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アルテイシアの初老入門

2025.06.01 公開 ポスト

自分で自分の呪いを解いて、非婚宣言できました【後編】アルテイシア

「恋愛も結婚も子どももいらない」と非婚宣言した雪代すみれさん(34歳、ライター)。彼女には重度知的障害を伴う自閉症の弟がいて、きょうだい児として発信や執筆をしている。前編では非婚宣言に至るまでの半生について語ってもらったが、そこからどのように今の雪代さんになっていったのか。今回は後編です。

・・・

「私の場合は、本とカウンセリングに救われました」と当時を振り返る雪代すみれさん。

 

「まずは性暴力の本をたくさん読んだんです。セクハラに遭ってから、心理的な面で自分に何が起きてるかわからなかったんですね。そこから本を読んで知識を得ることで、私こんなふうに思ってたんだ、こういう理由で自分を責めてたんだ……と理解できるようになって、自分は悪くなかったと思えるようになりました」

たくさん読んだ中で特におすすめは? と聞くと、斎藤梓さんの著書『性暴力について考えるために』を挙げてくれた。

性暴力に詳しいカウンセラーを探して、適切な支援につながれたことも大きかったという。

「カウンセラーさんに家族のことも話したんですよ。そしたら『それは親がおかしい』と言ってくれて救われました」

「同時期に毒親に関する本も読み始めたんですけど、信田さよ子さんの『後悔しない子育て』の中に、親が子どもにやってはいけないことが挙げられていて『それ進研ゼミで見たやつ!』と何度も膝を打ちました」

ソロ膝パーカッション祭りをしながら「弟の障害とは関係なく、そもそもうちの親ヤバくね?」と気づいたんだとか。

弟をかわいいと思えない自分は冷たい人間だと罪悪感を抱えていたが、毒親知識が増えるにつれ「自分は悪くない」と思えるようになったという。

わかる!!!!

と全毒親フレンズが膝パーカッションして、クイーンのライブみたくなってるんじゃないか。

私は「敵は己の罪悪感」を標語にして生きてきた。

かつては私も親を愛せない自分、親を見捨てた自分は冷たい人間なんじゃないか……と自分を責めてきた。

円満な家庭で育った人に対して、ねたみ・うらみ・つねみ・そねみのガールズバンド状態になる自分のことも責めてきた。

でもそれって私のせいじゃなくね? 責められるべきは親なのに、自分を責めてしまうのも呪いじゃね? と気づいたことで、生きるのが楽になった。

雪代さんも呪いが解けたことを実感する出来事があったという。

「たまたま実家の部屋の鍵をかけ忘れたとき、弟に大切にしていた本をぐちゃぐちゃにされたんですよ。それで弟に怒ったら『鍵をかけ忘れたあんたが悪いんでしょ!』と母に言われて『それはおかしいでしょ』って初めて言えたんです。『私はいつまで我慢しなきゃいけないの』って。そんなふうに母に言い返したのって、本当に生まれて初めてだったんです」

それは嫌だと言っても聞いてもらえず、NOと言う力を奪われていた彼女が、その力を取り戻した瞬間だったのかもしれない。

「これはおかしい、これは嫌だな、と感じるセンサーが正常に働くようになった感覚があります」と雪代さん。

幼い頃から感情を無視&否定されると、センサーが麻痺してしまう。

嫌なことをされても嫌だと思えないのは危険なことだ。だから私は「違和感を大事にしよう」と書いている。

なんか嫌だな、モヤモヤするな、という感情を無視&否定するんじゃなく、なぜそんなふうに思うか考えてみようと。

また「親の事情と自分の被害は分けて考えよう」とも書いてきた。

親もいろいろ事情があって大変だったんだろう、と想像するのは悪いことじゃないが、だからといって自分の被害や傷つきに蓋をするのはよくない。

傷つき、悲しみ、寂しさ、怒り……といった自分の感情をそのまま認めること、それを誰かに話して受け止めてもらうこと、それが心の回復には必要なのだ。

「私もきょうだい児の取材を通して、理解が深まったんですね。たとえば性的なことで嫌な思いをするきょうだい児は決して少なくなくて、私だけじゃないんだとか。障害児の性教育は必要なのに日本は性教育自体が遅れていたり、家族のケア負担が大きすぎて特に母親に偏りがちだったり、これって政治や社会の問題なんだって」

「うちの父は週の半分は泥酔して帰ってきて、母はワンオペ育児を強いられて、そりゃ追いつめられるよねと理解はできます。でも私が傷ついたことは事実なんだと思ってます」

親を理解できても、許さなくていいのだ。親にどんな事情があろうと、子どもがその犠牲になる必要はないのだ。

そして毒親フレンズに必要なのは「だが断る」とNOを言う勇気である。人間賛歌は勇気の賛歌!!

ひとり暮らしを始めた後も親から連絡が来るたび落ち込んで、涙が止まらなくなったという雪代さん。

あるとき「親亡きあと弟の面倒をみてくれるか?」と母からLINEが届いて、キッパリNOを言おう、今こそチャンスだ! と「やりません。家族のことを考えると体調が悪くなるので、医者に接触や連絡を止められてます」と返信した。

「それが私の絶縁記念日です(笑)。その後も母が連絡してくることはありますが、あんまり落ち込まなくなりました」と振り返りつつ「アルテイシアさんの言葉も背中を押してくれました」と言うてくださる、ありがてえ。

ちなみに推しフレーズは以下だそう。

「親は元彼みたいなもんだと思えばいい、家族でも合わないと思ったら別れていい」

「仲直りしないまま親が死んだら後悔するよと脅す人がいるが、私はもっと早く縁を切ればよかったと後悔している」

マジでそれ。もっと早く借金クリエイターの父親と縁を切っていれば、実印を膣(以下略)

雪代さんはフェミニズムにも力をもらったそうだ。2016年頃からフェミ本を読みはじめ、#MeToo運動によって回復が加速したんだとか。

「みんなが性暴力に声を上げるのを見て『自分は悪くない』とさらに思えました。あと性犯罪の刑法改正のニュースも大きかったです」

2023年、市役所の男性職員が同僚女性の胸や尻を触って逮捕起訴された事件を知って「警察が逮捕してくれるなら、もう自分ひとりで闘わなくていい」と希望を感じ、被害当時の「誰も助けてくれない」という感覚が浄化されたんだとか。

「それから男性恐怖症もマシになったんですよ。自分の生活と政治はつながってると実感しました」

まさにパーソナル・イズ・ポリティカル。政治に無関心でいられても無関係でいられる人はいないのだ。

それ以外にもフェミニズム効果はあって、「男に選ばれるのが女の価値」「男に愛されるために努力すべき」という呪いがアンインストールされて「自分は自分でいい」と思えるようになったんだとか。

「公務員を辞めてフリーランスになったことも大きかったです。もう『普通』のレールから外れたし、『彼氏は? 結婚は?』とか言ってくる人もいなくなって……そしたら『私べつに恋愛したくなかったな』って気づいたんです」

さらにはコロナ禍の影響もあった。丸2年半ほど人に会わない生活を続けた結果「ずっとひとりで家にいても平気、全然寂しくないし、私パートナーとかいらんやん」と気づいたんだとか。

コロナ禍に「やっぱり結婚したい!!」と婚活してパートナーを見つけた人もいる。ひとり暮らしは不安だからと女友達とルームシェアを始めた人もいる。

あのとき、みんなが自分の幸せについて考えたのかもしれないね? と言うと

「そうですね。私は女友達と同居とかシェアハウスとかも惹かれなくて……やっぱり、ひとりがいいんです」

「ひとりがいいんです」

だよね。ひとりで生きたい女、ひとりが幸せな女もいる。

私自身はひとり暮らしは向いてなかったけど、向いてる人もいる。

みんな違って当たり前、ただそれだけなのだ。

そしてどんな生き方を選んでも、安心して暮らせる社会であるべきなのだ。

かくして「恋愛も結婚も子どももいらない」と非婚宣言した雪代さん。私の周りにもそういう女性が増えている。

私自身はひとりも好きだけど根が寂しがりやなので、家族が欲しかった。苦手なことが多い不完全人間なので、誰かと支え合って暮らしたかった。だから恋愛抜きの友情結婚のような形で結婚した。

そんな私は非婚宣言する女性たちを「完全生命体」と呼んで、痺れて憧れている。

寂しい時に誰かと他愛のない話をしたいとか思わない? と雪代さんに聞くと

「私、日記をめちゃくちゃ書くんですよ。自分と対話して感情を整理して、それで満足してますね」

身近に触れ合える哺乳類がほしいとかは思わない?

「触れ合いはヌオーちゃんで満足してます。ヌオーちゃんに毎日「かわいいね」「大好きだよ」って話しかけてます」

 

宇多田ヒカルもクマちゃん(熊のぬいぐるみ)を親友と呼んで、「それまで人には感じたことのなかった安心感や癒しを感じた」と話していた。ぬいぐるみだってパートナーになれるのだ。

「たまにつらい時はアルさんに連絡するので笑」と話してくれた雪代さん。ハイいつでも連絡くださいな。フェミニズムは支え合いのシスターフッドですから。

ひとりが好きだからといって、人が嫌いなわけじゃない。本音で話せて支え合える相手がいれば、人は孤独にはならないのだ。

「私は虫が苦手なので、玄関前にセミファイナル(死にかけの蝉)が落ちてる時は困るんですけど、それも柄の長いほうきを購入して解決しました」

私は虫が得意なので、かわりに捕獲してあげたい。セミ以外に困ったことはないの? と聞くと

「フリーランスで経済的な不安はあるので『もし収入が途絶えて生活保護になったとき、親に扶養照会されるのは困るな』と思って、地元の市会議員さんに連絡したんですよ。その方が『困った時は日本共産党、生活相談してます』とTwitterに書いていたので」

その女性議員さんが親身に話を聞いてくれて、ちょっと安心したんだとか。

そこからインボイス制度について相談したり、市政報告会や議会の傍聴に行ったり、地域で市民団体の活動に参加するようになった。

「なにか困りごとがあったら議員さんに相談できるし、ひとりで抱え込まなくていいと思ったことで不安が減りました。前は『お金がなくなったら自殺すればいい』と思ってたけど、地域のつながりができて「死ななくてもいいかも」と今は思ってます」

わかるわ~~よいやっさ~~!!(膝パーカッション音頭)

私も痴漢撲滅アクションを通して地元の女性議員さんたちと出会い、彼女らと東灘区ジェンダーしゃべり場を初めてフェミ友がいっぱいできた。

大学生のとき、阪神淡路大震災で被災した私は孤独だった。頼れる家族もいなくて、どこにどう助けを求めればいいかわからなかった。

あの時に地元につながりがあれば、どれだけ心強かっただろう。

あぶきあさき著『北欧の幸せな社会のつくり方』によると「北欧ではどの国でも、市民が政党に所属して党員になることは、日本と比べ物にならないレベルで『ふつう』のことだ。市民にとって、政治活動は部活動やサークルのような感覚に近い」「孤独にならずに社会のネットワークに参加する手段として、団体に所属することを好む傾向がある」そうだ。

もしタイムスリップできるなら、大学生の自分に「政治活動して地元につながりを作れ」と言いたい。そしたら借金クリエイターのことも相談できて、実印を膣(以下略)

ついでに「歯を大事にしろ」も言いたい。もっと虫歯予防していれば、と歯のかぶせがとれるたびに思う。私は80歳になっても20本以上自分の歯を残せるだろうか。

雪代さんは過去の自分になんて言いたい? と聞くと

「うーん……『セクハラはしてくる方が悪いぞ』って言いたいです」

私たちは自己責任教に洗脳されて、「自分が悪い」と責める呪いを刷り込まれている。

フェミニズムに出会って「パーソナル・イズ・ポリティカル」を知ること、さまざまな知識を得ることは自分を救う武器になる。

2022年の内閣府の調査によると、65歳以上の女性の5人に1人以上がひとり暮らしのおひとりさまで、2040年にはその割合が4人に1人に増えるそうだ。

老後はババアたちのデンデラを作って、明るい老村(ローソン)で長生きしたい私。

雪代さんはどんな老後がいいと思う?

「私はそんなに長生きしたいとは思わないんですけど(笑)……今の生活の延長線上がいいですね。生活に困らないだけの仕事があって、仕事も充実感があって、普通にごはんを食べて平凡に暮らしてるといいなって」

それって今の生活が好きなんだろうね?

「そうですね、満足度は高いですね」

雪代さんの話を聞いて、映画『ペネロピ』を思い出した。

魔女に呪いをかけられ、豚の鼻と耳を持って生まれた名家の娘ペネロピ。永遠の愛を誓って呪いを解いてくれる男性を待ち続けていたが、ある日、みずからの意思で屋敷を飛び出す。

17年前に映画館でこの作品を観たとき、「今の自分が好き」「自分で呪いを解いたの」というペネロピの台詞に号泣した。

王子様なんかいなくても、私たちは呪いを解くことができるのだ。

関連書籍

アルテイシア『ヘルジャパンを女が自由に楽しく生き延びる方法』

医大の不正入試から、痴漢や「生理の貧困」問題、女性政治家の少なさ等々、女たちが性差別に声を上げる一方で、「男らしさの呪い」から抜けられない男たちのしんどさも。「女は翼を折られ、男はケツを蹴られる」と喝破する著者が、男も女も繊細でいいし傷ついていい、よりよい未来のために声を上げていこう! と元気づける爆笑フェミエッセイ。

アルテイシア『フェミニズムに出会って長生きしたくなった。』

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アルテイシア『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』

生涯のパートナーを求めて七転八倒しオタク 格闘家と友情結婚。これで落ち着くかと思い きや、母の変死、父の自殺、弟の失踪、借金 騒動、子宮摘出と波乱だらけ。でも「オナラ のできない家は滅びる!」と叫ぶ変人だけど タフで優しい夫のおかげで毒親の呪いから脱 出。楽しく生きられるようになった著者によ る不謹慎だけど大爆笑の人生賛歌エッセイ。

アルテイシア『40歳を過ぎたら生きるのがラクになった アルテイシアの熟女入門』

若さを失うのは確かに寂しい。でも断然生きやすくなるのがJJ(=熟女)というお年頃! おしゃれ、セックス、趣味、仕事等にまつわるゆるくて愉快なJJライフがぎっしり。一方、女の人生をハードモードにする男尊女卑や容姿差別を笑いと共にぶった斬る。「年を取るのが楽しみになった」「読むと元気になれる」爆笑エンパワメントエッセイ集。

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大人気連載「アルテイシアの熟女入門」がこのたびリニューアル!いよいよ人生後半になってきた著者が初老のあれこれを綴ります。

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アルテイシア

神戸生まれ。ジェンダー、フェミニズム、恋愛、家族問題などについて執筆、講演や授業も多数行う。2005年『59番目のプロポーズ』で作家デビュー。 同作は話題となり英国『TIME』など海外メディアでも特集され、TVドラマ化・漫画化もされた。
著書に『ヘルジャパンを女が自由に楽しく生き延びる方法』『生きづらくて死にそうだったから、いろいろやってみました』『田嶋先生に人生救われた私がフェミニズムを語っていいですか!?』『自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』『モヤる言葉、ヤバイ人から心を守る言葉の護身術』『フェミニズムに出会って長生きしたくなった』『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』『オクテ女子のための恋愛基礎講座』『アルテイシアの夜の女子会』他多数。

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