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日本の「食」が危ない!

2025.06.13 公開 ポスト

輸入に頼りきった日本の「食」事情―“お米がダメならパンがある”とは言えないワケ中村桂子(JT生命誌研究館名誉館長)

米の値上がり、野菜・果物の不作、水揚げ量の低下……。歴史的な食糧危機から抜け出すため、私たちが今取り組むべきこととは。

生命誌研究の第一人者である中村桂子さんが、40億年の生命誌の観点から「食」と「農」の未来について語った『日本の「食」が危ない!』(幻冬舎新書)が発売になりました。本書より、試し読みをお届けします。

*   *   *

米どころに変化が

秋には、北海道の知人から「ゆめぴりか」の新米が送られてきました。こちらは「たぶん日本一、おいしいはずです」と自信満々です。炊くとピカピカ光っており、思わず「おいしい~ッ」と声が出ました。

早速電話をしたら「僕が子どもの頃は、北海道の米はまずい、食べられたものじゃないと言われていました。その通りでした。でも最近、『こんなおいしいお米はない』と絶賛されるのです。こんなことになるとは、夢にも思いませんでした」。

「でも……」と電話は続きます。

「おいしいと言ってもらえるのは嬉しいけれど、素直に喜べません。明らかに、気候が変わっているからで、このままだと、日本の農業はどうなってしまうのか心配です」

事実、日本有数の米どころの新潟では、2023年9月30日時点で1等米の比率が13・5%と、前年の同時期から60・9%も落ちています。お米の等級は形などの見た目をもとに4つに分けられますが、新潟で1等米が減ったのは、記録的な猛暑による生育不良で、お米が白く濁ったり割れたりしたことが原因だそうです。味には影響がないとのことですが、米づくりに誇りを持っている農家の方々は、自分が育てたお米が低い等級に区分され、どれほど落胆なさったことでしょう。減収になりますし、大変な問題です。

2023年、新潟県以外にも山形県、秋田県、富山県など主に日本海側の各県で1等米の割合が大きく減りました。ちょうど稲の穂が出て育っていく時期に、フェーン現象の影響で35℃を超える日が多く、生育に影響を与えたとのことです。

お米は、私たちの主食というだけでなく、それ以上のものがあります。子どもの頃、一粒一粒に神様がいらっしゃるので、お茶碗に残してはダメと言われた言葉は今も心に残っていて、お釡の底にこびりついた粒もていねいに取ります。お米が支えてくれている日本列島での暮らしはお金で計れない価値を持っています。

2024年は、スーパーマーケットからお米が消えるという騒ぎもありました。子どもの頃に太平洋戦争末期のお米不足を経験しており、そこで人々の心が荒れた様子が思い浮かびます。

小麦も大変なことに

お米は大好きですが、朝は毎日出勤していた時に手軽に食べるために始めたパン食です。夕食の際も、お料理に合わせてパンにしたくなった時は家で焼くので、家中に広がるパンのよい匂いも楽しめます。だからと言って「お米がダメならパンがある」というわけにはいきません。

小麦は約90%が輸入です。国別の輸入割合は、アメリカが約40%、カナダが約35%、オーストラリアが約24%となっています。

日本だけでなくどの国も気候変動の影響を受け、小麦も収穫量が減ったため、価格は上昇する一方です。ロシアによるウクライナ侵攻も、小麦の価格上昇につながりました。困ったことです。

さらに異常気象は海運業にも大きな影響を与えています。世界で5番目に降水量が多いと言われているパナマでも、干ばつに見舞われました。パナマ運河では船舶を浮かべる水のほとんどを近隣のガトゥン湖に頼っていますが、雨季になっても水位が上がらないため、一日あたりの通航許可隻数を抑え、「渋滞」が起きたということもありました。

2023年8月には、200隻近い船舶が順番待ち状態になり、パナマ運河の通航制限の影響で、アメリカと中国間の輸送価格が30%以上も値上がりしたことを思い出します。パナマ運河は日本の海運にとっても重要航路です。さらに燃料費、輸送費の高騰、円安の影響もあり、日本が輸入する食料は値上がりが続いています。

一方、パナマ運河に近い中南米ではブラジルとアルゼンチンの国境にある世界有数の滝、イグアスの滝が豪雨の影響で水量が平年の16倍にもなったというのですから驚きます。その影響で、下流のパラグアイは洪水になり、ニュース映像が、滝というより、まるで茶色の巨大な怪獣のような様子を伝えていました。私たちは四季を楽しませてくれる自然を思い浮かべますが、自然は決してただ優しいだけの存在ではありません。自然とは何かをよく知り、その中で生きる暮らし方をしていかないともっと荒々しくなりそうで恐いです。

ひとたび雨が降れば豪雨になる。あるいはまったく雨が降らず、干ばつが起きる。世界各地でそんな極端な現象が起きており、食べものに大きな影響を与えています。

関連書籍

中村桂子『日本の「食」が危ない! 生命40億年の歴史から考える「食」と「農」』

米の値上がり、野菜の不作、漁獲量の激減……。 日本の「食」は今、かつてない危機に直面している。 その原因は、私たちが便利さを追い求め、大量のエネルギーを消費してきたことにあるのではないか。 生命40億年の歴史が教えてくれる生きものの世界の本質は、格差も分断もなく「フラット」で「オープン」であること。人間は特別な存在という思い込みを捨て、この本質に立ち戻ることにこそ、危機を乗り越え、ほんとうの豊かさを取り戻す鍵がある。 持続可能な「食」と「農」の実現のため、人類の生き方を問う一冊。

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日本の「食」が危ない!

米の値上がり、野菜の不作、漁獲量の激減……。日本の「食」は今、かつてない危機に直面している。その原因は、私たちが便利さを追い求め、大量のエネルギーを消費してきたことにあるのではないか。生命40億年の歴史が教えてくれる生きものの世界の本質は、格差も分断もない「フラット」で「オープン」であること。人間は特別な存在という思い込みを捨て、この本質に立ち戻ることにこそ、危機を乗り越え、ほんとうの豊かさを取り戻す鍵がある。持続可能な「食」と「農」の実現のため、人類の生き方を問う1冊。

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中村桂子 JT生命誌研究館名誉館長

1936年東京生まれ。JT生命誌研究館名誉館長。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科生物化学専攻修了。国立予防衛生研究所研究員を経て、1971年三菱化成生命科学研究所に入所。同研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。1993年JT生命誌研究館副館長、2002年同館長、2020年同名誉館長。1993年毎日出版文化賞、2007年大阪文化賞、2013年アカデミア賞、2024年後藤新平賞など受賞。『自己創出する生命』(ちくま学芸文庫)、『科学者が人間であること』(岩波新書)、『生命誌とは何か』(講談社学術文庫)、『老いを愛づる』『人類はどこで間違えたのか』(ともに中公新書ラクレ)など著書多数。

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