
シンガーソングライター・グループ WHITE JAMのラッパーとして活躍するGASHIMAさんの新連載がスタートしました!
連載タイトルは『先生、俺またバグってます。』。
日本とアメリカで経験した過去、生い立ちと音楽、そして双極性障害と診断を受けたこと――
メンタルヘルスの狭間で感じた「生きづらさ」を、パーソナルかつリアルに綴るセルフドキュメンタリー連載です。
人生の“バグ”と向き合いながら綴る、軽やかで、でもどこか真実に触れる言葉たちをどうぞお受け取りください。
* * *
「あなたの症状は双極性障害、いわゆる躁うつ病です。」
蚊の泣くような声で担当医師が診断結果を伝えた。
精神疾患を抱えた人には大きな声が刺激となる。
それを配慮して、そのトーンと口調なんだろう。
「そういうことかーい!!!!!!」
神妙な顔つきで診断結果を伝える先生とは裏腹に
最初に湧いてきた感情は安堵と納得だった。
「GASHIMAはイカれてる」
「ユー・アー・クレイジー」
「お前ヤバいって……」
兵庫県、アメリカ、東京。
人生でいろんなところを転々としてきたけど、
すべての場所で友人にそう言われてきた。
「いつから病気だったの?」と言われたら
いつが始まりだったのかも分からない。
だから、原因を聞かれても分からない。
だけど、今まで抱えてきた謎が一気に解けた。
俺自身、ずっと意味不明だったのだ。
いきなり同級生を殴ったのも、そうか。
急にベッドから出られなくなったのも、そうか。
興味ないブランドものを突然、爆買いしたのも、そうか。
「もう生きるのは無理だ。」と友達に電話したのも、そうか。
なるほど、全部、躁うつだったのか!!!!!!
全部の点がつながった。
ヤンキーでもなんでもないのに
急に喧嘩っ早くなる自分がいる。
かと思えば、「自分には何の価値もない」と言い出して
消えてなくなりたくなる自分がいる。
やたらと社交的で陽気になって
知らない人に会いに行く自分がいる。
かと思えば、人と話すのも億劫で
部屋から出られなくなる自分がいる。
「俺ってなんなの?」
ずっと不思議に思ってきたことが一本の線になる。
この診断を受けた時の俺は躁状態だった。
2ヶ月前から睡眠時間が4時間ほどになった。
なのに、元気で調子は良かった。
早朝から起きて、曲も書ける。
キックボクシングジムに行って、
選手たちと同じメニューをこなす。
帰ってきて、また夜中まで曲を作る。
「別に眠くもないけど、
このままだと身体壊しそうだな。
眠剤でももらって寝るか。」
そんな軽い気持ちで
行ったのが最初の心療内科だった。
「ストレスによる不眠ですね。
少しの抗うつ剤と睡眠薬を出しておきます。」
そう言われて、SSRIという種類の抗うつ剤と
睡眠導入剤を出された。
すべてが狂ったのはここからだ。
SSRIは通常の鬱の人に処方されると
脳内のセロトニン量を増やして、
落ち込みや不安を和らげる効果がある。
問題は俺が双極性障害だったこと。
双極性障害の人間がSSRIを服用する時は
気分安定剤などを組み合わせて服用しないと
気分が上がりすぎて、躁状態になってしまうことがある。
(これを躁転と呼ぶ)
既に上がりまくりの躁状態だった
俺はSSRIを投与されて、
月の裏側まで吹っ飛んでいった。
「目を瞑ったら、ピラミッドが見える。」
「宇宙が俺に話しかけてくる。」
「冷蔵庫の待機音がうるさすぎて死にそう。」
警察が聞いたら尿検査不可避な発言のオンパレード。
ぶっ飛びすぎた俺を見かねた後輩くんが
入念な下調べの末に連れてきてくれたのが
この病院だった。
心配そうに俺のことを待合室で待つ後輩くん。
彼に向かって歩きながら、
ダウンタウン浜ちゃんの結果発表ぐらいのテンションで
「躁うつ病でしたーー!!!!!!」と
伝えたことは今でも覚えている。
「病名があるなら、何かしらの対処法はある。」
そう思えたことが何よりの救いだった。
自分の中にある得体の知れない気分の波。
その正体がわからないまま人生を
生きていくことの方が不安だった。
「躁うつって大丈夫なんですか……?」
心配そうに聞く、後輩くん。
「知らね! とりあえずメシでも食いに行こう!」
やけに明るく言い放つ俺を見て、
後輩くんは余計に心配そうな顔をしていた。
「カニエ・ウェストもカート・コバーンも躁うつだろ?
やっぱ俺って天才だったんじゃん!!!!!」
と謎のハイテンションでまくしたてる俺。
「あとは死なないようにするだけだな!!」
と嬉しそうに語り続ける。
「ガシマさん、さっさと薬飲んで下さい……」
と後輩くんは呆れた顔で水を差し出した。
あれから6年の月日が経った。
まだ繰り返す波に振り回されながらも、
俺はこうして音楽を続けながら生きている。
あの時、後輩くんが無理やり俺をタクシーに
乗せて病院に連れて行かなかったらーー
きっと俺は月の裏側からは帰って来られなかった。
そう考えると怖くなる。
今でもたまに鬱に負けそうになる夜。
君の心配そうな顔を思い出しては
少し踏ん張っちゃってる。
ありがとう、後輩くん。
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先生、俺またバグってます。

シンガーソングライター・グループ WHITE JAMのラッパーとして活躍するGASHIMA。
そんな彼はある日、「双極性障害」であると診断される。
思い返してみれば、昔から自分はちょっとバグってた。
日本とアメリカで経験した過去、生い立ちと音楽、メンタルヘルスの狭間で感じた「生きづらさ」をパーソナルかつリアルに綴るセルフドキュメンタリー連載。
目まぐるしく変わる環境に対するやり場のない怒り。
振り返ってみれば「若気の至り」だと思っていた破壊的衝動。
あれも、これも、もしかしたら躁状態だったのかも?
“ただの勢い”の裏にはちゃんと病理があった。
そう思えると、あの時の俺も少しだけ愛せるようになった。
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