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書くこと読むこと

2025.06.28 公開 ポスト

実石沙枝子さん『扇谷家の不思議な家じまい』:女性がパワフルな物語を書きたかった。瀧井朝世

「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。

今回は、『扇谷家の不思議な家じまい』を刊行された、実石沙枝子さんにお話をおうかがいしました。

小説幻冬2025年7月号より転載)

 

*   *   *

実石沙枝子:1996年生まれ。「別冊文藝春秋」新人発掘プロジェクト参加、ポプラ社小説新人賞奨励賞を経て、2022年『きみが忘れた世界のおわり』で小説現代長編新人賞奨励賞を受賞。

地方都市で造船業を営んできた扇谷家で、予知能力を持つおばあさまが近々来る自分の死を予言した……。実石沙枝子さんの新作『扇谷家の不思議な家じまい』はそんな家族の群像劇だ。

「デビュー前、超能力が女性だけに遺伝する一族の話を書いて日本ファンタジーノベル大賞の最終候補に残ったんです。結果的に落選しましたが、どうしてもこの設定でリベンジしたくて。何か掛け合わせるネタが必要だと思っていたんですが、ある時ふと、家じまいだ、と浮かびました」

なぜ以前から女系超能力一家という設定に惹かれていたのか。

「女性がパワフルな物語を書きたかったんです。家のこととなると男性が主導権を握ることが多いので、女性が軸を握るには、女性にだけ遺伝する秘密があるといいなと思っていました」

冒頭に家系図があって分かりやすい。時子おばあさま、その娘の恵美子、孫の美雲、ひ孫の立夏と、兄妹の中で世代ごとに一人ずつ女性がいる。そんな彼女たちが主な視点人物となっていく。

「最初は2025年の1月から12月までの話にしようと思っていました。でも話を考えていくうちに、それぞれが語りたい時代が全部違うと気づいて。それで、月は順に進むけれど時代はバラバラ、という構成にしました」

第一話の語り手は大学生の立夏。彼女は認知症のおばあさまが度々口にする「庭の桜の木の下に死体を埋めた」という言葉が気になっている。彼女は“言葉なき者の声を聞く”力の持ち主で、幼い頃から桜の木と会話してきたのだ。声の主は木ではなく埋められた死者ではないかと思い当たる。

「おばあさまが人を殺したらしい、という謎はフックにするつもりでした。よく小説の作法で“最初に死体を転がせ”と言われますが、本当に転がすとミステリーになるので、転がさずに埋めることにしました(笑)。桜の木の下というのは日本文学のひとつの美の象徴だし、庭に桜の木があると名家っぽくていいなとも思っていました」

謎を含みつつ物語は時代を行き来する。能力者ゆえに扇谷家の女性たちは結婚相手が決められており、時子は婿どりをし、恵美子は恋人と別れさせられ親の決めた相手と結婚した。女性の生き方の不自由さが浮かび上がるが、それが不幸だと決めつけてはいない。

「恵美子のように腑に落ちない状況でも絶対幸せになると決意して幸せになることも可能だと思うんです。どのように幸せになるかは、その人の選択なので」

一方、恵美子の姪で予知能力者の美雲は、大親友の女友達とその幼い娘との暮らしを選んだ。

「これは裏設定ですが、一族のおじいさまは他者に恋愛感情を抱かない人だけど時子おばあさまと家族を形成した人なんです。美雲は異性愛者だけど異性愛を選択しなかった人で、おじいさまと対になっています。現代社会で愛というと男女二人組が前提とされがちですが、それは選択肢のひとつでしかないことが書きたくて。それで三人組の愛や、シスターフッド的な愛も入れてみました」

さまざまな選択の積み重ねが見えてくるファミリー・ストーリー。

実石さんが小説を書き始めたのは中学校に入る前の春休み。

「小学生の頃、図書室登校してずっと本を読んでいる時期がありました。卒業すると図書室に行けなくなる。その時に、本を買うより書いたほうがコスパがいいと思い、自給自足の精神で小説を書き始めました。最初はライトノベル風のものを書いていましたが、中2の夏に桜庭一樹さんの『少女七竈と七人の可愛そうな大人』を読み、一般文芸を書きたくなりました。私は閉じた世界が最後に開かれるような小説が好きなんですが、『少女七竈~』も旭川の狭い世界にいた七竈が最後に外に出ます。それがすごく寂しくて悲しいところが、刺さりまくったんです」

好きな本の印象的なフレーズは同書から。

これは、いったいなんだったのだろうか。時の流れは、なにより大事なはずのものをすべて、容赦なく墓標にしてしまう。

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』桜庭一樹著(角川文庫)より

「私はこの小説を、美しい時代が終わってしまう話だと解釈しています。選んだフレーズは象徴的な心象風景だと思う。過去という集合体の中で、ここだけは、という目印が墓標だ、という感じが格好いいなと思っていました」

桜庭一樹作品は「私の青春」という実石さん。

「桜庭さんの、女の子に肩入れした作品が特に好きです。私は物語がなかったらヤバかった子供だったんです。今そういう状況にいる女の子が、図書室で私の書いたものを手に取るかもしれない。だから私もある程度若いうちは、女の子にガンガンに肩入れした小説を書いていきたいと思っています」

実石沙枝子『扇谷家の不思議な家じまい』双葉社/1870円(税込)

2025年、女性だけが超能力を持つ地方の名家、扇谷家では、予知能力を持つ99歳のおばあさまが自分の死を予言。認知症の彼女は庭の桜の木の下に死体を埋めたと繰り返す。おばあさまの過去に何があったのか、一族の女性たちが選んできた道とは──。

取材・文/瀧井朝世、撮影/(人物)猫猫佳、(静物)米玉利朋子(G.P.FLAG)

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書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。

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瀧井朝世

フリーライター。多くの雑誌などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009~13年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)など。

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