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暮らすホテル

2026.01.02 公開 ポスト

芽吹き、つながる 五感で愉しむアートホテル 白井屋ホテル/SHIROIYAHOTEL越智月子(作家)

ちょうど昨年の今頃のこと。福岡に帰省をした際に友達と久しぶりに大宰府天満宮へ行った。紅い太鼓橋を渡り、まっすぐに進み、楼門をくぐる。……あれ? 見慣れたはずの本殿がない。かわりに現れた建造物はいとも不思議なたたずまい。黒で統一した斎場の屋根は柔らかな曲線を描き、その上にはさまざまな木々が茂っていた。さながら「浮かぶ森」のおもむき。説明書きによると、本殿は令和の大修繕中。目の前にある建造物は3年間限定の仮殿なのだという。この天神様のお引越し先、どこまでも自由で現代的なのだけど、なぜか厳かな景観にすーっと溶け込んでいる。手掛けたのは建築家の藤本壮介。過去から現在、そして未来へとつながるこの感じ、すごくいいな。

 

……半年後。どこか面白いホテルはないかなとググっていたら「おっ!」と目をひくホテルがあった。群馬の前橋にある白井屋ホテルだ。300年もの歴史を持ちながら廃業してしまった老舗ホテルが「前橋まちなか再生プロジェクト」の一環としてアートホテルへと生まれ変わったのだという。設計は藤本壮介! 大宰府のあの「浮かぶ森」の人が手掛けたホテルと聞けば、もう泊まるしかない。

ローレンス・ウィナーがファサードを手掛けたヘリテージタワー

東京から電車で一時間半。白井屋ホテルは前橋の中心街に位置する。もともとあった建物の歴史を引き継ぐ「ヘリテージタワー」と旧利根川の土手をイメージして新しく建てられた「グリーンタワー」の二棟から成る。街のランドマークとして開かれたこのホテルは、新旧どちらの棟からも出入りできる。私が選んだ入口は、コンセプチュアルアーティスト、ローレンス・ウィナーのカラフルなデザインが目をひくヘリテージタワー。ちなみにこのホテル、エントランスで、エレベーターで、廊下で……いたるところで、再生プロジェクトに賛同した国内外のクリエイターたちの作品に出会える。

パサージュに佇む壁面アートはニューヨークで活躍中のリアム・ギリック作

パサージュ(小径)を抜け、ホテルフロントへと向かう。「こちらへどうぞ」と案内されたゆったりソファに腰をおろし、ウェルカムドリンクのゆずほうじ茶を楽しみながらのチェックイン。天窓から午後の光が射してきて、奥に広がるラウンジの植栽や家具を照らし出す。いやはや圧巻! 旧館にあった床や壁、天井をすべて取り払い、四層になった吹き抜けには配管が張り巡らされ、縫うように階段が螺旋を描く。鍵と一緒に渡されたアートマップには館内の見どころが満載。う~ん、このままホテル内を見学したいような……。でも、まずは、さらに気になるきょうのお部屋へ。

「街のリビング」と呼ばれるラウンジは宿泊者でなくとも見学できる

名だたるクリエイターが手掛ける28の客室はすべて異なるデザイン。どこにしようか、悩みに悩んで藤本壮介監修のスペシャルームに泊まることにした。白を基調としたシンプルな内装。客室のコンセプトは前橋市がビジョンとして掲げる「めぶく」。なるほど、椅子のアームやカフェテーブル、ベッドの脇など家具と一体化した細いパイプの先からぽっ♪ ……ぽっ♪ ……またぽっ♪ ベンジャミンの葉が音符のように芽吹いている。こんな客室、見たことない。ベッドに横たわっても、ソファに座っても、壁際に体操座りしても、どんな角度からも、瑞々しい葉が心地よい高さで浮いて見える。軽やかで自由、そして不思議なのに懐かしい。この感じ、前に訪れた大宰府の仮殿と似ている。見た目はまるで違うのに、つながる記憶。これぞ藤本壮介マジック。

家具と一体化したパイプには水が入っていて数日に一回スタッフが枝を交換している
藤本壮介が内装を手掛けた 「めぶく部屋」
家具も藤本壮介が手掛けた

コンクリートの質感を想わすカーテンごしの光が暗くなってきた。そろそろホテル内散歩の時間だ。ドアを開けると、螺旋階段へと続くブリッジが見える。剥き出しの梁と階段が複雑に絡みあい、その間を縫うように配管が配置され……エッシャーの世界に迷い込んだような。視線の先に現れるアート、乳白色に淡く発光する配管、なだらかに渦を巻く階段……動くたびに景色が変わる。「今のオブジェやっぱりもう一度みたい」と降りた階段をまた昇ってみたり。かくして、行きつ戻りつ道中を愉しみながらオールデイダイニング兼ラウンジの「the LOUNGE」へ。乳白色に光る配線の下、ハヤシライスを食べる。サーロインを長時間煮込んだというだけあって、甘酸っぱいお肉がほろほろと口の中でほぐれていく。口福なひとときに浸っていると、ワインを運んできたスタッフが笑顔で話しかけてくれた。「夜9時頃になったら、また降りてきてください」「どうしてですか?」「いらっしゃればわかります」

一度見たら忘れない、でも構造は理解できない螺旋階段
緑とアート、配管、そして階段がシームレスにつながる

「お愉しみはこれからです」とスタッフが教えてくれた午後9時。いとしの階段を降りて再びラウンジへ。うん? 何も変わってないみたいだけれど……あらまっ☆ フリードリンクのりんごジュースに手にし、ソファに腰をおろしたその刹那、空の色が変わった。いや……正確に言うと、それまで乳白色だった配管が紅く染まり始めたのだ。夕陽みたいだと思ったのも束の間、今度は青く、青く、染まり輝く。しまった、このグラデーションの動画を撮り損ねた。でも、ま、いっか。頭をからっぽにして天を仰ぐ。なんて豊かなひととき。配管が七色に変わり始めた頃、スタッフがやってきて「お夜食におっきりこみを用意していますが、召し上がりますか」。ええ、ええ、もちろんいただきますとも! 光のアートを見ながら、上州名物が食べられるなんて、天にも昇る心地。

夜明け前と勝手に命名。さまざまな表情を見せる「ラィティングパイプ」はレアンドロ・エルリッヒによるもの
上州名物「おっきりこみうどん」。群馬を代表する郷土料理は夜食にぴったりの優しい味つけ
七色に輝くライティングパイプ。照明がお月さまみたい

 

白井屋ホテルで過ごした特別な一日。気がつけば、午後3時のチェックインから翌日午後11時のチェックアウトまで一歩も敷地内から出なかった。それでもまだこのホテルに想いが残る。やみつきになるというベッドルームサウナにも入りたいし、点在するアートもじっくり愛でたい。そうそうグリーンタワーの散歩もしたいし……。そんなわけで、2カ月後にまたまた来てしまった。滞在したのは屋内バルコニーから吹き抜けが一望できる最上階の客室。ドアを開けた瞬間、あの剥き出しの梁と配管が見える。早速バルコニーへと出てみよう。前回何度も見上げた風景が目の高さに広がって、なんだか宙に浮いているみたい。うん? 剥き出しのコンクリートの壁には「芯200」との走り書きが。半世紀以上前のリフォームに携わった職人さんが書き残したものだろう。旧さと新しさ、過去と未来、硬さと柔らかさ、背反するいくつもの要素がここではシームレスにつながっている。これぞ生きた建築。ふと正面を見ると、吹き抜けの向こうで屋内バルコニーに佇んでいる人と目があった。「どうも」。思わず軽く手をあげた。向こうもすぐに同じポーズで笑顔を返してくれた。あっ! 私の中で今、何かが芽吹き、つながった。

ドアの前のこの風景が好き
再訪時のお部屋。吹き抜けにそのままつながるような居心地のよさ
屋内バルコニーからの眺め
壁には職人さんの書き込みが
何度見ても胸躍る景色

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暮らすホテル

遠くへ出かけるよりも、自分の部屋や近所で過ごすのが大好きな作家・越智月子さん。そんな彼女が目覚めたのが、ホテル。非日常ではなく、暮らすように泊まる一人旅の記録を綴ったエッセイ。

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越智月子 作家

1965年、福岡県生まれ。2006年に『きょうの私は、どうかしている』でデビュー。他に『モンスターU子の嘘』『帰ってきたエンジェルス』『咲ク・ララ・ファミリア』『片をつける』『鎌倉駅徒歩8分、空室あり』『鎌倉駅徒歩8分、また明日』など。

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