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音楽人の旅メシ日記

2025.06.13 公開 ポスト

長崎×餃子×さだまさし事務員G

先日、桑田佳祐さんにお会いした。
…と言うと大仰だが、実はほんの会釈をした程度。
札幌のラジオ局で、番組終わりの桑田さんが帰られるときだった。

僕は桑田さんの大ファンだ。学生時代からさんざん聞いた、あの語り口で話す桑田さんをブースの外から眺めながら、「この方にはさんざん影響を受けたなぁ」としみじみ思う。
「実在するんだなぁ」
最近そう感じたのは、この瞬間だった。

 

実在するんだなぁ

音楽で活動するようになって初めて感じた「実在するんだなぁ」は、17年ほど前のこと。「スタジオを借りてレコーディングする」なんてことが、僕たちのような、趣味の延長で動画を投稿してるような人間からしてみたら夢みたいなことだった頃。背伸びをして、プロが使うような相当グレードの高いスタジオを自腹で借りたことがあった。当日、ドキドキしながらスタジオに入ろうとしたとき、「じゃあ、あとはよろしく!」と言いながらスタジオから出てこられたのが、さだまさしさんだったのだ。

当時。失礼ながら僕にとって、さだまさしさんと言えば「北の国から」を歌ってる人という認識しかほぼなく、有名な「精霊流し」や「関白宣言」のフレーズの一部を思い出せる程度。あとはテレビでモト冬樹さんが髪に強風を当てられてものまねしているイメージしかなかった。
さだまさしさんがその時のスタジオで録音していたのは「がんばらんば Mottto」という曲で、「あの時録音していた曲が聴きたい」という理由で2009年に発売されたアルバムを買い、それがきっかけで他の曲も聴きはじめるようにもなった。

「がんばらんば」とは、「がんばらなくちゃ」という意味の長崎弁だそう。さだまさしさんは長崎出身。音楽以外にも多岐にわたる作品群からは、長崎への郷土愛をひしひしと感じる。
この曲に出会った当時、僕は一度も長崎に行ったことがなかった。行きたい行きたいと思いながらも、ついに初めて長崎を訪れることができたのは2013年。

仕事で鹿児島に行くことになり、それならば、と。レンタカーを借りて熊本に行き、フェリーに車を乗せて島原に渡り、初めての長崎へと向かう。
長崎行きを強く後押ししてくれたのは、さだまさしさんの、この曲だった。

疲れた時には 帰っておいで
都会で溺れた やさしい鴎

(中略)

西風にのせて 唄ってごらん
この町の黄昏は とてもやさしい
NAGASAKI-CITY SERENADE おやすみ僕の
NAGASAKI-CITY SERENADE いとしい鴎

長崎小夜曲(ナガサキ・シティ・セレナーデ)

北海道生まれで、東北・関東育ち。
人生に九州の要素がまったくなかった僕にとって、長崎はまったく未知の場所だった。
歴史の授業で習った長崎は、出島を通じて外国の文化が流れ込んできた特別な場所で、カラフルな南蛮渡来の品々や、西洋の建築様式——そんなものにあふれていたという。僕の生まれた北海道の、寒くて真っ白な世界とはまるで対極にあるように感じていた。遠くて、不思議で、どこか物語の中のような場所。知っているようで何も知らない、でもどこか惹かれる不思議な土地。それが長崎だったのだ。

けれど、その未知の場所が、とても優しく僕を迎えてくれたことは今でもはっきりと覚えている。
ちゃんぽん屋の駐車場で、わざわざ事務所に地図を取りに行ってまで懇切丁寧に道を教えてくれたおじちゃん。小銭が溜まってしまいお札に変えたいと言ったら「そんなん、こっちがありがたいに決まってます?」と答えてくれたホテルの女性スタッフさん。会う人会う人が、本当に優しかった。

あの時、道を教えてくれた警備員のおじちゃん
(江山楼 浦上店 ※現在は閉店)
……よくこの写真を撮っていたなと思った

雲龍亭(うんりゅうてい)の餃子との出会い

初めての長崎の夜、僕の旅の記憶に特に強く焼きついたものがある。ここでこれをご紹介したい。
長崎が地元の友人に「ここのは美味しいよ」と紹介され、向かったのが雲龍亭という餃子のお店。繁華街の路地裏にひっそりとあるお店で、気をつけなければ見過ごしてしまいそうな小さくて古い店構え。中に入ると、想像しているより静かだった。
黙々とカウンターで餃子を食べる人と、奥の厨房で淡々と餃子を焼いている店員さん。座ったカウンターの席の目の前には、これから包むのであろう餃子のタネが山のように容器に入って、目の前にそびえていた。
カウンターの端でビールを飲みながらテレビの野球中継を見ていた地元のおじさんは、テレビの音が少し騒がしくなるたびに体をゆらしつつ、たまに舌打ちをしている。地元に密着してる店だなぁと思った。

やがて運ばれてきた焼き立ての餃子は、とても小ぶりで、見た目からでもそのクリスピーさが分かる。皮はパリッと香ばしく、中は肉汁がジュワっと広がる。
僕は普段、そんなにたくさん食べられるタイプではないけど、気がついたら食べ終わってしまっていた。少食な自分にとって「おかわりを注文する」という普段できない行動をとれたのが嬉しかった。初めて食べたのに「これは大好物ってやつだ」と思った。

忘れちゃいけないのが、卓上に置いてある唐辛子入りの特製ダレ。餃子に付けると絶品なのはもちろんだが、小皿にその特製ダレを出して、唐辛子をつまみ出し、それだけをかじってもおつまみになる。ピリッとした辛味と、ほんのり甘いタレの風味が絶妙で、たまらなくビールに合う。ほんとに。

タレに含まれる唐辛子の切り方は
現在はすこし細かくなったようだ(写真は2019年当時)

僕が雲龍亭と衝撃の出会いを果たしてから6年後の2019年、そしてさらに6年後の2025年と、僕は偶然だが6年おきに長崎、そして雲龍亭を訪れている。
タレに入っている唐辛子の切り方が少し変わっていたり、体格の良い店員さんが引退していたりと多少の変化はあったが、餃子の味はまったく変わっていなかった。
つい先日、久しぶりに雲龍亭のカウンターに座ると、隣には白いTシャツにスウェット姿の男性が座っており、美味しそうに瓶ビールを飲んでいる。話しかけてみると「地元じゃないですよ、東京です。でも、出張のたびに来ちゃうんですよ」と言う。「地元民みたいに慣れたかっこうだったので」と僕が言うと「1年ぶりなんです。堪能するためにホテルに荷物を全部置いて、軽装で来ました」と笑った。そうですよね、わかります! その気持ち。

二人で話している間に奥さんが入り、「今日来たのは正解よ。昨日は混んでて大変だったんだから」と言う。インバウンドが増えた今、海外からのお客さんも含め、ものすごい行列になることも多くなったのだそうだ。

今年(2025年)初めて注文したニラトジ
これもうまい! 

その時、入口から5人組の外国人ファミリーが入ってきた。年配の両親に、息子二人と娘一人だろう。日本語はまったく話せない様子で大丈夫だろうかと気にしていたが、スマホで風景を写せば翻訳してくれる機能でうまいことコミュニケーションしていた。
外国人ファミリーがそれぞれの餃子を食べ終わった頃、息子の一人(といっても30代くらいだが)が僕の食べているニラトジ(ニラ入りの卵とじ)を指さして「これはなんですか」と聞いてきた。”ニラ”の英語がわからずまごついていると、奥さんは「ガーリック・チャイブ・オムレツ!」と、見事なまでのジャパニーズ訛りの英語で一言。つづけて「スマートフォーン・トランスレート・プリーズ! サンキュー!」と言い、厨房に戻っていった。ファミリーは嬉しそうにニラトジを注文していた。
僕たち日本人がアジアのどこかの国を旅して、珍しいストリートフードを見かけたときに感じるような新鮮さを、この人たちもニラトジを見て感じているのだろうか__そんなことを思ったが、すぐに「よく考えれば、野菜入りのオムレツなんて世界中にあるだろうし、餃子だってもともとは外国の料理が、日本で独自に変化してきたものだしな」と、ひとり妙に納得をしながら、自分のニラトジをつついていた。

長崎は昔から、日本の中でも少し特別な場所だった。鎖国時代の唯一の国際的窓口だった出島。キリシタン弾圧からの開放。被爆地としての記憶。
他の都市には無かった「外から来るもの」との対峙を、繰り返してきた土地である。
どんな人がふらりと訪れたとしても、そこに自然と居場所があるように感じられたのは、痛みや悲しみを経てもなお、他者に対して心を開き続けてきた長崎という土地がもつ、特別な包容力のおかげなのかもしれない。

「疲れたときには、帰っておいで」
さだまさしさんのあの言葉は、ほんとうに長崎という町そのものの声のように感じられた。

雲龍亭・銅座店
(雲龍亭は市内に何店舗かありますが
各店舗が独自に運営しているようで、チェーン店ではありません。)

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音楽人の旅メシ日記

その街では、どんな食事が愛されて、どんな音楽が生まれたのか。
土地の味わいと、そこに息づく全てのものには、どこか似通ったメロディが流れている。
旅と食事を愛するミュージシャン事務員Gが、楽譜をなぞるように紐解きます。

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事務員G

YouTubeやニコニコ動画など動画投稿サイトでの動画投稿を創設期から始めた、自称ピアノ弾き。

歌い手のライブを中心にサポート演奏をするかたわら、2009年頃よりイベントオーガナイザーとして多くのイベントを制作している。

現在は、ピアノ用の譜面制作や、ラジオパーソナリティなど、ピアノ演奏だけにとどまらない幅広い活動を続けている。

 

関連リンク

オフィシャルHP:https://www.zimuing.com

X:https://x.com/ZimuinG

note:https://note.com/zimuing

YouTube:https://www.youtube.com/c/ZIMUING

【note】店のメニューにはない「タラコスパゲティ」を注文できる人になるまでの話。

【毎日新聞】大学入試サボって喫茶店へ 事務員G、いつも心に「こっちが面白い」

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