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幻のコーヒー豆を探して海ノ向こうへ

2025.06.13 公開 ポスト

国連を辞めて、僕は旅に出る【新連載】田才諒哉(坂ノ途中 海ノ向こうコーヒー)

──元・国連職員、コーヒーハンターになる。
国連でキャリアを築いてきた田才諒哉さんが選んだ、まさかの“転職先”は……コーヒーの世界!?
人生のドリップをぐいっと切り替え、発展途上国の生産者たちとともに、“幻のコーヒー豆”を求めて世界を巡ります。

知ってるようで知らない、コーヒーの裏側。
そして、その奥にある人と土地の物語。国際協力の現実。
新連載『幻のコーヒー豆を探して海ノ向こうへ』、いざ出発です。

*   *   *

「国連を辞めます」

オフィスにあるプール横の青空会議室で、一世一代の決断を上司に伝えると、しばらくの沈黙の後、上司はそれを渋々受け入れた。

「あなたの代わりを至急探さないとねえ……」

この言葉を聞いて改めて確信した。結局、僕はこの巨大な組織の歯車の一つに過ぎず、いつだって代えのピースは世界中に転がっているのだと。

国連職員になりたいと思ったのは、25歳のときだった。国連職員になった人の話を聞くと、子どもの頃からなりたかったという声も多く聞くので、比較的遅い方だと思う。

当時、医療支援を行うNGOの職員としてスーダンに駐在していたのだが、そこで一緒に仕事をしたのが、とある国連機関だった。決して大きくはない日本のNGOで働いていた自分からすると、国連は資金力もありダイナミックな活動ができる。こんなかっこいい組織で自分も働いてみたいと、そのときに思うようになった。今思うと、隣の芝生は青く見えたのだと思う……いや、スーダンに芝生なんてないので、隣の砂漠には水があるように見えたというのが正解かもしれない。

国連職員としての仕事は、それなりに楽しかった。数億円のプロジェクトを動かすことで、何万人もの人たちに支援を届けることができたり、現場での支援活動だけでなく、国の政策レベルのディスカッションにも関われたりすることにやりがいを感じることもあった。

でも、憧れとのギャップもあった。目的のはっきりしない会議がたくさんあったり、新しいことをやろうとすればするほど、出る杭は打たれる状態で、自分の職責のなかで大人しく仕事をすることが”あるべき姿”と言わんばかりの環境だった。

ピュアに国際協力をしたいと熱い想いを燃やせば燃やすほど、その炎を消すような強風が立ちはだかり、気づいたときにはその想いも灰となっていた。「国際協力」なんて、結局幻想だったのかもしれない。そこまで思うようになってしまった。

ラオスで働いていたとき、日本の民間企業と一緒に仕事をする機会があった。それが株式会社坂ノ途中の、「海ノ向こうコーヒー」だった。

坂ノ途中は、環境負荷の小さな農業の普及のためにさまざまな事業を行う京都の会社で、海ノ向こうコーヒーはその海外事業部の名称だ。アジアやアフリカ、中南米など世界34か国で採れたコーヒーの生豆を仕入れ、日本や韓国のコーヒーロースター、自家焙煎店、飲食店などに卸したり、焙煎をしてオンラインショップなどで販売するといったビジネスをしている。最近では、タイやインドネシアといったアジアの新興国でも、中間所得層が増えたことでコーヒーを楽しむ文化が育ち始めており、新たな販売先としての可能性を探っている。

海ノ向こうコーヒーが扱っているのは「スペシャルティコーヒー」と呼ばれるもの。スペシャルティコーヒーとは、高品質で、生産から消費まで徹底した品質管理が行われ、独特な風味や香りが楽しめるコーヒーのことだ。

そして海ノ向こうコーヒーが何よりも大切にしていることは、産地の人たちの暮らしと未来。毎月のようにコーヒー産地の現場に足を運び、コーヒー農家が抱えている課題に耳を傾けながら、質の高いコーヒー生産や加工のための指導を行ったり、持続可能な農法を伝えたりすることで、コーヒー産地の人たちと、その土地の自然環境に向き合っている。

「国際協力」なんて言葉を謳わずとも、信念のある仕事の先には、幻想だと思いかけていた国際協力の新しいかたちがあるのではないか。

出張で来ていた海ノ向こうコーヒーの方から、「田才さん、うちで働きません?」と、ラオスの山奥の村でそう言われたとき、心が揺れ動くのを感じた。

国連職員を辞めるという決断は、簡単なことではなかった。自分は自他共に認める”フッ軽”人間だが、そんな僕でもなかなか一歩を踏み出せなかった。なぜなら、目指してきた道があまりにも遠く、ここに辿り着くまでにたくさんの犠牲や投資を払ってきたから。コンコルド効果というやつか。

国連職員になるためには、一般的に大学院修士号は必須で、もちろん英語で仕事ができなければいけないし、英語に加えてフランス語やスペイン語といった言葉が話せることも普通だったりする。さらには途上国に駐在したり国際協力の現場での経験を積むことも推奨されている一風変わった業界だ。

そのため、社会人になってから貯めたお金を全部注ぎ込んで大学院に行った。たくさんの飛行機に乗って大陸を跨ぎ”現場経験”を積んだ。英語だって学生時代は赤点しか取ったことないくらい苦手だったのに、必要に迫られて中学英語から必死で復習した。恥ずかしかったけど、「中学英語から復習!」みたいな英語学習の本がすり切れるまで勉強したし(すり切れたのは単に駐在していた国の過酷な環境のせいかもしれない)、さらには英語どころじゃなく、スペイン語やフランス語だってコツコツ勉強してきた。

投資だけじゃない。国連職員として働くには正直犠牲も多い。海外での勤務が基本なので、仲の良い友人の結婚式に行けなかったり、親族の葬儀に間に合わなかったりしたこともあった。積み重ねてきた投資や払ってきた犠牲を思うと、なかなか国連を辞めるという決心はつかなかった。憧れとの隔たりはあれど、国連職員として与えられた職責のなかで、”あるべき姿“を演じながら、求められた仕事をまっとうする。それもいいじゃないか、とも思った。

でも、ずっと抱き続けてきた国際協力への想いを、幻想で終わらせたくなかった。もう一回「国際協力」というものに、今度はちょっと違う角度から向き合ってみようと思った。

国連職員になるまでは、ルートが明確だった。でも、大きく舵を切ることにした。コーヒーという新しい、未知の世界。コンパスも持たずに大海原に放り出された気分だ。この世界の中で、僕の中の「国際協力」という言葉の意味がどう変わるのか。この新しい航海の中で、羅針盤はどんな未来を指し示すのか。しばらく風のままに進んでみようと思っている。

この連載「幻のコーヒー豆を探して海ノ向こうへ」では、僕がアジアやアフリカ、中南米など世界中のコーヒー産地で出会ったエピソードや、コーヒーを通じて国際協力というものが実現できるのか、といったことをお伝えしていきます。

まだ見ぬ幻のコーヒーと、まだ見ぬ未来へ向かって、一緒に海ノ向こうへの冒険の旅にお付き合いいただければ幸いです。

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──元・国連職員、コーヒーハンターになる。

国連でキャリアを築いてきた田才諒哉さんが選んだ、まさかの“転職先”は……コーヒーの世界!?

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知ってるようで知らない、コーヒーの裏側。

そして、その奥にある人と土地の物語。国際協力の現実。

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田才諒哉 坂ノ途中 海ノ向こうコーヒー

1992年生まれ。新潟県出身。サセックス大学 Institute of Development Studies修了(開発学修士)。これまでに、国連職員やNGO職員としてザンビア、パラグアイ、スーダン、マラウイ、ナイジェリア、ラオスに駐在。現在は東京を拠点に世界中のコーヒー産地を飛び回る。2021年、ニューズウィーク日本版「世界に貢献する日本人30」に選出。ニュージーランドにバリスタ留学をした経験もあり、コーヒーが大好き。

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