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それが、人間

2026.03.22 公開 ポスト

大人という役割疲労

強盗を虚偽通報する理学療法士、パンツ一丁の老人、アスファルトでクロールするおじさん——「大人」の放棄の仕方とはインベカヲリ★(写真家、ノンフィクション作家)

大人という役割疲労

「強盗に遭った」と、偽の110番通報をする大人などそういないと思うが、なぜか最近、山形県で相次いでいるらしい。

 

去年12月には、無職の女(24歳)が「自宅に入ってきた男に殴られ、現金約5万円の入った財布を奪われた」と虚偽通報。
今年1月には、理学療法士の男(31歳)が、「荷物を取っているときに、後ろからカッターのようなもので首などを切りつけられた」と虚偽通報。
今年2月には、消防署員の男(54歳)が、「2人組の男に包丁で脅され、現金約80万円を奪われた」と、自分の両手足を縛って虚偽通報。

どれも供述に矛盾点があり、目撃情報もないことから虚偽と断定され、警察の業務を妨害したとして逮捕されているという。

一体、山形県で何が起きているのか。
強盗にお金を取られたからといって、警察が代わりに返してくれるわけでもあるまいし。しかも、彼らのうち2人は正業に就いており、残る1人も若い女性だ。犯罪からもっとも遠い属性ではないか。
にもかかわらず、3か月の間で3件も続いたことを考えると、これは一つの社会現象といっていいだろう。油断すれば、あっという間に全国に広がりかねない。
というわけで、虚偽報について考えてみた。

3人の言い分は、いずれも「強盗に脅された」というものだ。殴られたり刃物を向けられたりして、とても怖い目に遭っている。
通報した時点で、彼らは紛うことなき被害者。「大丈夫だった?」「もう怖くないよ」「お巡りさんが助けてあげるからね」という立場を手にしている。
ひょっとすると、これこそが彼らの欲しかったものではないのか。

人は皆、赤ちゃん返り願望を持っているものだ。布団からなかなか出られないのも、その一つだろう。
だが悲しいことに、人間は一度育ってしまえば、二度と元のサイズに戻れない。小柄な女性ならまだしも、大柄な男性や、社会的地位のある男性であればなおのこと、誰も赤ちゃん扱いはしない。死ぬまで「大人」をやり続けるしかないのである。

かたや世間は、大人に冷たい。ただいるだけで飴をもらえるようなことはなく、迷子になっても声をかけてくれる人はいない。それどころか大人は、見えないナイフを突きつけられ、常に脅されながら働いているようなものだ。
そんな見えないナイフを具現化したのが、今回の虚偽通報騒ぎだったのだとしたら。恐怖心を訴えるために強盗物語をつくり、自らを赤ん坊の立場へと引き戻そうとする試みだったとしたら。非常に合点がいく。
山形県で多発する理由はわからないが、他県に比べて「大人」圧力が強かったのかもしれない。

そもそも、現代人は「大人」であることを求められすぎている。大人であるとは、つまり秩序を守らされるということだ。しかも、この「秩序」は厄介で、真面目に守ろうとすればするほドツボにハマるというバグまで起こしている。

例えばゴミ出し。
ある知人は、ゴミの仕分けを完璧にしようとするあまり、ゴミが出せないというジレンマに陥っていた。可燃物と不燃物の仕分けはもちろん、プラゴミは洗ってから、個人情報のある紙類は専用の道具で消してから捨てる。さらに、特殊なゴミは自治体のホームページで捨て方を調べ、清掃員がケガしないよう配慮までする。こうして正しいゴミ捨てをしようとした結果、ゴミ捨てのための作業時間が取れず、どんどんゴミが溜まっていくという。
まさに、ゴミ捨て神経症だ。

また別の知人は、ファストファッション業界の裏にある過酷な労働環境に反対するため、国産で質のいい服を買うことを自分に課していた。だが、そうするとお金も時間もかかる上、よく考えると、服なんて何でもいいと思っている自分に気がついた。一体何をすれば正解なのだろう? と考えるあまり身動きがとれなくなってしまったという。

このように、秩序を保とうとすると、とたんに生活が回らなくなるのが現代社会なのだ。ズボラなほうが、よほど人間的ともいえる。

太平洋戦争後の食糧難時代、違法な闇米を食べなければ庶民は生きていけなかったが、かたくなに法を守って闇米を口にしなかったことで、栄養失調で死んだ山口良忠という人物がいる。
きっと令和の山口良忠は、人知れずたくさんいるのだろう。

ちなみに、私の住む中野区では、もっと堂々と「大人」を放棄してる人たちがいる。
例えば、パンツ一丁で歩く老人。
一時期、路上でよく出くわしたが、パンツ一丁は合法なので、警察官も素通り。あるときは釣竿を持って歩いていたので、さながら浦島太郎のようだった。

また、ある雨の日、コンビニ袋を全身に被り、ずぶ濡れになりながら歩いている若い女とすれ違ったこともある。目的がわからないだけに、これは結構怖かった。

さらに、トライアスロンの練習なのか、マラソンしながら向かってきたかと思ったら、突然アスファルトでクロールを始め、また走っていくというおじさんも一時期よく目にした。淡々とやっているだけに、これも地味に怖かった。

だが、こうして小出しに秩序を壊せる人は、まだ健全なほうなのだろう。
困るのは、真面目に生きた結果、ある日突然発狂してしまうパターンだ。

今年2月には、三重県のコンビニで、無職の男(28歳)が、女性店員を刃物で刺し逮捕された。男は、「自殺をして人生を終わらせたいと考えるようになった。人を殺せば楽になると考えた」と供述。もはやロジックがわからない。
追い詰められた現代人は、死んで楽になるのではなく、人を殺して楽になろうとするというところまで来ているのだ。

それに比べれば、虚偽通報で赤ちゃん返りなど可愛いもの。
極端な行動に出る前に、ほどよく大人であることを放棄してほしいものである。

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それが、人間

写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。

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インベカヲリ★ 写真家、ノンフィクション作家

写真集『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』。著書『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『私の顔は誰も知らない』『伴走者は落ち着けない』『未整理な人類』など。

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