をしながら母になる 「ひとりじゃないよ」心がラクになる思考のヒント』(KADOKAWA)などがある。

 

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